ライラック
放課後、誰も居なくなった教室に残った僕と女子生徒。
教室には眩しいぐらいの夕日が差し込んでいる。
窓は少し開いており、優しい風が僕らを纏う。
そしてバタバタという足音が、この静かな教室に響き渡る。
音がした方を見ると、彼女が僕のデスクの近くに置いてある椅子まで歩いてきて、座った。
僕はどうしたのだろう?と思い、課題のチェックをしていた手を一旦止めて、彼女の方を向いた。
彼女は僕のことを真剣に見て、尋ねてきた。
「先生!今日の授業で少し話していた親友の話をしてよ!」
友達と話すようなフランクなノリで、僕に話しかけてきた。
「田中、先生と話す時は敬語を使いなさい」
田中 美愛は、いつも僕には敬語を使わない。
何故だがわからないが、僕のことを友達のように距離の近い人だと思われているのだろうか…。
そうだとするならば、僕は今まで友達が少なかったから、純粋に嬉しいとは思うが、正直好かれるなら男子生徒がよかったな。とも少しだけ思う。
このやり取りを毎回しているが、彼女は飽きることはないようだ。
他の先生たちにも、このような態度を取っていないか、不安になったこともあり、前に尋ねたことがあるが、フランクに話しかけてくるのは僕だけのようだった。
彼女はやれやれという感じで僕を見ていた。
「はーい、佐藤先生。
それで!5限目でちょっと話してた親友さんについて、教えてください〜!」
僕は驚いた。
「なんで、そんなことが気になるんだ?」
「え〜、なんかワケありぽいな〜って思って、気になったから〜!」
僕の事をよく見ているんだなと少し感心した。
先程の5限目授業で、最後5分だけ時間が余ったので、生徒達に「今から5分間だけ、どんな質問でも答えるから、先生に聞きたいことがある人いるか?」と尋ねた。
ーーすると、田中が真っ先に手を挙げて、質問してきた。
「先生には友達はいますか?」
この質問に僕はどう答えるか迷った。
そうしたら、生徒達がザワザワしだした。
とある男子生徒が、「もしかして、先生には友達がいないの?」と僕のことを煽ってきた。
僕は煽られて少し腹が立ってしまった。
「1人だけですが、親友がいました!」
口調を強めて答えた。
生徒達は1人だけかよ〜笑笑と笑われてしまった。
「1人だけでも信頼できる人がいるだけ幸せだと、先生は思うけどな」
生徒達は、そういうものかな〜?と理解できない人、うんうんと頷いてくれる人など様々な反応をしていた。
キーンコーンカーンコーン
チャイムがなり、授業は終わった。
残念ながら、質問は一つしか答えられなかった。変なこと聞かれなくてよかったなと安堵しつつ、こういうことやっても楽しくないよなとか思ったり、色々考えながら、教室を出ていった。
HRが終わった後、僕が職員室に戻っている時に、田中が僕に話しかけてきた。
「先生〜!この後、時間空いてます?」
「大丈夫だけど、どうした?」
「少し授業でわからないところがあって〜、聞きたいな〜って思って!」
「そうか!じゃあ、少し教室で待っていて」
「はーい!」
そして、教室には田中だけがおり、まず授業でわからないところを聞いてきた。
僕はできるだけ噛み砕いた説明をして、たぶん理解して貰えたはず……。
その後、僕はまた職員室に行くのも少し面倒だと思い、持ってきていた課題のチェックをしていた。一方彼女は、別の教科の課題をやっているようだった。
話が脱線してしまったので、時を戻そう。
「僕の親友についてだったよな?
話は長くなるぞ?」
脅しをかけるような言い方をした。
「大丈夫!今帰っても、家には誰もいないし、遅くなっても問題ないで〜す!」
彼女のご両親は共働きで、兄弟や姉妹もおらず、寂しいからかまって欲しいのだろうと想察した。
さすがに、夜まで女子生徒と話していたなんて、他の先生たちに噂されるのは嫌なので
「簡潔に話すぞ!」
「簡潔じゃ嫌だ〜!ちゃんと話を聞きたいよ〜!
何日かかってもいいから、一通り話を聞きたい!」
僕の話を聞きたいなんていう生徒は滅多にいないので、嬉しくなった。
僕は少し口角を上げて
「そうか?
それなら、できる限り詳しく話すぞ?」
明るく話すと、彼女はニコッと笑いながら
「やったー!」
田中は両手を広げて無邪気に喜んでいた。
そんなに嬉しいことなのか?と頭によぎったが、彼女の顔を見たら、僕もなんだかそんなことはどうでもよくなった。
「それでは、僕と親友の出会いから話し始める」
「はーい」
彼女は返事をした後、真剣な表情で背筋を延ばし、僕の話を聞く姿勢を取っていた。
僕は一旦深呼吸をしてから、話し始めた。
僕と彼が出会ったのは、高校生の頃だった。
彼はいつも明るくお調子者で、彼がいるから、僕の高校生活は楽しかったといっても過言ではない。
彼は意外と頭も良くて、いつも勉強を教えて貰っていた。
彼がいなかったら、僕は何者にもなれなかった。ずっと一人ぼっちでいたかもしれない。
何も出来ない僕に価値を見出してくれた。
僕の高校生活は彼なしでは語れない。
「僕の名前は、佐藤健太です。南中から来ました。よろしくお願いします。」
シンプルでよくある自己紹介をした。
友達は欲しいと思っていたが、緊張と何を言ったらいいか分からなくて、中身がないことを言ってしまった。
また、陰キャな見た目であるが故に、誰も僕に近寄ってこない。
ーー1週間後、誰も僕と友達になってくれない。
その理由は簡単だ。自分から話しかけないからである。
コミュ障な僕は、何かしらきっかけがないと誰にも話しかけられない自分に困っている。
「おはよう」
たった4文字を言えば、人とコミュニケーションが取れるのに、それさえも言えない人間である。
そろそろ友達を作らないと1年間ぼっち決定だ。と悩んでいた時
「佐藤、おはよう」
隣の席の小鳥遊くんが話しかけてくれた。
せっかく話しかけてきてくれたので、僕も勇気を振り絞り
「おはよう」
小さい声で言ってしまった。
聞こえたかな……?と不安になった。
その確認をしたい気持ちと、このチャンスを逃してしまったら、もう二度と友達を作れないかもしれないと思い、ほとんどない勇気を振り絞り、話しかけてみた。
「あ、あの、小鳥遊くん」
「うん、なに?」
「もし良ければ、僕と友達になってくれませんか?」
ストレートにお願いをしてみた。
「……」
(あれ?大丈夫かな?)
