元の世界へ
世界に別の世界から人間がやってくる事は不自然であり、世界の秩序に反する。だから無かった事にされてしまう。世界樹はそう語った。
では何故受け入れたのかというと、この世界の行く先が非常に不安であり、世界樹は未来を憂いていたからだと言う。
そんな不安定な未来が、私達がやって来た事で変わった。この世界で本来手を組む事のなかった2つの大きな国に、変化をもたらす事ができた。この世界に住まう人々の心を、変える事に繋がった。
「でも、私達がいなかった事になったら全部元通りになるんじゃ……」
「例え時間が戻ったとしても、一度進んだ未来で個人に与えた影響は少なからず残ります。それはいい影響も悪い影響もありますが、今回はきっと、良い方へと傾くでしょう。それでもし悪い方向に進んだとしても……それはこの世界の生命にとっての運命であり、誰にも責められる事ではありません。また、貴女が元の世界に戻ったとしても同じです。この世界で貴女は死の運命を乗り越えたので、もう死の運命に巻き込まれる事もありません」
「でも……!」
私はシキの方を見た。
シキと出会った事や、リリアさんに剣を教えてもらったり、ロロアちゃんと遊んだ思い出までもが消えてしまうのは嫌だ。
大体にして、こんな風になってしまった私達が元の世界に戻ったとして、上手くやっていけるのだろうか。いや、上手くやれる訳がない。
「この世界で過ごした記憶も消えますので安心してください。でもやはり影響は残ります。それは自覚のないレベルですので、気付く事もないでしょう。元の世界に戻り、元の普通の生活に戻るだけです」
私の抱いた不安を察して、世界樹がそう教えてくれた。でもそれで不安がなくなる訳ではない。
そりゃあ、元の世界に戻れるのは嬉しいよ。だけどやっぱりこの世界の人々とも別れたくはない。
「……本来出会うはずでなかった我々は出会い、友となれた。それでよいではないか。例え記憶が消え去ろうとも、その事実は消える訳ではないからな」
シキは意外にも、私が元の世界に帰る事を受け入れている。
寂しくないと言う事ではないと示すように、私に近寄って顔を擦り付けて来るのは可愛いと思う。私もそんなシキの顔を受け入れて撫で、抱き締める。
「世界の秩序を崩さないためにも、必要な事なのです。どうか分かってください」
「──世界の秩序を守るためというのは理解できる。じゃがワシが理解できんのは、何故終わったはずの世界にワシらが帰る事ができるのじゃ」
その声は私の物ではない。勿論シキでも世界樹でもない。
私が大好きな人のその声は、世界樹の膝の上から聞こえて来た。
そしてセカイが起き上がる。膝の上から起き上がったセカイは正に私の知るセカイであり、私の大切な人そのものである。
「セカイ!」
私は起き上がったセカイに抱き着いた。
するとセカイは、抱き着かれるばかりで何もしてくれない。もしかしたら照れているのかもしれない。でも私にはそんな事を気にする余裕がない。一度は失ったと思ったセカイが、こうして私の腕の中にいるのだ。その存在を二度と手放さないためにも、力強く抱きしめて失わないようにする。
「……落ち着け、ハル。ワシはもう大丈夫じゃ。どこにもいかんし、お主の傍にいる。じゃから、少し待て」
「……」
セカイに優しくそう言われたけど、私はセカイを離さない。本当に怖かった。セカイを失う事が、怖かったんだから。だから離さない。
「本当に、愛されているのですね」
「……本来なら、あり得ん話じゃ。それより、ワシの質問に答えよ」
「貴女が核となっていた世界は、貴女は終末を迎えたと思っていたようですがそうではありません。実際は貴女の世界の神によって繋ぎ留められ、不安定ながら今も維持されています」
「それが分からん。ワシは奴をワシから追い出したはずじゃ。何故ワシの世界にまだ残っておる。それだけではない。奴はハルに、力を与え道を示したようではないか。ハルを死の運命から救い出すというワシの計画に反対していた奴が、何故協力してくれたのじゃ」
「他の世界の神の真意を私に聞かれても、分かりかねます」
「……そうじゃな。そうじゃった。では何故お主はワシらに協力をした?」
「協力というと?」
「ハルに武器を与えたじゃろう。それと、力も与えた」
「ちょっとだけ応援したくなっただけですよ。だって、たった一人の人間のために世界を終わらせて愛する人間を異世界に連れて来るとか、ロマンがあるじゃないですか」
「そ、それは……!」
世界樹にセカイが私を愛していると指摘され、セカイが慌てだす。
