第88話_価格設定
勿論、私に相場など分かるものじゃない。しかしそれを知る必要は無いと思った。
「この間ガロに提供したくらいの大きさなら、大銀貨一枚で良いよ」
言うと同時に、部屋は一瞬、しん、と静寂に包まれる。ここまでは予想通りだったんだけど。
「待て、破格過ぎる!」
「そんなの絶対にダメよ!」
ちょっと想像以上の剣幕で二人から反対された。
驚くだろうとは思っていたが、怒られるとは思わなかったな。勢いに負けて軽く仰け反った私を、隣でリコットが静かに笑っていた。
「正規に魔術師さんに頼めば金貨を何枚も渡さなければならないような代物だ。勿論、そんな額を俺が払えるわけはないんだが……それでも、お前のその優秀な力を買い叩こうとは思っていない。せめて大銀貨五枚にしよう」
金貨を何枚もって。そんなあこぎな商売してるのか貴族魔術師さん。教育し甲斐がありそう……いや、まあいい。私は別にこの国の平和や善政のお手伝いをするつもりは無い。あくまでも、私の今後の平和の為だ。
それはともかくとして、大銀貨五枚と言う提案について私は少し考える。これに頷いて、お互いが納得した状態でのビジネスは悪いことじゃない。だけど。
「いや、大銀貨三枚にしよう」
「おいアキラ」
何故か支払いを受ける側が値切るという不思議な状況が起こっているが、それに対して笑うのは後で良いだろう。
「勿論、五枚でも良いんだよ、私は貰う側だからね。ただ、ガロの件が初めてじゃないんだよ、魔法陣被害」
「……そうなのか? 一体何処で」
「詳細は割愛するけど、今月だけで、ガロと出会う前にもう一件あった。今月だけだよ?」
私の言葉にガロとゾラは目を見張っていた。その反応でもう、これから私が投げ掛ける質問の答えは、ほとんど出ているようなものだ。
「ゾラ、冒険者ギルド内で、同じ事案は無かった?」
「いいえ。今回、ガロちゃんから報告が来たのが初めて。こんなこと一度も無かった」
そうだろうね。だから、彼らはこんな値段を提案できるんだ。
「何処かの誰かが、人に被害を出す為に魔法陣で悪さをしている。犯人はまるで分かってない。これが終わりじゃないだろうし、何かのタイミングで急増する可能性もある」
二人の表情に緊張が走る。
あんな事案が世界各地でごろごろ発生したら、どうなる?
稀なものであれば大銀貨五枚で話が付けば安いものだろうけれど、次から次へと発生するようなら、きっと冒険者ギルドは支払えなくなる。
「私は善人じゃないんだ。払えないなら作らない。例え、大勢が犠牲になってもね」
「アキラちゃん……今のラターシャが聞いてたら絶対に怒るよ」
「……ラタには言わないで」
間違いなく、脇腹をまた抓られるから。
閑話休題。
つまり私だって大安売りしたいと思ってないし、すべきとも思わない。ただ、金額を上げすぎると人々の命に係わるってこと。面倒が折り重なって結局こっちに流れ込んでくる可能性を考えると、布を渡すだけで後は全部、何とかしてほしいんだよ、私としては。
ガロとゾラはしばらく考え込むように俯いて沈黙したが、最終的には私の意見を飲んで、大銀貨三枚という額を受け入れた。
それはそれとして勿論、金額は大きさで変わる。二倍の大きさなら価格も二倍。十倍なら価格も十倍。その点についてはお互い特に押し問答なく同意となった。
最後はゾラが作ってくれた契約書をガロと二人で確認して、署名。これで晴れて私は冒険者ガロをこっそり助ける協力者ってことだ。
「何だかんだ、結局アキラちゃんは世界を救いそう」
ギルド支部を後にして少し歩いたところで、リコットは小さな声で私にそう言った。
「嫌だねぇ」
笑いながら、私はそう返す。嫌だよ。この世界にそんな義理、少しも無いんだから。そんな理由が今後生まれるとしたら、やっぱりこれからの旅の中で、この世界が滅びることを『惜しい』と私が思わなければならない。その為に不可欠なのはやっぱり、『私の女の子』だね。
「まだ世界中に私の女の子が溢れてないでしょ。今は、君らだけ守って残りを滅ぼしても構わない」
「ふふ。怖い怖い」
リコットはちっとも怖がってない顔で笑った。
だけどもしかしたら私からは今、『嘘』のタグが伸びているのかもな。タグは私の状態も出してくれるけれど、真偽のタグだけは出してくれなかった。自分の言葉が本当か嘘かは自分で判断しろってことだろうか。だから見えないけど、今の言葉は、嘘である気がする。今連れ回している四人の女の子達以外なら死んでも良いかって言われると、ローランベルの武器屋のおじいちゃんと奥さん、ガロとお仲間さんはそう思えないし、ゾラも同様だ。
そう言えば城下町のシャムちゃんや、各宿屋でお世話になったご主人や女将さんも。……何だかんだ、結構いるよな。そうして、情を移されながら町を転々としている自分の行動が、リコットの言う『結局』に繋がりそうで、やっぱり、鬱々としてしまう。
溜息ともつかない小さな息を吐いて肩を竦めれば、徐にリコットが私の手を取った。指先が絡んで、彼女が身を寄せてくる。
「ねえ、どっか寄って帰ろうよ」
四人の中で一番、私と身長が近いリコットが、数センチ下から見上げて囁いてくる。愛らしくて、思わず頬が緩んだ。
「リコとデートできるなんて、贅沢だね。何処に行きたい?」
「まずは甘いものが食べたいなー」
「ふふ。そうだね、堅苦しい書類を見つめて、私も肩が凝っちゃった」
確か此処からもう少し西に行ったところに幾つかカフェや洋菓子店があったな。宿への帰路とは違う道を選んで進む間も、リコットは私と手を繋いだまま、寄り添って歩いてくれた。この子、考えてみれば一番私に対してスキンシップが甘いんだよな。可愛いね。好きなだけ甘いものを食べさせてあげよう。
その後、カフェで美味しいケーキを食べて、散歩して、最後にちょっと街の外れにある宿で短い休憩と称して抱いてから宿に帰った。帰るなり、ナディアが溜息を吐く。ちゃんと事後にお風呂は入ったんだけど、『お風呂に入った』匂いが分かっちゃうんだろうな。とりあえず、笑って誤魔化しておいた。




