第85話_勧誘
私の説明を聞き終えたナディアは「ありがとう」とだけ言い、私がしたことに対して何か意見を述べる様子は無い。ガロもそんな彼女の様子を見守ってから、改めて私に向き直った。
「今回は本当に助かった。以前にも話したが、こういう時に俺達のような冒険者を助けてくれる魔術師というのは本当にお目に掛かれない。俺としてはこれからも、アキラとは縁を繋いでいたい。勿論その都度、正当な報酬も用意する」
彼からのこの提案は私にとって願ったり叶ったりだ。初めからその為に彼に協力したと言っても過言ではない。ただ一点だけ、課題があった。
「私も良い実験が出来そうだから、協力を続けることは吝かじゃないんだけど。問題は私が気儘な旅の途中だってことなんだよね。か弱い女の子達を連れて」
言いながらナディアの頬に手を滑らせたら、冷たく叩き落とされてしまった。耳がぺたんとして可愛いので振り払われたことは問題ない。
さておき。ガロが私に助けてほしい、と思った時。さて私は何処に居るのだろうか。レッドオラムに留まり続けるつもりは無いし、定期的に此処へ戻るというのも現実的ではない。大体、それでは火急の場合に対応が出来なくなる。
「手っ取り早いのは、アキラも冒険者ギルドに登録してくれることなんだが」
「んー、それって私も冒険者になるってこと? それはなー」
冒険者ギルドというものがこの世界に存在することだけは知っていた。中身についてはよく分かっていない。多分、冒険者へ仕事の斡旋などをするのだろう。
「気が進まないか? 何も、登録したら必ず依頼を受けなければならないわけではない。席だけ置く、ということも可能だぞ」
「いや、そっちじゃなくて。私には戦う手段が『魔法』しかないから、それで目立つのが困るんだ」
「……そういうことか。いや、そうだな、それは間違いなく、目立つだろうな」
私との縁を繋いでいたいとガロが望む要因の一つは、そもそも冒険者ギルドにすら、魔術師が居ないからだと思う。居ればガロはとっくにギルドを通してその人へ今回の件について助力を依頼して、ギルド内だけで解決できていたはずだ。
そう指摘すれば案の定、ギルドに協力を依頼したものの「魔術師が居ない」との返答で、助力は得られなかったとガロは言った。
「補助的に使用する者は少なからず居るようだが、今回の件については分からないという回答だった。専門の者でなければならないと」
「そうなるよねー。あ、お酒おかわり〜」
真面目な話をしているはずなんだけど私は食べる手と飲む手を止めない。グラスを空にする私を見て、ガロは眉を下げて笑う。
「本当にアキラはよく飲むなぁ、俺ももう一杯行くか。お嬢さんはどうする?」
「いえ、私はまだ大丈夫です」
ナディアのグラスはまだ半分近く残っている。でも私達が早過ぎるだけで、そんなに遅いペースでもないな。顔色も変わっていないようだし、もしかしたら結構飲めるのかな。私の視線に応えるナディアが「何?」と怪訝な顔をした。
「ううん、ナディ、お酒強いのかなって」
「……弱くはないわね。客に提供して一緒に飲むこともあったから」
「ああ、なるほど」
そういえばあの屋敷、招かれた部屋の奥にいくつかお酒の瓶やグラスが置いてあった。あのままナディアが私の邪魔もなくお香を灯していたなら、その続きにお酒も勧めて、あの部屋で過ごす時間を少しでも引き延ばしていたのかもしれない。
何にせよ以前も今も、気兼ねなく飲める機会は少ない。こんな時だけでも、自由に楽しんで飲んでくれたら嬉しいな。
「好きに飲んでいいからね、立てなくなっても抱っこして連れて帰ってあげる」
「そんなに飲まないから要らないわ。あなたこそ、立てなくならないでよ。私は絶対、運ばないから」
「え、つらい」
私達の会話に、ガロはお腹を抱えて笑った。私が負け負けになっているのが大層楽しいらしい。まあ私もこの会話を楽しんでいるんだけどね。そんな風に思いながら私もガロへ笑い返したら、彼が続けた言葉については予想外だった。
「そりゃあ彼女は酔うほど飲まないだろうさ、何せ俺からアキラを守っているんだからな」
「へ?」
思わずナディアを窺えば、彼女は眉を顰めて口を引き締めている。否定しないわけ? 守るって、私を? 目を丸める私に対して、ガロは重ねて笑った。
「俺が仲間を連れてこなかった理由のもう一つがそれだよ、昼にアキラに声を掛けた時、特にあいつが美人だって騒いだ時だな。お前のお連れさん方は一人残らず俺達を睨んでいたぞ」
「えええぇ、あの子らがぁ?」
信じられない。睨んだって言うか、身体の大きいガロ達が怖くて警戒しただけじゃないのかなぁ。だけどガロからは『本当』のタグが伸びているし、改めて隣を窺っても、ナディアは先程の表情のままで黙り込んで動く気配が無い。
「身体のデカイ男が四人に、女が一人だ。アキラはきっと優秀な魔術師なのだろうが、それでも心配して当然だろう」
「えぇ……ナディ……」
視線を向けるも、ナディアは軽く顔を背けて私に表情を窺わせてもくれなかった。だが否定をしないということは、肯定なんだと思う。答えればタグで明確に分かってしまうから、彼女は無視を決め込むのだ。
私が、心配かぁ。
確かにまあ、女一人で男四人と個室で飲みますって、それだけ聞いたらちょっとねぇ。私は今の自分がこの世界ではすっかり強いことを理解しているから危機感をそこまで抱いていないし、冒険者の男四人程度が相手に出来ないようなら、単身で城にも乗り込んでいない。だけど、……それでもこの子は、他のみんなも、私を心配するのか。
リコットの言った、みんなからの愛情も受け取ってほしいという言葉を思い出していた。みんなは優しくて。私の些細な怪我も、体調不良も、気に懸けてくれている。
「私は、一方的に愛せていたら充分なんだけどな」
愛させてくれるならそれでいいんだけど。あんまり大切にされるとくすぐったくて参ってしまう。手を伸ばしてナディアの頭を撫でたら、彼女は軽く首を振って嫌がった。そういえばナディアは、夜以外には愛情をあんまり受け取ってくれないんだよね。
「お前は結構、難儀な性格をしているんだな」
私達のやり取りを見て、ガロはそう言ってまた笑った。