僕の心は不安と焦りでいっぱいだった。
「佐藤って面白いな!もちろん、オーケー!」
彼は笑顔で快諾してくれた。
「よかった……。
ダメかと思った!」
「そんな訳ないじゃん!
俺もどうやって友達作ろうかなって悩んでいたんだ。
とりあえず、今日は隣の席の佐藤に挨拶しようって決めてた!」
「そっか!ありがとう!
僕も同じことで悩んでたよ!」
その後も色々な事を話して、考え方が似ていて意気投合し、すぐに仲良くなった。
部活も同じ帰宅部で、放課後は教室で喋ったり、ゲーセンで遊んだり、楽しい時間を過ごしていた。
ーーある日の放課後、いつも僕達は、数人クラスメイトが残っている教室の中で、話している。
ふと、前から気になっていた事を聞いてみた。
「何で僕と友達になってくれたの?」
「いきなりどうした?」
「あの時は、僕に合わせて仲良くなってくれたのかなって」
「疑ってるのか?」
彼は悲しそうに眉をひそめていた。
「いやいや!そういう訳じゃなくて、ただ不安になったんだ。
君の友達が僕でいいのかって……」
「そんなこと思ってたのか!?
もちろん!良いに決まってるじゃん!!
そんなに不安なら答えてやらなくもない。
少し考えさせてくれ」
彼は珍しく真剣に考え込んでいた。
そして、閃いたのか、ぱーっと顔の表情が明るくなった。口元は少しにやけながら、口を開いた。
「俺の勘がお前と仲良くなれっていったんだよ!」
「嘘だろ!それ(笑)」
「マジだよ?信じてくれよ?俺達親友だろ?」
「うーん?」
「ーーわかったよ。
本当は佐藤と話してみたかったからだ!!
それ以外に理由なんてあるか?」
彼は照れながら話してくれた。
僕は正直に彼が話してくれて嬉しい気持ちと褒められることになれていないので、くすぐったくなった。
「そっか!!」
「恥ずかしい事、言わせんな!」
「小鳥遊くんも恥ずかしい事あるんだね(笑)」
「俺を人間だと思ってないわけ?」
「そんなわけではないよ!」
「うーん、わかったよ!
許す代わりに、ジュース1本奢れよな!」
「ええー!?しょうがないな〜」
僕たちは、校内の自販機まで歩いて買いに行った。
なんだかんだ2年生の時も同じクラスになり、楽しい時間を過ごし、あっという間に終わった。
3年生になり、残念ながらクラスは離れてしまったけど、隣のクラスだから、今までと関係は変わっていない。
だが3年生になると、進路で忙しくなる。
僕はクラスで唯一まだ進路未決定だった。
別のクラスになっても、放課後は小鳥遊と話すのは日常となっていた。
いつものように教室で待っていると、小鳥遊がやってきた。
小鳥遊に、今一番悩んでいることを聞いてみた。
「なあ、進路どうした?」
「う〜ん、適当に大学に行こうかなって思ってる」
「そっか……。
小鳥遊って、何気に頭いいから、大学は余裕で行けるよね」
「おい、何気にって一言多いぞ?
そんなこと言うなら、勉強教えてやんね〜よ?」
「すみませんでした!!!
これからも僕に勉強を教えて下さい!」
土下座で謝罪する勢いで謝った。
「ふ〜ん。仕方がないな!
俺が寛大でよかったな!今回だけは許してやるよ!」
小鳥遊はかなりいい気になっていた。
「小鳥遊様、ありがとうございます!」
というようにいつもの会話をした。
正直、僕と同じで小鳥遊は決まっていないかと思っていた為、驚いた。
僕だけ決まってないのか……。と凄く焦った。
翌日も進路が決まっていない為、居残りだ。
家では気が緩んでしまい、思考がストップしてしまう。だから、学校で考えるしかない。
今の僕には、夢などない。
今、この楽しい日々が続けばいいなとしか考えられなかった。
未来のことなんて、想像もできなかった。
ぼんやりと、大学に行こうかなと考えたが、頭も良くないし、そんなに勉強したいことも無い。
かといって、まだ働きたくもない。
この子供でもない、大人でもないこの時を何もせず楽しみたい。
だが、それは学校や家族、社会が許さない。
それでは、ただのニートと同じであるから。
正直ニートになりたいが、それでは自分もダメだなと思う。
「進路どうしようかな……」
ぼそっと呟き、机に突っ伏して、白紙の進路用紙を眺めた。
ーーすると、僕の手元にあった紙が一瞬で消えて、パシッと音がし、そこを見ると、小鳥遊がいた。
僕はビクッとしつつ、いきなり進路用紙を取った小鳥遊の顔を見た。
「おい、まだ決まってなかったのか?」
「悪いかよ」
「悪くないけどさ、早く決めないと、担任がうるさいぞ?」
「そんなのわかってるよ!!
