終焉の日の朝
これは夢だ。
本当にあった事なのか、或いはただの妄想なのか。分からない。
酷く曖昧で、不確かで……ただ、漠然と自分が傷ついているのは分かる。
だって、その夢の中で私は泣いているから。或いは、酷く傷ついて痛くて、苦しんでいる。そして最後には死に至る。
酷い夢だ。
よく覚えていないのに、何故かハッキリとしていて、私の精神を擦り減らしてくる。
そんな夢を、私は割としょっちゅう見る。物心ついた時から見るこの夢は、私じゃなければたぶん、精神に異常をきたしてる所だね。
というのは冗談だけど、それくらい酷い夢だという事だ。しかも、毎回たぶん、別の内容の夢だと思う。ハッキリとしないので言い切れないけど、たぶんそう。
『大好───よ、──。でも───の──』
『……なんで……どうして……』
『さようなら』
今日の夢は、とびきり酷い悪夢だった。
誰か、私の大切な人が私の目の前にいて、だけど私の大切な人とはかけ離れた行動に出られた。次の瞬間に私は痛くて、苦しみだし、そして死に至る。
そこで慌てて目が覚めると、いつもの光景。自分の家。自分の部屋の、天井が目に入った。
目から、涙が溢れる。同時にお腹の底から吐き気がこみあげてきた。
「うっ」
飛び起きて、私はこみあげて来た吐き気を押さえるように、口に手を当てる。
こみあげて来たのは吐き気だけで、何かが逆流してくるような気配はない。たぶんお腹の中、空っぽだからね。出てくるとすれば、ちょっと酸っぱい胃液くらいだ。
それに、この悪夢を何度も見て来た私だけど、吐いた事はない。そりゃあ、精神的に来るよ。寝起きなんて、汗でびっしょりで気持ちが悪いよ。でもよく覚えていなんだもん。吐くほどじゃない。すっごく気持ち悪いのは変わらないけれど。
「すー……はあぁ」
私は深呼吸して、心を落ち着かせる。
大丈夫。今のは全部、夢。現実に起きた事じゃない。だから、大丈夫。貴女は強い。夢なんかで落ち込まない。頑張って、耐えるんだ。
深呼吸しながら、自分に言い聞かせるように優しい言葉をかけ、心を落ち着かせる。
コレは私の癖みたいな物である。プレッシャーをかけられた時や、辛いときについやってしまう。でも割と効果があるんだなコレが。
今も実際、コレのおかげで落ち着いて来た。吐き気も引っ込んで、元通り。もう大丈夫。
私は立ち上がると、太陽の光を遮っているカーテンを開く。そして、隅に置かれた姿見の前に立った。
そこに映るのは、私だ。
黒のロングヘアーを腰まで伸ばし、その髪はサラサラで流れるよう。でも寝起きなので、若干跳ねている個所もある。顔は小顔で、しかし鼻は少し高いかな。輪郭はしゅっとしていて、肉付きは少ないように見える。目は二重で、ちょっと鋭めだけど可愛げのある目つきだ。視線を下ろすと、上下白のパジャマ姿である。身体の凹凸は少な目だけど、胸はちょっとはある。他は基本細く、良く言えばモデル体型と言った所かな。
うん。今日も私、可愛い。
悪夢のせいで顔色が少し悪いけど、この美少女を見ていたら元気が出て来たよ。ありがとう、私。
お礼を言ってから、私は自室を後にした。
「あら、おはようハル」
自分の部屋がある2階から1階へと下り、リビングへとやってきた私を母が出迎えた。
母はエプロン姿で、お皿に乗せたご飯を運んでいる所だった。私とよく似た姿の母は髪を肩まで伸ばし、私と似てはいるんだけど全体的に大人びていて、とても落ち着いた印象だ。そしてとても若く、とてもではないけどこんな大きな子供がいるような人には見えない。
