幼いころの記憶
その神社は、石の階段を少しだけ上った先の丘の上にある。古めかしい神社で、普段は人がいるところを見た事がない。ただ地元のお祭りでたまに賑わう事はあり、地元の人の中では有名だ。子供たちにとっても、遊ぶスペースとして丁度良いはず。
なのに、あまり人は寄り付かない。それはたぶん、この神社の雰囲気のせいだと思う。今にも何かオバケ的な物が出そうな雰囲気で、こんな空気の中で遊んだりはしたくない。お参りに来ても得体のしれないオバケ的な物に願いを捧げているみたいで、効果がなさそう。
と言う事で、ここにはいつも人がいない。いたとしても、私のように好奇心旺盛な恐れ知らずの子供だけだと思う。
今思えば、なんでこんな所に来ようと思ったんだっけ。私はこの場所に特別な思い入れがある訳ではなく、帰ってはやくおやつを食べたい気分だったはずだ。
もしかして、何かに取りつかれて誘われたのだろうか。そう考えるととても不気味だ。木々に覆われて薄暗いこの空間には、私だけ。寂れた境内に風が通り抜け、何かを私に訴えかけるように音がなる。
背筋がゾクリと凍り付き、この場を立ち去ろうと境内に背を向けた時だった。
そこに人がいる事に、私はようやく気が付いた。石のキツネが置かれた台に隠れるようにして、女の子が立っている。身体も見えているんだけど、台からはみ出た銀色の髪の毛が風になびいて流れる姿は更に隠せていない。
その姿はハッキリとは見えないけど、あまりにも現実離れしていた。この神社の雰囲気のせいもあると思う。でもそれにしたって、彼女が纏う空気は異様だ。明らかに、この現実の物ではない。でも私の視線の先に確かに存在している。
そしてその姿から目が離せなくなった自分がいる。彼女のその姿を見てから、心臓が速くなって息が苦しくなってきた。勿論視線の先のあの子のような知り合いを、私は知らない。始めてみるし、記憶にもないはずだ。
──だけど私はあの子を知っている。
そう私はあの子を知っているんだ。
自然と足は彼女に向かって歩き出し、そして正面に回って彼女の顔を覗き込む。
「こんにちは!」
大きな目と小さな顔が私を捉えるのを確認し、私は大きな声であいさつをした。
「……お主、ワシが誰か分かるか?」
すると、想定していた挨拶は返ってこずにいきなりそんな質問を投げかけられた。私は知らないと、首を横に振って応える。
「そうか……」
「でも、知ってる!」
「っ……!」
私がそう続けると、銀髪の女の子が目を見張った。そして私に向かって手を伸ばしてくる。けどその手は私に触れる直前に止まった。
「ふ、はは!誰か分からぬが、知っているか!さすがはハルじゃ!」
「私の名前、知ってるの?」
「うむ」
そう。私の名前は、ハルカだ。でもハルと呼ぶ人は多い。
彼女が私の名前を知っていると言う事は、やはりどこかで会った事がある子なのかもしれない。だって、じゃなければこんなに私が内心で喜ぶとは思えない。
やっぱりこの子とは、どこかで会った事があるんだ。でもどこで?うーん……。
「思い悩む事など何もない。ワシとお主は、友……いや、それ以上の関係じゃ!じゃから、共に遊ぼうではないか!」
出会ったばかりの子に、友達以上と言われてしまった。しかも興奮気味で、ちょっと引く。
でも何故か嬉しい。この子がはしゃいでいると、私まで嬉しくなってしまう。
「う、うん!何して遊ぶ?」
「待ってください。私の事を忘れていませんか?」
その時、鼻にいい香りが入り込んで来た。同時に声が聞こえた方を見ると、そこに一匹のキツネ?のような大きな動物がお座りしている。
周囲を見るけど、私達の他に人はいない。じゃあ聞こえた声は何だったのだろうか。
「おお、そうじゃったな。お主も共に遊ぼう。三人で、じゃ」