小鳥遊は僕と違って、頭がいいから、大学に行けるからいいけどさ、僕には何も無い」
当たり散らすように、彼に言葉をぶつけてしまった。
「は?頭がいいからだけで、大学に入れるわけないだろ?
俺のこと、何も知らないくせに……」
「は?知ってるし!
じゃあ、君だって僕のこと、全く知らないじゃん!」
言い合いになってしまった。
「もうお前のことなんて、知らねぇ!
ーーじゃあな!」
悲しそうな顔をしたまま、彼は去ってしまった。
放課後、一人になるのは、入学当初以来だった。
先程まで夕日がスポットライトのように教室を照らしていたが、雲で隠れてしまったのか、僕の心のように暗くなっていた。
寂しいなと思いつつ、進路のことを考えなければならない。
だが、小鳥遊の事で頭がいっぱいになり、結局どちらも解決しなかった。
ーー翌日の朝、いつもなら僕の所に挨拶をして来てくれる。
「佐藤、おはよう!」
今日は当たり前だが、来てくれなかった。
内心、すごく寂しかった。
それと同時に、昨日のことまだ根に持ってるな。でも、僕の方も折れる気はないぞ!と思っていた。
放課後も小鳥遊は僕の所に来なかった。
また昨日のように、居残りで進路決めだ。
何で皆、そんなすぐに決められるんだ?という疑問しかなかった。
僕が普通ではないかもしれないと思ったが、今はその考えはいらない。
でも、進路よりも小鳥遊の事で頭がいっぱいだった。早く謝らなければ……。という気持ちで溢れていた。
だけど、小鳥遊から謝りに来て欲しい気持ちもある、など色々考えていた。
「佐藤、まだ進路決まらないのか?」
僕のクラスの担任の加藤先生が教室の戸締り確認のためか、教室にやって来た。
「はい」
「そんなに難しく考えすぎるなよ?
まだ若いんだからさ。時にはぶつかっていくことも大切なんだよ。
まあ、もう少しよく考えてみなさい。
あと、電気消して帰れよ?」
「はい」
先生は風のように去っていった。
よくよくアドバイスを思い返してみると、先生は進路の事ではなくて、僕と小鳥遊との関係についてのアドバイスをくれていたのではないかという考察に辿り着いた。
加藤先生は2年生の時にも担任で、僕と小鳥遊が仲が良いことを知っていた。
だが、ぶっきらぼうな先生なので、あまり生徒の事を見ている印象はなかった。
だから驚きつつも、意外と良い先生だなと感心した。
先生のアドバイスを元に、明日こそは謝ろう!と決意し、帰宅した。
先程は、素直に謝ろうと決意したものの、明日どう切り出すかで迷い、一旦気持ちを落ち着かせるため、散歩する事にした。
夜は人通りが少なくて、落ち着くし、この静けさが心地よい。
春だから、まだ肌寒いが、耐えられる。少し歩いたところに公園があるので、そこにあったベンチに腰掛けた。
空を見上げると、星が輝いていた。
「綺麗だな」
ぼそっと呟いた。
一瞬だが、嫌な考えは消えた。
その後もぼうっと、夜空を眺めた。
夜空を見ていたら、考えがはっきりと見えてきた気がする。
僕は考えすぎていたのかもしれない。
先生のアドバイス通り、面と向かって、謝りに行く。
せっかくなら、もっと小鳥遊の事を知りたいし、僕の事ももっと知って欲しい。
もっと腹を割って話そうと思った。
柄ではないが、成功するように星に願った。
そして、家に戻った。
ーー翌日、僕から彼に挨拶に行こうと決めて、彼のいる教室に向かった。
ドアは開いていたので、僕はこのクラスの人だという感じの雰囲気で入っていき、小鳥遊の席までいった。
「小鳥遊、おはよう!」
今日はというか初めて僕から声をかけた。
「おはよう」
「放課後、少し話したいんだけどさ、時間ある?」
「あるよ。俺も話したかった。
じゃあ、放課後な」
淡白な会話だった。
足早に彼のいる教室から去り、自分の席に向かった。
自分の席に座り、先程は冷静を装っていたが、かなり緊張していた。
深呼吸をして、一度心を落ち着かせた。
少しずつ落ち着いてきたが、後はちゃんと謝れるかが問題だ。
僕は授業中ずっと、シャーペンを持ちながら、どうやって謝るかだけをひたすら考えた。
そして、あっという間に放課後がやってきた。
深呼吸をし、よし!行くぞ!と自分を鼓舞した。
「佐藤、話すか?」
小鳥遊が僕の所に来て、すんなり話しかけてきた。
「うん」
驚きつつも、何とか返事した。
教室に人がいると、恥ずかしさと気まずさで話せないので、誰もいなくなるまで、少し待った。
お互い待っている間、彼は本を読んでいて、僕は時計を見たり、窓越しの夕日を眺めていた。
そして、教室には静寂が訪れた。
両者とも黙り、教室は秒針のチクタクと動く音だけが鳴り響いていた。
流石にこの沈黙がしんどいなと思いつつ、僕から思い切って謝った。
「小鳥遊、ごめん」
「佐藤、悪かった」
2人同時に謝っていた。
ーー思わず笑ってしまった。彼も笑っていた。
「本当にごめん。
君のこと、知っているつもりだったけど、意外と知らなかった。
失礼なこと言ってごめん」
「いや、俺も佐藤が真面目に将来を考えてたのに、上から目線で怒って、ごめんな」
「全然!むしろ聞きたいんだけどさ、何であんなに怒ったのか、理由を知りたいんだ」
彼の目を真剣に見つめて話した。
「わかった。
俺の家さ、大学に行けるほど金ないんだ。
大学って、すげぇ〜金かかるじゃん?
