とりあえず
世界は終わりを告げ、私以外の人間は消滅した。そんな夢のような話を、この少女は私にしてきた。
信じられない。でも、コレは夢ではない。痛みをともなって私は証明したから。しかも、目の前にある巨大な木を見て分かるように、ここは元居た世界ではない。異世界だ。
こんな状況を、私はどう受け止めれば良い?
「驚いて、言葉も出んか?無理もない。突然お主の日常が破壊され、異質な物へと変貌してしまったのじゃからな」
「確かに……驚いた。けど、じゃあ何で私だけがここにいるの?」
「それはワシが連れて来たからじゃ。崩壊する世界から、お主だけを引っ張り出して共にこの世界へとやって来た」
「なんで私だけ?」
「たまたま目に付いたから、と言った所じゃ。お主がこの世界で必死に生きていく姿を、見てみたくなったのでな。それで連れて来た」
なんて適当で迷惑な理由だ。でもそのおかげで私だけが、終わりを告げた世界から難を逃れる事が出来たと言う訳だ。宝くじもビックリな当選確率だけど、喜べはしない。
自分一人だけが生き残ったとして、何が良いと言うのだ。こんなのに当たるくらいなら、皆と一緒に消えた方がマシである。
「……貴女は一体、何なの?」
「ワシは、お主が元居た世界そのものだと言ったはずじゃ。そしてその、世界そのもであるワシが、お主の世界を終わらせた」
「なんでそんな事を……」
「それも言ったはずじゃ。あの世界は、クソであった。人々は常に争い、醜く、救いようがない。そんな世界をだらだらと続ける理由が、どこにある。終わって、然るべきじゃ」
この、自称セカイちゃん。とんでもない癇癪持ちである。そんな理由で世界を終わらされたら、普通に平和に生きて、青春を謳歌していた者としてはたまったものではない。
「おっけー、分かった。他にも色々と聞きたい事はあるけど、とりあえず今はここまでにしておこう。これ以上は頭に入ってくる自信がない」
「それは構わんが……お主、冷静だな。分かっておるのか?元居た世界が滅んだのじゃぞ?もう、お主の大切な者とは会えないのだぞ?」
「んー……現状、いまいち実感が湧いてこないんだよねぇ。貴女の話を聞いただけじゃ、どうにもピンと来ないよ」
「バカめ。よく考えるのじゃ。お主の目の前にいるのは、世界を終わらせた張本人じゃぞ。怒りをぶつけようとは思わんのか?」
「だから、その実感がないんだよねぇ。貴女が世界そのものっていうのも、よく分かんないし。あと私、考えるの苦手だから。直感で生きてますから。だから怒る時は怒るけど、今は怒る時じゃないよって、直感が言ってる」
「……本当に、バカな人間じゃ」
呆れたように言うセカイだけど、その言葉に悪意はこもっていない。むしろ褒められた気がする。
ちなみにセカイとは、この銀髪の少女の事だ。名前がないと言うし、自分の事を世界だと言うからとりあえずそれでいいだろう。
「お主がそう言うなら、良いじゃろう。では今はもっと、現実的な話をしようではないか」
「というと?」
「ワシらは現在、深い森の中にいる。食料も、飲み物もない。しかもこの深い森の中に、どのような生き物が生息しているかも分からぬ。さて、どうやって身の安全を確保する?」
確かに、私は制服姿のままでほぼ手ぶらだ。私は私物をほとんどカバンにいれてしまう癖があるので、カバンがなければ何も持っていないのと等しい。ポケットの中を探っても、昨日クルミに貰ってそのままだった飴玉が1個と、ヘアゴムしか出てこない。そんなどうしようもないアイテムでどうにかなるような状況ではない。
「そんなの私に聞かれても困るんだけど」
「少しは自分で考えぬか、バカめ。……よいか。まずはとにかく、人里を目指す必要がある。そこにたどり着くまでに多少時間がかかるかもしれぬが、そうなると道中の補給が必要になってくる。が、幸いにもここは自然に恵まれた土地じゃ。食料は選ばなければいくらでもあるじゃろう。水は幸いにして、ワシが魔法で出す事ができる」
「魔法すげー!」
「はしゃぐな。言うだけは簡単じゃが、この森に何が待ち受けているかは分からぬ。狂暴な生物にかみ殺され、呆気ない最期を迎える事になるかもしれん。この先に待つのは、本物の生か死の世界。お主は覚悟して進む必要がある」
「なるほどねー。生か死、かー。んじゃ、とりあえず人里目指して出発しよっか」
「ワシの話を聞いておったか?覚悟して進むようにと言ったのじゃぞ?とりあえず出発しようなどというノリで、生か死の世界に足を踏み入れるでない」
「じゃあ出発しない」
「ここに残っても、ただ朽ちるのを待つだけである」
「じゃあとりあえず出発する」
「……分かった。出発しよう」
セカイは諦めたように呟くと、私の後ろに立った。
それにしても、私は制服姿の上に靴を履いているからまだいい。いや、それでもこの深そうな森の中を歩くのに向いてはいないんだけど。
でもそれ以上に、この子。セカイは、簡単な布を羽織っただけで裸足だ。しかも髪は地面につきそうな程長く、森の中を歩くのには向いていなさすぎる。
「裸足だけど、大丈夫?痛くない?」
「ワシを見くびるな。靴などなくとも、怪我などはせぬ。形は同じように見えるかもしれんが、身体の作りがお主ら人間とは根本から違うのだ」
「そっかぁ。セカイは凄いなぁ。でも髪はちょっと上げておこうか。そのままだと地面についちゃいそうだし」
「必要ない」
「まぁいいから。ちょっとおとなしくしててねー」
私は必要ないと言うセカイの背後に回ると、その髪を手櫛で簡単にといだ後に、髪の毛を編み込んでアップ気味にした後に、ポケットに入っていたヘアゴムで留めた。アップになった事で、地面からは少し離す事ができた。それでも髪が長すぎて近いけど、まぁしないよりはましだろう。
「はい、完成」
「……ふむ。必要ないが、悪くはない」
セカイは自分の頭の後ろでまとめられた髪を手で触りながら、その場でジャンプをしたり、くるりと回転をして確かめてから、そう感想を述べた。
その仕草がまた可愛くて、是非とも写真に収めておきたいと思った。でもないのが残念すぎる。
「それじゃ改めて、とりあえず出発!」
「待て。この手は何じゃ」
「何って。手を繋いでるんだよ」
「必要ない。離せ」
「必要ある。離さない。だって、こんな深い森の中に入るんだよ?転んだら危ないでしょ?それに手を繋いでおけば、不測の事態がおこってもお互いをフォローできるんだよ、たぶん」
「何の不測の事態じゃそれは。狂暴な生物が突然襲ってきたら、このような体勢では対応できん。だから離すが良い」
「ちぇ」
セカイは私の手を叩き、手を繋ぐのを拒否してきた。そこまで言うなら、仕方がない。嫌がる幼女と無理矢理手を繋ぐのは、私もどうかと思うから。だから離した。セカイの言う通り、実際動きにくいのは確かだしね。
こうして私とセカイは、深い深い森の中へと足を踏み入れた。出発すると決意してからぐだぐだしていたたから忘れかけていたけど、ここから先は本当に何が起こるか分からない。でも何が起こったとしても、この小さな女の子は守らなければいけない。そんな覚悟を、私は心の中で決めていた。