ちなみに年齢不詳である。聞いても圧のある笑顔で返されるだけで、教えてもらえない。
「ママー!」
私はそんな母の姿を見て、抱き着いた。
私とは違い、豊かなその胸は抱き着いた私を柔らかく受け入れてくれる。そして私を包み込んでくれる、良い香り。ここは楽園。桃源郷である。
「ちょっと、危ないでしょう!ていうかママって何!あんた小さい時から今までそんな風に私の事を呼んだ事ないでしょうが!」
ママ──もとい。お母さんがそう言いながら食器を高くあげ、私に怒ってくる。
可愛い娘に抱き着かれて、普通は歓喜すべき場面だと思うんだけどな。予想とは違う反応に、私ショックである。
「ママ、私ね。怖い夢を見たの。だから慰めて?」
私はお母さんの胸に顔を埋めたまま、上目遣いでそう訴える。可愛さが足りないのかと思い、そうしてみた訳だ。
でも怖い夢を見たと言うのは、嘘ではない。慰めて欲しいのも、事実。
「……慰める前に、死にたくなければ今すぐ離れなさい」
「はい。ごめんなさい」
でもお母さんに睨みつけられ、私は慌てて離れた。この人なら本当にやりかねない。その手に持っている食器が、頭に落下してくるかもしれない。だからそうなる前に、素直に素早く離れた。
「まったく……ちょっとそこに立って、頭を冷やしてなさい」
そう言うと、ママ……じゃなくて。お母さんはご飯を持って食卓の方へと歩いて行った。
「はは。おはよう、ハル。今日も元気そうだな」
食卓では既にお父さんが席について、ご飯を食べている所だ。
父も、母と同じでまだまだ若い。ただ最近ちょっと白髪が増えて来て、それを気にはしているようだけど、私は逆にダンディでいいと思っている。口には出さないけど。
そんな父は私と目が合うと、柔らかな笑みを浮かべながら私にそう言って来た。
「笑いごとじゃないでしょう。お皿を持ってる時に、危なすぎ。落として割れたりしたら、どうするの。それにコレ、アキのご飯だからね。アキの朝食がなしになる所だったんだよ。あんたそれでもいいの?」
「そん時は、私が腕によりをかけてアキが喜ぶご飯を作るから大丈夫」
「朝っぱらから、時間にルーズかつ凝り性のあんたが料理なんて始めたら、遅刻するわ。アキに迷惑がかかるだけだからやめなさい。だったらあんたのご飯を抜きにして、アキにあげてそれで済むわ」
「それは困る!ごめんなさい、もうしません!」
ご飯抜きとか、ホント勘弁。私の生きる糧を奪おうとするなんて、この人悪魔だよ。
いや、自分が悪いんだけども。本当にアキのご飯をどうにかしてしまったら、そうするしかない。
「……分かればもういいから、お父さんに挨拶しなさい」
「おはよー、お父さん」
許しを得た私は、朝の気だるいテンションで食卓の席につきながら、父にそう挨拶を返した。
「あれ。お姉ちゃんがいる」
そこへ、リビングに私の妹がやってきた。
私の2つ下の妹は、私ともお母さんとも、若干容姿が違う。どちらかというと、お父さん似だね。ただ、凄く可愛い。お父さんが女の子になって、絶世の美少女になった感じ。自分で言っておいてなんだけど、気持ち悪いけどそんな感じ。
私と同じ長い黒髪をツインテールに結び、元気いっぱいな力強い目。やや丸顔だけど、それがチャームポイントで可愛い。背はちょっと小さ目で、私の胸下くらい程しかないのが、また可愛いんだ。でも何故か胸の大きさは既に私と同じくらいなんだよね。
彼女の名前は、秋帆。先程からちょくちょく言っていたアキとは、彼女の事だ。秋帆だから、アキと呼んでいる。苗字は敷島。
ちなみに私は、敷島 春香。だから、ハルである。