第96話_駒
昼間は宿に籠り、夜には遊び歩く生活を続けて十日ほど経った日のこと。みんなで昼食を終えた後、誰かが出掛けて行ってしまう前にと私は口を開く。
「今夜、ちょっと王城に行ってくるね」
前置きの無い宣言に、みんなが一斉に動きを止めて私を振り返り、じっと此方を見つめている。え、なにこれ怖い。
「どうしてそういつも急なの?」
ああ、そういうことね。いやいや。今回は君達を振り回す意図は無いし、今夜はそんなに心配するような用事でもない。
「今日は予約を取ってくるだけ。王様に会うのは明日」
つまり今回は一日以上前にちゃんと予定を伝えたわけで。成長したなぁ。私としてはそう思っているものの、誰も褒めてはくれなかった。
「明日も、夜?」
「うん。でも連れていけないよ」
時間を聞いたのは、誰が監視に行くかを選ぶつもりなんだと思ったから先に言ってみる。ナディアは私を睨むみたいにムッと眉を寄せた。その顔は可愛いんだけどね。
「ごめん。城には連れていけない」
はっきりと言い直したら、ナディアの視線が落ちた。いくらみんなの頼みでも、城はダメだ。私は城の人達にこの子らを紹介するつもりは無い。もしかしたら三姉妹についてはもうある程度の調べは付いているのかもしれないけど、それでも直接対峙させようとは思っていなかった。これから先もずっとだ。
誰も反論する気配が無い。城に居る多くは貴族で、私が会おうとしているのは王様だ。彼女らの身分を思えば、いくら私の連れと言っても気安く付いて行くとは言えないに違いない。みんなが受け止めるのを待って沈黙していると、次に口を開いたのはラターシャだった。
「また、討伐のお仕事をするの?」
「いや、今回は特にこっちからのお願いは何も無いし。まあ情報共有と……今後の話でもしようと思ってね」
「今後?」
「向こうの出方次第だから、今回もまた決まってから伝えるよ」
そう言うと、みんながそれぞれ何か言いたげな顔をする。今はまだ昼だし、王様に会うのは明日の夜だって言っているのに、既にこの状態だと流石の私も心配になるなぁ。もう少しだけ話しておくか。沈黙の重さに観念したのは、私の方だった。
「今後、報酬次第では、討伐の仕事を請け負ってもいいよって提案をするつもり」
私が話そうとする雰囲気を感じ取って、みんなが見つめてくる。まだ誰も口を開かない――というか、言葉に迷っているようだったから、そのまま彼女らからの言葉を待たずに続けた。
「救世主としてじゃなく、単に案件ごとに雇われてあげるってことだね。勿論、内容を聞いた上で都度相談」
「それはあなたにメリットのあること?」
ナディアの指摘に思わず笑みを浮かべてしまった。いつものニコニコ笑顔じゃなくて、多分、相当悪い顔をしてしまっているに違いない。
「そうなるように働きかける手段の一つだね」
王様達から見て私は『気分にムラがあって、機嫌を取らないといけない』相手で、『機嫌よくさせている限り、国にとって有益に働く』と思ってもらう。同時に、『機嫌を損ねたら、国が滅ぶ』くらい怯えてもらっても良い。まあ、最後のは大体もう理解してもらっているはずだけどね、初対面で城を壊そうとしたからね。つらつらと私がそれを語る間も、みんなの表情は和らぐことが無い。そういえば、私には安心させる才能が無いんだった。
「アキラちゃんは、この国をどうしたいの?」
ラターシャの質問は的を射ていて鋭い。そして『彼女らしい』懸念だとも思う。この国の人間がどうなろうと、エルフの里で生きてきてこの国には特に関わってこなかったラターシャが憂えることではないのだろうに、優しい子だからそれを案じている。
「私にとって都合のいい、最大の駒にしたい」
正直に答えを返すことがラターシャにとって安心になるか不安になるかは分からないけれど、既に懐へと入れた彼女らに対して、私を偽ることに意味は無い。
「駒が壮大すぎるね〜」
茶々を入れるようなリコットの声に反応して、思わずと言った様子でルーイが笑うと、少しだけ部屋の空気が穏やかになった。ありがたい。いつもありがとうね、リコット。私の為って言うよりは、他の子らの為だと思うけどね。
「何にせよ今日は何も無いよ。すぐ戻るからさ」
最初の話に戻してみる。みんな心配しすぎて今日は予約に行くだけだって忘れている気がしたのだ。だけどむつりと不満そうな可愛い顔をしたラターシャは、首を横に振った。
「起きて待ってる」
「心配しすぎだよ。ちゃんと寝てて?」
「気になって眠れないわ」
そう言うナディアに続いて、リコットとルーイも、さもありなんって顔で頷いた。うーーーん。言わなきゃ良かったか?
以前みたいに寝静まってから抜け出しても良かったかもしれないなぁ。とは言え、明日は少し長い外出になるし、依頼が入ったら二日ほど離れることもあるだろう。だから何処かで言う必要は出てくるけど。でも、今日じゃなくても良かったのかも。後悔し始めたところで、私の顔を黙って見ていたリコットが溜息を一つ。
「言わなきゃ良かったって思ってるでしょ」
見破るのは止めて下さい。そう考えながら苦笑いで応えただけで、肯定はしないでおく。バレてるけどね。
「はー、じゃあ、仕方ない。もう一つ秘密を伝えておこう」
「あるんじゃん〜〜〜」
相変わらず明るい調子でリコットが突っ込んでくれた。他のみんなもちょっと呆れた顔で私を見つめていたが、心配の色が少し薄まっている。
「いやー、私の転移魔法さ、見た目がちょっと怖いんだ。だから行く時も戻る時も、あまり見せたくなかったんだけど」
これは本当。だから今日も宿を出て、人気の無い裏路地とかで転移しようと思っていた。
でも此処で覚悟を決めて披露しておけば、今後はこの部屋から飛んで、そして直接戻って来られるから楽になる。王様達を怯えさせるのは全然気にならなかったけど、女の子って思うと、ちょっとなぁ。ずっと躊躇していたんだよね。
「今夜は此処から飛ぶよ。心の準備、宜しくね」
本当に見た目は怖いからね。城の要人達も真っ青になっていたくらいにさ。




