思い出
その子との出会いは、私が小さな頃。小学校に上がりたての私は、その子と出会った。
その子は今と姿が変わらない。まるで子供で、でも当時の私よりは大きくてお姉さんで……私はその子と遊ぶのが楽しかった。
その子はいつも近所の神社に1人でいて、私が訪れるといつも笑顔で迎えてくれた。
2人きりで鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり……でも途中で新しい友達が増えて、それは黄金の毛をもつキツネのような姿の動物だった。キツネだったけど、キツネではない。キツネより身体が大きく、目や口の形も違った。
その動物は、たぶん神様だったんだと思う。いつも麦の香りをまとって現れたから、たぶん間違いない。
新しい仲間も迎え入れ、私達は3人で遊ぶようになった。
楽しかったなぁ。当時のセカイは、よく笑ってくれて私の知るセカイよりも少女らしく、無邪気だった。私が転んで怪我をしてしまうと、痛くて泣く私の頭を、泣き止むまで撫でてくれた。そして不思議な力を使って傷を癒したりもしてくれた。
あり得ない程美しく、銀色の髪を持つ少女に対し、当時の私は全く疑問にもなんとも思ってなかったなぁ。普通に、凄くて可愛いお姉さんがいるっていう感じの認識だった。黄金の動物に対しても、同じだ。あの動物は私の言葉を理解していた。動物の持つ知恵を超えている。あり得なかったけど、当時の私は子供らしく、バカだった。普通に受けれていた私は中々の兵だと自分で思う。
3人で過ごした時間はそれほど長くない。でも濃密でかけがいのない時間だった。
ある日、いつも通り神社に行くとそこにセカイの姿がなかった。そんな事初めてで、私は必死にセカイを探し回ったけどその姿はどこにもない。
諦めて帰ろうとした時に、私はメイと出会った。メイもまた幼く、でも元気ハツラツとした女の子で私の知るメイとは少し違う。
可愛い女の子だと、そう思った。私とは違う、別世界の生き物のように彼女を見た時感じ、不思議と惹かれた。
でもメイと出会ったのはそれきりで、大した会話もしていない。
思えばそれが、全ての始まりだった。
私はきっとあの時、死ぬはずだったのだ。本当ならセカイと知り合う事もメイと出会う事もなく、帰りに事故にあって死ぬ。その運命は、セカイと出会う事で変わってしまった。その後も幾度となく、本来なら死が訪れるはずのシーンが運よく回避され、私は成長──。メイと再会──。そこで避けようのない壁にぶち当たる事となり、何度繰り返しても死が訪れる事となる。
そしてセカイに世界から連れ出された。
全てを思い出した。私はセカイとも、神様とも、メイとも子供の頃に会っている。
大切で、儚い思い出。だけど今日まで忘れてしまっていた。覚えていたら、セカイと再会した時それこそ嬉しくて襲ってしまっていただろう。そう考えると、忘れていてよかった。
でも覚えていなかったのは少し薄情で申し訳なくも思う。
なんであんなに大切な思い出を忘れていたんだろう。忘れるはずがないのに、不思議だ。
「──貴様達の身に何が起こったのかは分からんが、しかし世界樹の下にセカイはいるのだろう?謝る機会も、礼を言う機会もある」
「うん……!」
私は子供の頃の記憶を、シキに語りながら森の中を駆けていた。
シキは私達の身におこったことを聞かず、ただただ話を聞いてくれた。おかげで全部思い出せたよ。
まぁ結局その後色々と聞かれて答える事になったんだけどね。世界樹までの道のりは長い。それくらい話す余裕はいくらでもあって、他にも色々と話した。シキと別れた後に何があったのかとか、この世界に来る前の出来事とかをね。
そうしているうちに大きな大きな木の下に辿り着き、現在私はこの世界に初めて来た時以来、2度目となる世界樹の木の下に立っている。
改めて下に立つと、本当に大きな木だ。壮大で、かつ優美なその姿は、現実離れしすぎている。さすが、この世界に来たばかりの私にここが異世界だと知らしめただけの事はある。
「……世界樹よ。ここにセカイが来ているはずだ。我々はセカイを迎えに来た。どうか、セカイをこの娘に返してやってくれ」
世界樹に向かい、シキが語り掛ける。
すると、風もないのに世界樹の枝がざわめいて音がなった。
「……裏に来い、と言っている」
「裏?」
シキに言われた通り、世界樹の幹の周りを歩いて裏側へとやってくる。
すると、そこにセカイはいた。セカイとは別の人もいる。
美しい、緑色の髪を地面につけて座り、その膝の上にセカイの頭を乗せる美女。神様のように神々しく、世界樹のようにこの世の物とは思えないような、絶世の美女である。
「世界樹が、人の前に姿を現わしただと……?」
その姿を見てシキが驚いてそう言った。
世界樹って……この人が、世界樹なの?