だけど、めっちゃ勉強すれば学費免除されるじゃん?
それで大学に行こうかなって。
あと、これはまだ佐藤に話してなかったんだけど、俺、公務員になりたいんだ。
まだ具体的にはどの職にするかは決めてないんだけど、収入安定してるし、親に心配かけたくないからな!」
優しい声で話してくれた。
そりゃ〜、キレるに決まってる。
僕はなんて酷い事を言ってしまったんだろう、と後悔した。
「本当にごめん。話してくれてありがとう。」
「全然いいよ。
俺が話してなかったのも悪いんだし……。
ーーで、佐藤は進路決まったわけ?」
「それがね……。まだ決まってないんだ」
「そっか。だけど、そろそろやばくないか?」
「そうなんだよ。本当にどうしようかな?」
僕は焦りながら話した。
「何かやりたいこととか興味あること無いの?」
「う〜ん。少し興味があるのが、教師かな」
「教師ね。
佐藤、あんまり頭良くないのに大丈夫か?」
「それは自分が一番わかってるよ!」
「ごめん、ごめん。
でも、いいんじゃないか?教師!」
言ったその後、彼は急に真剣に何かを考えていた。
1分くらい無言が続き、彼は何か思いついたようだ。
「それなら、俺と同じ大学受けないか?」
「え!?
でも、僕の実力だと、相当勉強しないといけないんじゃない?」
「俺が教えてやるよ!
短期間だけど、仕込んでやる!」
「う〜ん……」
小鳥遊は自分の勉強もしなきゃいけないのに、僕の勉強まで見るなんて、かなりの負担をかけてしまうのが申し訳ないと思い、僕は断ろうとした。
「悩んでるのが、勿体ない!
少しでもいいなって思ったんなら、挑戦してみる価値はあると思うぜ?」
彼は僕に自信をくれる言葉をかけてくれた。
「確かに!そう言われると、そうかもしれない。」
「頑張ればいけるって思えばいけるさ!」
「そうかな?」
「ああ!」
「わかった!頑張ってみる!!」
「その意気だ!」
たくさん励ましの言葉を投げかけられて、ついに進路が決まった。
進路用紙に小鳥遊と同じ大学名を記入し、加藤先生がいる職員室へ提出に行った。
「やっと決まったか。いいんじゃないか。
でも、佐藤の偏差値的にはもう少し頑張らなきゃいけないぞ?それでもいいのか?」
先生は少し心配そうに僕を見てきた。
「はい、覚悟してます!」
僕は本気だ!という感じで話した。
「わかった!俺は応援する」
「ありがとうございます!」
「勉強は小鳥遊に教えて貰え。
アイツめっちゃくちゃ頭いいから」
「もちろん!そのつもりです!」
「そうか。仲直り出来て良かったな。」
「はい!先生のおかげです!」
「俺のおかげじゃなくて、自分で選択してことだろ?
それが正しかったってだけの話だ。
まあ、勉強頑張れ。」
「はい!ありがとうございます!」
先生に感謝をして、職員室を出た。
「おつかれ!どうだった?」
「いいって!」
「よかったな!」
「うん!」
「じゃあ、一緒に帰ろうぜ?」
「うん!」
一緒に帰れることがとても嬉しかった。
「明日から放課後は居残り勉強な?」
「わかってる」
「なーに、不安そうな顔してるんだ?
俺がわざわざ付き合ってやるんだから、合格させるに決まってるだろ?
だから、明日から一緒に頑張ろうぜ?」
「ありがとう、小鳥遊先生!」
「いいってことよ!」
といつも通り、他愛もない話をして帰宅した。
「佐藤、おはよ〜」
「おはよう」
いつもより彼の目が開いておらず、凄く眠そうだった。
「とりあえず、お前の実力が知りたいから、放課後テストする!」
「え?いきなりすぎない?」
「本当の実力を知りたいだけだから、勉強はしなくてもいいから、安心しな!」
「わかった!」
「じゃあ、放課後な!」
彼はいつもよりゆったりと歩きながら、教室を出ていった。
昨日の夜、もしかして僕のためにわざわざテストを作ってくれたのでは?という疑問が生まれつつ、ありがとうと言いたくなった。
今日から放課後は地獄の日々が始まると察した。
だが、小鳥遊と未来の為に頑張らないと!と、決意を固めた。
ー放課後、テストが配られる前に、気になった事があった。
「いつ、どうやってテスト作ったの?」
「企業秘密!」
やはり昨日の夜、徹夜して作ってくれたのかと思った。
照れ隠しなのか、本心は話してくれなかったが。
「教えてくれたっていいじゃん!」
「ほら、そこの佐藤くん!
テスト始めるから、席に着いて!」
「わかりましたよ、小鳥遊先生」
小鳥遊は僕の机に解答用紙を裏側に置いた。
僕はシャーペンと消しゴム、数学のテストから始めるため、定規とコンパスを用意した。
「それではテストを始める。
制限時間は50分、始め!」
テストが始まった。僕の一番苦手な数学だ。最初の方の数式はなんとか解けたが、後半は頑張って脳みそをフル回転させたが、全くわからなかった。
時計を見ると、あと10分あった。
?マークが僕の頭を覆い尽くす中、小鳥遊は何をしているのか気になり、時計を見るふりをすると、問題集を開いて、勉強をしていた。
そんな彼を見て、僕も本気で頑張らなきゃ!と感じた。
「はい、50分なりました!