「くぅん」
動物らしい声を出す動物を、私はじっと見つめる。
だって今、どう考えても喋ったのってこの動物だよね。
見つめていると、向こうから私に近づいて来た。そして顔を足に擦って来る。凄く可愛いので、私は思わず抱き着いてしまう。
「ああ、ハルの抱擁を……ずるいぞ、お主!」
「クンクゥン」
「あはは!」
「あああ!」
動物に顔を舐められ、私は笑う。でも銀髪の少女が叫んで抗議して来る。
「そういえば、貴女お名前は何て言うの?」
「わ、ワシか?ワシは──セカイ」
「セカイ……」
凄く良い名前だと、そう思った。かわいくて、優しくて、とても愛おしくて、胸に突き刺さるような、そんな名前。
「クゥン!」
「そやつは……カミサマじゃ」
「カミサマ!」
少女が紹介してくれた動物の名前は、カミサマ。神様。凄い名前だ。
「よっしゃ、いちばーん!」
そこへ、階段をのぼって大きな身体の男の子が神社にやって来た。縦にも横にも大きな男の子は、まさにガキ大将という感じ。体中の擦り傷やら絆創膏やらが彼のわんぱく感を助長させている。
「あ……?」
既に神社にいた私やらセカイとカミサマを見ると、ガキ大将の動きが止まった。
そして1人ではしゃいでいた事が恥ずかしかったのか、目を逸らしてその辺の石を無駄に蹴りながら顔をかく。
「ふっ」
その姿を見て、セカイが笑った。
「おい、小僧。ワシらは今からここで遊ぶのじゃが、お主も混ざらぬか?」
そしてそう声をかけた。
その声のかけ方が自然過ぎて、まるで友達に声をかけるかのような、そんなトーンだ思った。
「お、オレの事か?別に良いけど……オレは小僧じゃない。泣く子も黙る、ケイジ様だ!」
「そうか」
「あ、ああ……」
ケイジと名乗った男の子に、素で返すセカイ。まさか素で返されるとは思っていなかったのか、男の子のテンションは自己紹介とは違ってだだ下がりである。
「ま、待ってよ、ケイジくーん」
続いて、何だかちょっと間延びした声が階段から聞こえて来た。
そして姿を現わしたのは、眼鏡姿の男の子である。ケイジとは違って背が小さく気弱そうな男の子で、全体的にひょろい。でもその姿を見て、私は一瞬背筋が凍るような感覚に襲われた。でも本当に一瞬だけで、そのちょっと間の抜けた姿を見て安心という訳ではないけど、気が抜けた。
「おせぇぞ、シュースケ!」
「はぁ、はぁ……ケイジ君が速すぎるんだよぉ。……この人たちは誰?」
「今ここで会った。そしてこれから一緒に遊ぶ予定だ!こいつはシュースケ!オレのダチで、こいつも混ざるけどいいよな!」
「勿論構わん。しかしお主らがここへ来たと言う事は、もう一人おるのではないか?」
「何で分かったんだ!?お前、もしかして超能力者か!?」
セカイの指摘に、ケイジの目の色が変わった。
そしてセカイの言う通りで、本当にもう1人階段をのぼって来て姿を現わした。
「はぁー、のぼれたぁ!もう、ケイジ君もしゅーちゃんも速すぎだよぉ」
のぼって来たのは女の子だ。目はくりくりで、可愛くてまるでお姫様みたいな女の子。その女の子があまりにも可愛くて、私は見惚れてしまった。
そして彼女を見据えたまま彼女に駆け寄る。
「え。なに。誰。なに」
戸惑う女の子に構わずに彼女の手を取ると、私は彼女の前に跪いて彼女の顔を見上げる。女の子は戸惑い一歩退いた状態で、でも私が手を握っているのでこれ以上距離をとることが出来ない。
不安げな目が、私を見下ろしている。可愛いその顔を見つめながら、私は手の甲にキスをした。
そして、彼女にずっと言いたかった事を口にする。
「──好きです。私と結婚してください」
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