いや、それよりも目の前にセカイがいる。私の腕から溶けてなくなるように光になってしまったセカイの姿が、そこにあるのだ。
本当に、セカイがいた。神様の言う通り、セカイが世界樹にいたのだ。嬉しくて、心臓の音が速くなる。
「セカイ!」
「よくぞ参られました。異世界の人の子──ハルカさん。安心してください。この子は眠っているだけです」
セカイの下へと駆け寄った私に、世界樹がそう話しかけてくる。
セカイが眠っているだけと聞いて、ひとまずは安心した。形はあるけど、意識は戻らないなんて事もあるのではないかと一瞬考えてしまったけど、杞憂だった。
「……どうして、消えちゃったはずのセカイがここにいるんですか?」
「残った僅かな生命力を貴女に与えた事により、この子は命を失いました。ですがこの世界の全ての生命は、この世界樹に還る。それは例え異世界からやってきた生命だとしても変わりはありません。還って来たこの子の命を私はつなぎ止め、形を戻しました。後は起きるのを待つだけです」
「あ、ありがとうございます。その子は本当に、私にとって大切な子で……」
「確かにこの子はもうじき目が覚めますが、貴女にあげるとは言っていませんよ」
「え……?」
急に意地悪な事を言われ、私はきょとんとしてしまった。
優しそうな女性だったけど、実は悪女?可愛いセカイを自分の物にするためにセカイを生き返らせたとか?だとしたら、けっこうヤバイ人である。
「本当に、痛かったんですからね……。まだたんこぶが出来ています。私にこんな傷をつけた貴女に、素直に私がこの子を返す理由がどこにありますか」
確かに、世界樹のおでこにはたんこぶのような物が出来ている。最初から少し気になってはいた。でもそれが何だと言うのだろうか。
「……あっ」
考えを巡らせ、そして思い出した。
この世界に来たての頃、私は世界樹に頭突きをして傷をつけてしまったんだった。その行動に怒ったシキに襲われたりもした。
彼女はその時の出来事を怒っていらっしゃる。数か月も前の事を根に持っているなんて、とも思うけど、それに関しては私が悪い。いくら知らなかったとはいえ、彼女を傷物にしてしまった罪は重い。
「ご、ごめんなさい!」
だから私は素直に頭を下げた。
「……ふふ。こちらこそごめんなさい、冗談です。痛かったのは事実ですが、怒っていませんし、この子は私の物でもなんでもなく自由の身です」
「……」
顔をあげると、世界樹は柔らかく微笑みかけてくれていた。どうやら本当に冗談だったようで、たんこぶも一瞬にして消えている。
「少しだけ、話してみたくなったんです。世界に愛される人間が、どんな方なのか気になって」
「……は、話すのはいいんですけど……私の他の友達も、ここへ来ませんでしたか……?」
それは、タチバナ君によって殺されてしまったり、不運にもこの世界にやって来て事故やら罠に嵌められて死んでしまったクラスメイト達の事を指している。
全ての生命が還ると言う事は、セカイ以外の人の命もここへやってくるはずだ。ムシの良い話だとは思う。でも私はクラスメイト達の死をも覆せないかと考え、そう尋ねずにはいられなかった。
「ええ、勿論来ましたよ。でも皆さんは元の自分たちの世界へと帰っていきました。ですので、もうここにはいません」
「元の世界に?」
「はい。貴女達ももうじき、帰る事になるでしょう。そしてこの世界に貴女達がいた痕跡も消え去ります。世界は、貴女達が来る前の状態に戻るのです」
「え……?」
そんな話は、聞いていない。今初めて耳にした事に、私はこの世界で出会った人との思い出が頭をよぎり、困惑した。