ペンを置いて、回収します」
当たり前だが、すぐに回収は終わり、採点を始めた。
何点だろう?と不安とワクワクで待機していた。
採点が終わり返されると、解答用紙には"38点" と書かれていた。僕的にはまあまあな点数だった。
「佐藤……俺が考えていた以上に頭悪かったんだな」
「いきなり、ひどいな!
悪口言って、勝手に失望されると、すごく傷つくよ」
「すまん、すまん。
ここまで基本が出来てないとは思ってなかっただけだ。
まだ勉強すれば何とかなる。
いや!1月までに何とかするんだ!」
「が、頑張る!」
「おう!お互い頑張ろ!」
その後も、国語と英語のテストもやったが、50点台と60点台という、僕にとって、まあまあ取れたが、彼は頭を悩ませていた。
怒涛の初日を終え、翌日から毎日放課後は2時間居残り勉強をしたり、夏休みはお互いの家で勉強会をしたり、担任の加藤先生や色々な先生に教わったりしていたら、あっという間に、一月になっていた。
「あと、一週間だな。」
「あぁ、そうだな。
ここまで長かったような、短かったような。」
「本当に大変だった…。」
「今日は冬休み最後の日だな!
たまには息抜きも必要だろ?
せっかくなら、今日は遊ぼうぜ!」
「やった〜!!」
「ここまで頑張ってきたご褒美だ!」
「それはお互い様でしょ!」
「そうだな!今日だけは楽しもうぜ!」
映画を見たり、ゲーセンで遊んだり、ファミレスで数時間喋ったりと、楽しい時間を過ごした。
一瞬で楽しい時間が終わり、僕はまた勉強の日々に戻らなきゃいけないと少し苦しくなった。
「明日からまた学校か……」
「そうだな……。
でも、まだ勉強しなきゃいけないんだから、始まっても変わらないだろ?」
「確かに、そうだね!頑張ろう!」
「おう!」
「じゃあ、また明日学校で!」
「また明日!」
帰宅した。
帰宅後、勉強してから寝た。
ー翌日、いつもならこの時間におはようって来るのに、来ない。
(どうしたんだろう?)
僕は気になり、隣のクラスの人に小鳥遊の事を聞くと、今日は欠席のようだ。
昨日のはしゃぎすぎて風邪をひいたのか?と心配になり、放課後、加藤先生に訊いてみることにした。
「今日はここまでだ」
「え〜!?
めっちゃたかなしくん気になるんだけど〜!!」
「時計を見てみなさい」
僕は時計を指差した。
「あ、もう18時10分」
「さすがに、これ以上話すのは、難しい。
また明日も話すから今日はお開きにしようか?」
「えー、気になりすぎて、今日寝るれなかったら先生のせいだからね?」
「わかった、わかった。それは先生が悪いから、今日のところは勘弁してくれ」
彼女はその後も拗ねていたが、あーだこーだ言ってなんとか妥協してくれた。
「も〜しょうがないな!
私だから、許すけど、明日は絶対に話聞かせてよね?」
「もちろんだ!」
「じゃあ、また明日ね!先生!」
「ああ!まあ明日!」
まあなんとか帰ってくれた。
話はもう少しで終わるところだったのだが、この後の展開は今でも思い出すと、精神的に耐えられないかもしれないと思い、一旦小休止にしたかった。
田中には本当に申し訳ないが、時間を言い訳に帰ってもらった。
まだ残っている課題のチェックは職員室に戻ってやろうと片付け、教室の電気を消した。
ー翌日の放課後、今日は職員室で課題のチェックをしていた。
「失礼します!
佐藤先生に用があり、来ました!」
元気な声で田中が入ってきた。
そして、早足で僕に近寄ってきた。
「佐藤先生、授業でわからないところがあったので、教室で教えてください!」
「わかった。もう少しで課題の確認が終わるから、先に教室で待っていて」
「はい!わかりました!」
彼女は用件を済ますと、すぐに職員室を去っていった。
僕も急いで課題のチェックを終わらせた。
そして教室にすぐに向かった。
教室のドアを開け、その音に反応した彼女は僕を見た。
「先生遅いよ〜」
「すまない、出来る限り急いでやったのだけど、15分も待たせてしまったね」
「まあ、スマホを見てたから、全然待ってた気してないから、大丈夫だよ!」
「よかった、ありがとう」
僕は素直に感謝した。
「なんか、急に素直になられると、調子が狂うんだけど(笑)」
「そうか?」
「まあいいけど!
とりあえず、昨日の続き!話してよ!!」
「わかった。
えーっと、確か……」
「先生忘れちゃったの?
ーーあれだよ、加藤先生にたかなしくんが欠席し
た理由を聞きに行こうとしてたところで、終わったの!」
「あ〜!そうだったね!」
「そうだったね!じゃないの!!
早く知りたくてしょうがなかったんだから、聞かせて!」
彼女は目を輝かせながら、僕のことを見つめてきた。
「わかった、わかった。
じゃあ、続きを話そう」
放課後、僕は加藤先生に聞きに行こうと思ったが、HR後に加藤先生に3-6(使っていない空き教室)に来て欲しいと言われた。
なんだろう?と思いつつ、丁度よかったと思った。
HR後、僕は3-6に向かった。
そしてドアを開けると、加藤先生が椅子に座って待っていた。
「忙しい時にすまないな」
僕に椅子に座るよう、手で合図した。
「いいえ!全然大丈夫ですよ!