「……分かった。協力してくれたこと、感謝する。また、お主の世界に勝手にやってきてすまなかった。本来の世界のルールから逸れる事は分かっていたのじゃが……仕方がなかったのじゃ」
「はい。こちらも、良い物を視させてもらいました。では……この世界に来ている他の方々も元の世界に帰ったようですし、名残惜しいですが貴女がたにもお帰り願いましょう」
他の方々って、もしかしてカゲヨやケイジ達の事だろうか。
よくよく考えれば、この世界で死んでしまったクラスメイト達も元の世界へとちゃんと生きて帰れるって、凄い事だ。今私は本当に現実離れした神様の領域に立ち入っているのだと、今更ながらそう実感する。
「……うむ」
「はっ。ちょ、ちょっと待って!もしかしてこのまま帰ったら、私がセカイと会った事も消えちゃうの!?」
私はセカイを手放し、セカイの目を見て尋ねた。顔は至近距離に迫り、でも邪な考えを抱く余裕はない。真剣に尋ね、セカイもどう思うのかを尋ねる。
「そうなるじゃろうな」
「そんな……!」
私はこの世界に来て、セカイを好きになった。その記憶まで失うなんて、冗談ではない。
なのにどうしてセカイは笑っていられるの。セカイも私の事が好きなんだよね?いいの?全部忘れちゃっても。
「そう慌てるな、ハル。世界樹やシキも言っておったが、記憶がなくなるだけじゃ。例え記憶がなくなってもワシらが共に過ごした時間は、どこかに確かに存在する。本来存在せん未来の記憶を、お主が夢として見ていた事と同じじゃ」
「だとしても、セカイと旅した記憶が消えるなんて嫌だよ……」
「ハル。ありがとう。ワシはハルにワシの命をやって、消えるはずじゃった。しかし消えるはずじゃったワシをこうして迎えに来てくれた上に、ワシの事を大切に想ってくれておる。ワシは、幸せじゃ」
「っ!」
セカイは笑顔でそう言って、私の頬にキスをして来た。
突然のセカイの行動に、私は一気に顔面が沸騰して赤くなるのを感じる。セカイの頬も赤い。
「愛している。ワシはハルの事を、何よりも愛している。じゃがワシの世界が今不安定にあり、ワシは早く戻らねばならん。一度は見限った世界じゃが……ワシはあの世界も好きじゃ。終わらすには惜しい。そこにハルがいるなら、更に惜しく思う。じゃから、戻らねばならん。……ともに来てくれんか?」
一緒に行けば、セカイとのこの世界での思い出が消え去ってしまう。でも行かなければ一緒にはいられない。だったら、答えは決まっている。
「……行くよ。私もセカイの事が大好きだもん。ずっと一緒にいたい。だから一緒に行く」
私はそう言って、セカイを抱き締めた。セカイも私を抱きしめ返してくれる。
「では、お別れですね。数千年ぶりに、面白い物を見せていただきました。永遠ともいえる命を持つ私達にとって、ほんの一瞬の出来事……でも貴女の愛は永遠に続いて行く事になるでしょう。お幸せに」
「お主にも、命を分け与えてもらって感謝している。機会があれば礼を言いにまた来ようと思う。その時は、異世界の核としてじゃ」
「楽しみにしておきますね。それと、あちらの神にもお礼を言ってあげるといいでしょう。私に貴女や異世界から来た者達の命を救うように頼みこんで来たのは、あの方ですから」
「……分かった。戻ったらしかりと礼を言っておく。どうせワシの世界のどこかに潜んでいるじゃろうからな」
「……わっ」
2人の会話が終わった時だった。突然私とセカイの身体が光り輝き出し、身体がうっすらと消え始めた。
セカイが消えてしまった時とはまた違う輝きだ。セカイと抱き合っているからか不思議と温かく、怖くもない。
「ではな、ハルカ。貴様を乗せて駆けるのは、悪くなかった。それと貴様は、我が知るどの人間よりも良い香りだった」
「あ、ありがとう、シキ。私も、シキに乗れたり寝たり出来て、幸せだった。あの感触……絶対に忘れない。いつかまた、会おうね!」
「ふ。そうだな。いつかまた、な」
いつかなんて、あるかどうかも分からない。そもそもシキと過ごした記憶もなくなってしまうだろう。でもシキは否定せず、受け入れてくれた。
そして消え始めた私達に向け、雄たけびをあげて別れを惜しんでくれる。
その隣には世界樹が立ち、ニコやかに笑いながら私達に向けて手を振ってくれる。それに応えて、私とセカイも手を振った。声を出そうとしたけど、もう声は出ない。そのまま視界も光に包まれて行き、私はやがて消え去った。いつの間にか、抱き合っているセカイの感触もなくなり……意識も、記憶も、全てが優しい光の中へと混じり合い、私という存在はなくなったのだった。
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