第86話_協力者
「ところでさっきの話だが、もう一つ方法はある」
追加のお酒と、ついでに頼んだ料理が運ばれてきたところで、ガロが続けた。
「俺個人の『協力者』として冒険者ギルドに登録する方法だ。これは『冒険者』として登録する場合と違い、ギルドや他の冒険者から直接アキラが何かを依頼されることは無い」
「へえ?」
初耳のシステムだ。
詳しく聞いたところ、その「協力者」というシステムには二種類あって、「ギルドの協力者」と「個人の協力者」に大別される。今ガロが勧めてくれているのは後者の方。
前者は、ギルド全体として協力関係を結んでいるもので、例えば船を扱う『海運業ギルド』と冒険者ギルドは協力関係を取っていて、冒険者ギルド所属者は格安で船に乗せてもらえる代わりに、海運業ギルド所属者は格安で冒険者に仕事を依頼できる。他にも鍛冶ギルドなど、あらゆるギルドや民間企業との提携があるとのこと。
一方で「個人の協力者」は、あくまでも一個人の協力者であって、他のギルド所属者がその恩恵に与れることはほとんど無い。またガロ以外の相手にその存在を明かすことも出来ない為、他の冒険者から「魔術師に協力を依頼したい」と連絡があっても、私ではなくガロに連絡が行って、ガロが必ず仲介として間に入ってくれることになる。
「何より協力者は冒険者ではない。つまり、戦える必要が無いんだ。だからアキラは『魔術師』として登録せず、魔術や魔法陣の知識がある『学者』や『情報屋』として登録すれば、それほど目立ちはしないだろう」
「なるほど……確かにそれならまだマシだね。布製魔法陣も、私が作ってるって公言する必要が無いわけだし」
私の言葉にガロが頷く。私は魔術師として身を立てたい気が全く無いし、目立ちたくないし、何より国の機関に見付かりたくない。ガロは私のそんな望みを汲み取った上で、間に入る場合も直接顔を合わせるのはガロだけとし、他の者に私の存在を明かさないことを誓ってくれた。
「登録時にはギルドに来てもらう必要があるが、それについても俺の方で事前に伝えて、別室を用意してもらおう。契約内容などは機密にしてもらう」
「ガロにそこまでして貰っちゃったら、断る理由は無いね。ありがとう、それを受けるよ」
なお、冒険者ギルドは大きな街なら必ず支部があって、小さな町にもどんどん増えている。ちなみにアンネスにもちゃんとギルド支部があった。新しい町に移動した時にはそのような支部に顔を出し、滞在していることを伝えておけば、ガロが私に連絡を取りたいと思った時、滞在先まで連絡が回ってくるようだ。
「冒険者ギルドだけでなく、大きなギルドや企業は、通信の魔道具を持っているからな。問い合わせにそう時間も掛からない」
「へえ。それは興味深いな」
「見たことが無いのか?」
「残念ながら」
肩を竦めてみせるけれど、ガロは意外そうに眉を上げている。そんなにこの世界じゃ当たり前にあるものなのかな? ちらりとナディアを窺うと、彼女は軽く首を振った。見たことが無いって意味だと思う。っていうかそんなものが元の世界のスマートフォンくらい当たり前に存在してたら、組織の奴らを拘束だけして放置していた間に応援を呼ばれていただろうね。
「いや。まあ貴重なものだからな、そうそうお目に掛かるもんじゃないのは事実だ。しかし、貴族なら一度くらいは目にするものだと思っていたが」
「だから私は貴族じゃないってばー」
「……ああ、そうか、そうだったな」
苦笑を浮かべたガロだったけれど、あんまり納得した顔はしていない。さてはこの人まだ私のこと貴族のお嬢だと疑ってるな? まあ別に良いんだけど。きっとガロは貴族のお嬢さんが家出して隠れて魔術師してると思っているんだろう。ならもうそのまま思い込んでていいから、見付かったらその時点で協力してもらえないって危機感で、私を全力で国から隠してください。
そういうことで、私は明日の昼過ぎにガロと待ち合わせて、冒険者ギルドに協力者として登録することにした。
協力内容は、魔法関連の知恵を貸すことと、この間みたいな魔法陣の被害があった場合、相殺用の布製魔法陣を提供すること。その二点だけ。私が魔術師として現場に赴くような協力はほぼ出来ないと思ってくれと伝えたら、ガロはそれでいいと承諾してくれた。
ま、私にとっては満点に近い収穫だったかな。
その後は前回同様、楽しく飲んで楽しく食べて、ガロの冒険談を聞かせてもらって、二時間くらいで飲み会を終えた。
「――あなたって、食べる量だけじゃなくて飲む量も規格外ね。一体何処に入っているのかしら」
「ふふ。収納空間には入れてないよ?」
帰り道、隣を歩くナディアが呆れたような顔で私を見上げる。魔法が使えるようになる前、つまり元の世界でもこれくらい食べて飲んでいたからね、タネも仕掛けも無いんだよね。
ガロは帰り道も送ってくれるって言ったんだけど、少し二人で歩きたいからと言って遠慮した。一瞬困った顔をしたものの、ガロは「出来るだけ大通りを通って行くようにな」って忠告だけで引き下がってくれて、何処までも私にとって付き合いやすい良いおじさんだ。
「この辺でいいや、ちょっとナディ、こっち」
「何よ」
ガロと別れて少ししたところで私は唐突にナディアを裏路地に引き込む。呆れた声で応えたナディアはそれでも私を放置せず、後ろを付いてきてくれた。
「あまり大通りを離れると、危ないわよ」
「うん、分かってる、少しだけ」
注意しながらも、あまり怖がっている気配が無いのは、きっとナディアの優れた五感でも周囲に人の気配が無いことは分かっているからだろう。私も魔力探知で気配はちゃんと探っている。
「此処で良いや、ねえ、ナディ。キスして良い?」
「……ハァ」
気の抜けた返事、じゃなくて、今のは明らかな溜息だったね。
両腕を彼女の身体に回すと、ナディアの柔らかくて長い髪が腕に絡み付く。彼女は抵抗らしい抵抗をせず、私の腕に収まった。顔は、どう前向きに捉えても快諾ではなかったけれど。
「何故?」
「特に意味は無いよ。したいだけ」
飲んでる時に隣に座ってくれているの、妙に可愛かったんだよね。あと、私のことを心配して付いてきたってのも。しばらくふわふわと尻尾を左右に揺らしたナディアは、呆れた顔のままで「まあいいわ」と言い、力を抜いた。了承と受け取って、無遠慮に口付ける。私が顔を寄せる時、ちょっとだけ耳を後ろに逸らすのが可愛いんだよなぁ。
「ナディ、少し熱い」
「……お酒が入っているから」
「顔には出ないんだね」
結局ナディアはグラス二杯だけを飲んでいた。顔色は全く変わっていなかったものの、少しは体温が上がるらしい。良い具合にほろ酔いなら、醒ます前に帰った方が良さそうだ。もう一度だけ軽く口付けて、ようやくナディアを解放してあげる。
「帰ろっか。今日はありがとね」
「お礼を言われることはしていないけど」
彼女らしい素っ気ない返しも、ご機嫌に受け止めながら大通りに戻る。夜空に浮かぶ二つの衛星が照らす頼りない明かりの下で見る彼女は、昼とはまた違う美しさで。夜には休ませてあげたい思いは強いのに、この光景を見る機会が減ることは、勿体ない気もした。