それで、どうしたんですか?」
先生は神妙な面持ちで、僕のことを見た。
「実はな、……」
「ーー嘘だ」
「残念だが、本当だ。
話すか迷ったが、隠していてもいずれわかることだと思ったから、佐藤にだけは早く伝えておいた」
「何で、今なんだよ……」
「そうだな……」
先生は半分に折りたたんである小さな紙を僕に渡してきた。
「これに小鳥遊のいる病院の住所が書いてある」
僕は紙を開いて住所を確認した。
「先生、ありがとうございます。
行ってきます」
僕は急いで学校を出た。
(くそっ!!!
なんで、このタイミングなんだよ……。)
外は冷気で満ちていたが、そんなのお構い無しに全力疾走した。
涙が勝手に流れ、誰にこの怒りをぶつけたらいいかわからない感情を抱きながら、急いで帰宅した。
遠くから「おかえり!」と母親の声がしたが、僕はそれに応える時間も気力もなく、カバンを玄関に置いて、すぐに自転車で病院まで爆走で向かった。
自転車置き場に自転車を置き、病院のロビーに向かった。
一刻も早く彼に会いたかったので、呼吸もままならない内に受付の人に話しかけた。
「はぁーはぁー、あの、小鳥遊瞬くんは、何号室ですか?」
「少々お待ち下さい」
受付の人がパソコンで調べていた。
「209号室です」
「ありがとうございます!」
早足で、209号室へ向かった。
209号室の扉の前に着いた。
一度深呼吸をして、ドアをスライドさせた。
目の前には、ベッドで横たわり寝ている小鳥遊がいた。
「なあ……、嘘だと言ってくれよ……。
……お願いだ」
泣きそうな声で話しかけても、応えてくれない。
僕は入口で泣き崩れた。
どんなに泣いても、小鳥遊は表情を変えず、そのままベッドで寝ていた。
ピッピッピッという脈の電子音が響き渡る病室に、僕は1時間程ぼんやり小鳥遊を見つめていた。
小鳥遊がいつ目覚めてもいいように、僕はずっと見ていた。
ーーすると、ドアが開いた。
目が腫れた顔で振り向くと、小鳥遊の母親らしき人が来たようだ。
「君が佐藤くん?よく息子から話は聞いてるわ」
「はい」
「瞬の状態について聞いた?」
「担任から少し説明をして貰いましたが、詳しくは聞いていません」
小鳥遊の母親が、酷く悲しい顔で語り出した。
彼は僕と別れた後、ひき逃げをされたそうだ。
車側は信号機が赤だったにも関わらず、猛スピードで入ってきて、小鳥遊は轢かれてしまったそうだ。
その車は逃げていたが、1時間後に捕まったらしい。
小鳥遊を轢いたのは、30代男性で、小鳥遊を轢く前に、スピード違反をして、パトカーに追われていたらしい。
丁度タイミング悪く、その車と鉢合わせしてしまった。
その男は罪を認めているが、平然としていたらしい。
僕は話を聞いた時、すごく男に人生で最大に腹が立った。
人を轢いたのに、何故平然としていられるのだろうか。また、まだ未来ある若者の命を奪ったのに、懲役7年で出てきてしまうらしい。
こういう人は永遠に刑務所から出てきて欲しくないが。
一方、小鳥遊の容態は、運良く一命は取り戻したが、意識不明の重体だった。
「そうだったんですね」
今の僕にはそれ以外の言葉は見つからなかった……。
「そろそろ、佐藤くんは帰った方がいいんじゃない?」
「まだ小鳥遊のそばにいたいです」
「気持ちはよく分かるわ」
「ダメですか?」
「……ダメよ。
貴方は受験生なんだから」
「確かに……そうですが!!」
「貴方が早く帰らないと、ご両親が心配するでしょう?」
「……」
「お願いだから、今日はもう家に帰ってくれないかしら」
僕に悲痛な叫びで伝えた。
「わかりました、帰ります」
「ありがとう」
暗くなった帰り道、自転車を泣きながら漕ぎ、家に帰った。
母に心配されたが、それに対応する力も残っていなかった。
「ごめん、今は一人にさせて欲しい」
母に怒るつもりはなかったが、強い言い方をしてしまった。
だが、直ちに部屋に戻り、泣き続けた。
身体中の水分が無くなった気がした。
だが、僕はまだ泣ける。
僕の心の涙は永遠に枯れそうになかった。
明日は学校に行けそうにない。
このまま行っても、授業に集中出来ないし、目が赤く腫れすぎて、こんな顔では外にも出たくない。
受験日が近い事も分かっているが、あまりにもショックが大きすぎる。
彼のいない明日なんて、想像が出来ない。
だって、昨日までは当たり前に存在していたのだから。
君は生きているけど、生きていない。
僕は今まで通り頑張れるのだろうか……。
ーーいや、頑張るしかないのだ。
小鳥遊は、試験を受けたくても受けられないが、僕は受けることが出来る。
君と一緒に大学には行けなくなったが、僕だけでも行けば、君は喜んでくれるだろうか?
