第84話_報告会
「私も行くわ」
「え?」
その日の夜、そろそろガロが迎えに来る頃だろうと用意を始めたら、徐にナディアがそう言った。
「今日は女の子を引っ掛けるわけじゃないんでしょう?」
「まあ、うん、それはしないけど……」
だからってナディアがついてきても特に楽しいことは無いと思うんだけど、一体どうしたんだろう。首を傾ける私に対し、彼女は微かに怒ってるみたいな表情を浮かべた。
「アキラが外で何をしているのか、見張ろうと思って。あなたはいつも報告が遅いから」
ぐうの音も出ないな。つまり、お目付け役ってことですか。ふと見ればリコットがニコニコと笑っていて、ラターシャとルーイが心配そうに成り行きを見守っている。さては君らの間ではこの件、既に相談済みだな? 振り回し続けたら女の子たちが結託するようになっちゃった。いつの間に。
「不都合があるの?」
「ううん。いいよ、退屈だと思うけど、一緒においで」
それでみんながちょっとでも安心できるなら、私も説明しなくて良いってことなので構いません。……しかし、みんな気付いているのかな。こうしてお目付け役を付ける対応、私が説明に対して更に横着になるぞ。ま、いいか。黙っていよう。どの道、私の報告が遅いのは変わらなさそうだし。
というわけでナディアを連れて宿屋のロビーに下りたら、まだ約束の時間より少し早かったのにもうガロは待ってくれていた。
「ごめん、結構待った?」
「いや、今来たところだ。そちらのお嬢さんも来るのか?」
やや後ろに控えて傍に立つナディアを見てガロが問い掛ける。後ろに居るのでナディアがどんな顔をしたのかも、彼の言葉に答えようとしたかどうかも私からは見えなかったが、答えたのは私の方だった。
「うん、急でごめんね、連れてってもいい?」
「勿論だ。全く問題無い。じゃあ行こうか」
ガロに頷いて宿を出る。軽くナディアを振り返ったが、私の視線に応えはするものの特に口を開く様子は無かった。まあ、見張りの為だけに来るんだもんね。
「ガロはこの街にはよく来るの?」
「そう頻繁ではないが、数え切れないほどには来ているな。他の街より仕事が多いんだ。ただ、俺達の故郷と離れているもんでな、此方でばかり仕事をすると、中々故郷に帰れない」
「あはは、なるほどね」
聞けば彼の連れは全員が同郷であるらしい。つまりガロは、故郷を基点にしてその周辺地域で主に仕事をしているんだな。
「此処だ」
「既にいい匂いがする!」
「はは、アキラが好きそうな飯と酒が沢山あるぞ」
アンネスのあの美味しい店で出会ったガロだからこの点は大いに信頼できる。若干、私は主題を忘れそうになっていた。
店はそんなに大きくはないものの、隠れ家ほど小さくもない。ガロは入るなり店主と思しきおじさんと短い言葉を交わして、私達を奥の部屋へと連れて行ってくれる。部屋の中には四脚の椅子と、テーブルが一つ。つまり、今日はこの三人だけか。
「ガロのお仲間さんは良かったの?」
「ああ。……最初はあいつらも連れてきて紹介するつもりだったんだがな」
椅子に座ったガロは私の問いに、何処か疲れた様子で溜息を吐く。
「アキラとそのお連れさんを美人だ何だと大騒ぎして大変だったから置いてきた。失礼をする気しかしない」
「あはは!」
見掛けによらずガロはすごく紳士的だけど、ガロのお仲間さんは見掛け通りのようだ。私だけならともかく、今日はナディアも居るからね。彼女にまでセクハラ紛いの言動をするようなら、私も穏便に流してあげられたかどうかは怪しい。席を設けないというのは平和的解決だったかもしれない。ガロは賢明だね。
「ナディも飲む?」
「少しだけ」
店員さんが注文を取りに来た時に尋ねる。先日の高級レストランで出た食前酒を除けば、彼女がお酒を飲むところは見たことが無かったが、飲めないわけじゃないようだ。彼女の分も含め、お酒と食事を注文した。ただナディアは私のようなおかしな量を食べる子じゃないので、おつまみは控えめにするみたい。私はいつも通り大量に頼んだ。
「食事が来る前に。アキラから預かった布の方が少し残ったから回収してきた。これは返しておくか?」
「ああ、そうだね、貰うよ。ありがとう」
丁寧に切れ端を集め、袋に入れて持ってきてくれたらしい。受け取って軽く中身を確認する。思ってたより残ってるなぁ。私の魔法陣の方がちょっと強かったか、もしくはガロの記憶よりも実際の魔法陣が小さかったかな。しかしこの布製魔法陣は『大は小を兼ねる』もので、此方が大きいのには問題ない。
お酒と簡単なおつまみがすぐに運ばれてきたので、受け取った袋は一度避けて、三人で軽く乾杯をする。乾杯として互いのグラスを鳴らす文化もあるんだよね。同じところや違うところにいちいち感心できて、つくづく『別の世界』って面白い。隣でお酒を軽く傾けているナディアを一瞥してから、またガロに向き直る。今のは別に意味は無いです。お酒を飲んでるナディアをちょっと見たかっただけ。彼女が私の視線に気付いた様子は無かった。
「爆発の規模はどうだった? 誰も怪我してない?」
「ああ、アキラの『二、三歩分離れる』と言う指示で問題なかった。真上に衝撃が伸びていたからな」
「そっか、良かった。予想通りだね」
布の下敷きになっている魔法陣を消す衝撃が余ったら、その逆方向――つまり上に向かって衝撃が伸びるように魔法陣を組んだつもりだったので、上手く行って良かった。まあ、直撃しても軽い火傷をするくらいで、大きな怪我には至らない衝撃なんだけどね。魔力は魔力でも、攻撃する為に練っていないものが人を傷付けることはほとんど無い。生成魔法がいい例だ。
「既に影響を受けた魔物らも、破壊直後にほとんどが大人しくなったんだ。一部、凶暴なままだった奴らだけ、俺達で狩っておいた」
「うーん、そっか。影響を受けてから一定期間が過ぎちゃうと、定着しちゃうか、効果が切れるまでに時間が掛かるのかもね」
その後ガロ達は二日間ほど滞在して様子を見てくれたみたいだけど、破壊した魔法陣は復活しなかったし、凶暴な魔物がそれ以上発生することも無かったと言う。今回の件は、これで解決したと見ていいだろう。良かったねぇ、みたいな呑気な会話に変わったところで、見計らったようにナディアが口を開く。
「アキラ、私にも簡単に説明してもらってもいいかしら」
「あー」
言われるかなって思ってました。
ガロはちょっと意外そうに「何も話していなかったのか」と目を丸めている。そのせいで今日ね、お目付け役として彼女が来ちゃったんですよね。少し苦笑いを浮かべてから、私はナディアにも簡単に経緯を説明した。