それとも、憎むだろうか。
いや、君は僕の事を応援してくれると思う。
だって、親友だから。それ以外に理由はない。ただそう信じるしかない。
そう思い込んで今日は寝た。
長い一日だった……。
ーー今日は学校を休んで、自宅で勉強する事にした。彼に教えて貰った所を思い返すと、勝手に涙が流れていた。
ノートの文字は涙で滲んでいたが、それでもペンを握り、勉強した。
そして、もしかしたら、彼が起きるかもしれないという奇跡を信じて、僕は受験勉強に全力で取り組んだ。
ーー受験日当日、まだ小鳥遊は目覚めなかった。
僕が彼の分まで、全力で戦いにいく。
受験会場に着くまでは、見直しや確認をずっと繰り返し、中に入って、席に着席した後もずっと、ノートを見返していた。
そして、試験が始まった。
あっという間に試験は終え、一旦安心した。
だが、2月にも試験はあるので、油断は出来ない。
試験が終わり、僕は彼のところに会いに行った。
「小鳥遊、今日は一回目の試験受け終わったよ!」
彼の手を握りながら、話した。
「凄く不安だったけど、君のことを考えたら、頑張れたよ。
ありがとう。」
彼の顔を眺めるが、ぴくりとも顔は動かない。
「まだ試験は終わらないけど、頑張るからね。」
今の気持ちを伝えて、病室から去った。
そして、大変だった受験も一段落し、合格発表を残しつつ、卒業式を迎えた。
僕は卒業式を終えて、真っ先に小鳥遊の所に行った。
彼は卒業式の日まで、目を覚まさなかった。
「小鳥遊、卒業おめでとう!
もう僕達、高校生じゃなくなったね。
信じられないよ。
あの日々は本当に宝物だったな。
毎日楽しくて、よかったな。
喧嘩もしたけど、一緒に勉強した日々は凄く苦しかったけど、振り返ってみるとなんだかんだ楽しかったな。
君がいなければ、そんなことも分からなかっただろうな。
ありがとう。
本当は君も一緒に卒業したかったよね。
そう思って、僕が君の分の卒業証書持ってきたから、ここで卒業証書授与をしたいと思います。
卒業証書授与
小鳥遊殿 あなたはいつも明るく、僕が無理だと思っても、君はできると常に信じ続けてくれて、その力のおかげで僕はここまで来ることができました。
君と過ごした3年という長いようで短かった時間を、僕は一生忘れはしないだろう。
君も忘れないでくれると嬉しい。
色々ありすぎてなんて伝えたらいいか、わからないけど、この一言で締めます。」
大きく深呼吸してから、心を込めて彼に言った。
「ありがとう」
卒業証書を彼の左手に挟んだ。
そして折れないように丁寧に回収し、筒の中にしまった。
その後も彼の側で、思い出話に花を咲かせた。
病室から出る前に
「これからもお互いに頑張ろう。
また来るね。」
病室を後にした。
ーー約一週間後、運命の合否発表の日となった。
不安な気持ちと勉強してきたから大丈夫だ!という矛盾な気持ちで満ちていた。
僕は小鳥遊が入院している病院の近くの公園で確かめる事にした。
なぜなら、彼に一番最初に教えてあげたいからである。
スマホの時計を見て、合否発表の時間になった。
サイトを開き、受験番号とパスワードを入力した。
今までで一番頑張ったから大丈夫!と自分を鼓舞して、ゆっくり下にスクロールした。
自分の番号付近の所までスクロールし、深呼吸をしてから、手が震えつつ、ゆっくりと指を動かした。
ーーすると、合格者の中に僕の受験番号があった。
僕は無事に合格したのだ。
嘘ではないかと何度も何度確認して、合格だった。
(やったぞ……小鳥遊のおかげで合格出来たよ。)
嬉し涙を流しながら、心の中で言った。
急いで、小鳥遊の元へ向かった。
ドアをスライドして、いつも通り小鳥遊を寝ていた。
「小鳥遊、合格したよ!!!
君のおかげで、僕は大学に入れるよ。
ありがとう。」
と涙を流したまま伝えた。
「君がいなかったら、僕は合格なんて出来なかったよ。
本当ありがとう。」
小鳥遊の手を握って、何度も感謝を伝えた。
彼の顔を見ると、いつもより安らかな感じがした。
一緒に喜んでくれたのかもしれないと思った。
その後、両親や先生、小鳥遊のお母さんにも合格報告した。
まず、両親は「おめでとう」、純粋に喜んでくれた。僕も凄く嬉しかった。
小鳥遊のお母さんには電話で伝えた。
「もしもし、佐藤です。
今お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫よ!
それで、どうしたの?」
「大学に合格する事が出来ました!」
「おめでとう」
嬉しそうにお祝いしてくれた。
「ありがとうございます!」
「本当におめでとう。」
「これも瞬くんのおかげです!」
「それもあると思うけど、佐藤くんも一生懸命頑張ったからよ」
「はい」
「わざわざ報告ありがとうね。
ゆっくり休んでね。」
「はい、ありがとうございます!
それでは失礼します。」
緊張しながら、小鳥遊のお母さんに連絡したのだった。
最後に先生には電話でも伝えたが、後日、直接伝えに行った。
コンコンコン
「失礼します」
一直線に先生の所に向かった。
「先生、無事に合格しました。」
「おめでとう」
「ありがとうございます!先生のおかげです!」
「俺だけじゃない。お前の親御さんや小鳥遊のおかげだろ。ちゃんと感謝しないとな。」
「はい!」
「よかったな。これでお前と会うのは最後だな。」
「はい、寂しいですが、本当にありがとうございました!」
「いやいや、こちらこそわざわざ休みの日に報告ありがとな。
ゆっくり休めよ?」
「もちろんです!」
「じゃあ、元気でな」
「はい!ありがとうございました!」
職員室を後にした。
合格報告を終えた僕は、忙しくしつつも、毎日小鳥遊に会いに行った。
彼がいつ目覚めてもいいように。
大学の入学式の前日にも会いに行った。
「明日から大学生になるよ。
信じられないよね(笑)
凄く緊張してるけど、君のように素敵な人と出会えたらいいなって思ってる。
あと、教師になる為にたくさん勉強するよ!
明日から忙しくなるから、またいつ会いに来れるか分からないけど、絶対にまた来るから!
約束!
だから、君も僕の事を忘れないでね。
僕は君が生きてくれてさえいれば幸せだから。
じゃあ、またね。」
ーー季節は移り変わり、5年の月日が経った頃。
僕は教員免許を取得し、教育実習を終わり、無事に教師になる事が出来た。
彼のおかげで、辛い事や苦しい事を乗り越える事が出来た。
もちろん、彼に報告に行った。
まだ目覚めていなかったが……。
今日も明日もここにいてくれば、それだけでいいと今は思っている。
皆は彼が目覚める事は難しいと思っているが、僕だけでも、いつかは目覚めると信じてあげないと本当に死んでしまうのではないかと思った。
何年かかってもいい。
「お前なら出来る!」
励ましてくれた君に、今度は僕が励ます番だ。
君が目覚める日まで僕は待ち続ける。
またいつものように
「佐藤、おはよう!」
元気よく僕に挨拶してくれたように、次は僕が
「小鳥遊、おはよう!」
元気よく声をかけたい。
また、一緒にくだらない話をして笑い合いたい。
そんな日が来ると信じて。
「君が目覚める日まで、待ち続ける。
ーー約束するよ。」
彼の手を握って、誓った。
花瓶にライラックを入れて
「じゃあ、また来るね」
僕は病院を去った。
「これが僕と彼の話だよ。」
僕は話し終えて安堵した。
「せんせぇー!」
彼女は泣きながら僕に抱きついてきた。
僕は驚きつつ、彼女を介抱するように頭を撫でた。
「どうした?」
「たい゛へん゛だっだねぇ」
僕のことで涙する彼女を素敵な人だと思った。
まだ未成年な彼女に抱いてはいけない感情だとわかりつつ、僕は彼女の温かさと、泣いている彼女に影響され、僕も涙を流した。
15分ほど彼女は泣き続け、僕は彼女が落ち着くまでそばにいた。
「先生、こんなに素敵な話を話してくれて、本当にありがとう」
彼女は真剣に僕に感謝を述べた。
「こちらこそ、こんな重苦しい話を聞いてくれてありがとう。
僕は君をこんなに泣かせるつもりはなかったんだ。
……ごめん。
話せる相手もいなくて、今回初めて人に話したんだ。
初めてを君に話せてよかったと思う。」
「そんな嬉しいこと言われたら、また泣いちゃいそうだよ」
彼女の目は少し腫れていたが、笑顔だった。
「とりあえず、もう今日も遅いから、帰ろうか?」
僕は職員室に戻ろうとしたら
「先生!」
と彼女に呼び止められた。
「どうした?」
「明日、私を小鳥遊くんに会わせてください!」
「どうして?」
「話を聞いて、実際にお会いしてみたいなって」
「わかった。明日は急すぎるから、明後日でもいいかい?」
「はい!
さようなら!」
「さようなら!」
僕は教室を出て、職員室に戻った。
ーー2日後の放課後、僕は彼女を迎えに、教室に向かった。
教室のドアは開いており、中に入ると、彼女一人だけで、またスマホをいじっていた。
夕日がスポットライトのように彼女に当たっており、すごく美しい見えた。
そんな彼女に見惚れていた。
「先生!教室に来たのなら、話しかけてよ〜!」
「あ……ごめん。
それじゃあ、行こうか?」
「うん!」
窓と教室の戸締りしてから、僕と彼女は病院に向かった。
小鳥遊のいる病院までここから少し離れているので、僕の車に彼女を乗せて、向かった。
「先生の助手席にいるの、めっちゃ新鮮!」
「僕も初めて、生徒を乗せたよ」
「初めてなんだ!嬉しい!」
その後、色々な会話していたら、あっという間に病院に着いた。
車のトランクから、ライラックの花を取り出し、彼女と病院に入っていった。
「先生、それ何の花?」
「ライラックだよ」
「ライラック?聞いたことない!」
彼女は初めて知ったという顔をしていた。
「ライラックの花言葉は、思い出や友情っていう意味があるんだよ」
「あ〜なるほど!
彼に贈るにはぴったりのお花だね!」
嬉しい言葉をかけてくれる彼女の優しさが、僕の心を温かくしてくれた。
会話しながら、209号室に着いた。
今までで一番リラックスして、ここまで来れたかもしれない。
これも彼女のおかげだなと思いつつ、ドアを開けた。
彼の方を見たが、いつも通りベッドで寝ていた。
僕が彼の近くに置いてある、花瓶にライラックの花を添えた。
彼女は小鳥遊の近くの椅子に座り、彼に挨拶をしていた。
「初めまして!
田中 美愛と言います!
先生からお話を聞いて、とても素敵な人だなと思いました!」
僕も彼女に続いて、小鳥遊に挨拶した。
「小鳥遊、久しぶり!
今回は僕の生徒を連れてきたよ!
僕と君の話を聞いてくれて、すごく良い生徒だよ」
彼に彼女を紹介した。
彼女は何故か驚いた顔をしていた。
「先生もそんなに優しい顔、出来るんだね!」
「な……、失礼な!」
「ふふっ、でも……親友が目の前にいるんだから、当たり前か!」
彼女の顔はほころんでいた。
僕は少し照れくさいなと思いながら、この空間を噛み締めるのだった。
読んで頂き、ありがとうございます!
もしよろしければ、感想や評価をお願いします!