第76話_おめかし
「一番乗りはナディか。私の見立ては完璧だね、やっぱり最高に似合ってる! すごく綺麗だよ」
「……どうも」
店員さんが出してくれるお茶を呑気に飲んで待っていたら、最初にナディアが出てきた。暗めの赤を基調にしたロングドレスだ。アクセサリーも派手過ぎず、ナディアらしい落ち着いた大人の色気が出ていて最高ですね。満足して何度も頷いている私を見つめ、ナディアは目を細めていた。
「あなた」
「ルーイ! めっちゃくちゃ可憐だよ〜! 天使だなぁ〜」
彼女が何かを言い掛けたのに、着替えを終えて出てきたルーイに気が取られて遮ってしまった。謝ろうと思ったけれど――案の定、ナディアはすぐに私のことを忘れる勢いでルーイを振り返り、目尻を緩めている。彼女のお眼鏡にも叶っているのだから、やっぱり私の選んだドレスは完璧です。ルーイの愛らしさを十二分に引き出す淡い黄色を基調にしたドレスで、スカートにはふんわりとボリュームがあって、彼女が歩み寄ってくる振動で揺れている。腰に付いている大きなリボンが一層可愛い。
「驚いた、アキラちゃんも綺麗になってる!」
「ふふ。いつもに増して綺麗になったみんなの傍に、半端な格好じゃ立てないからねー」
「下らない理由だったわ……」
先程ナディアが何か言い掛けていたのもこの件だったらしい。
そう、私もドレスアップしています。深いグレーのパンツスタイルではあるが、みんなの隣に立っても恥ずかしくないきちんとしたフォーマルドレス。呆れた様子のナディアとは対照的に、ルーイは少し頬を上気させながら「格好いいね」って褒めてくれた。多分、自分が着飾っている高揚もいくらかあるのだろう。綺麗にセットされた髪形を崩さないよう、そっと撫でてお礼を言った。
「わあ、リコットとラターシャ同時に来ちゃった! 二人共めちゃくちゃ綺麗で可愛いよ〜!」
それに二人はいつも髪を真っ直ぐ下ろしたままでほとんど変えないから、セットされているだけでぐっと印象が変わる。リコットは紺が基調の少し光沢のある生地を使った、格好良くも色っぽくもあるデザインで、ラターシャは淡い緑を基調にした生地に金色の刺繍が無数に入っている上品なデザインだ。大騒ぎしている私に対し、二人共ちょっと照れ臭そうに笑っている。
その後はみんなにそれぞれ「回って〜」とか「右側見せて!」とか散々ファッションショーをしてもらって堪能した。本当に贅沢な時間だなぁ。
「こんな服は着たことが無くて、落ち着かないよ。アキラちゃんの方がずっと慣れてるね」
ラターシャが一番そわそわしていると思ったら、ドレスは着たことも無かったようだ。三姉妹は仕事の為にある程度は着飾ることもあっただろうけれど。ドレスに合わせて用意してもらったヒールのある靴も、ラターシャにはちょっと歩きにくそうだった。私の趣味に付き合ってもらって申し訳ない気持ちが少し湧き上がるものの、結局『少し』だけ。今は彼女達が可愛いという満足感でいっぱいで、後悔する気にはなれない。
「さて、じゃあ、行きますか!」
「何処へ?」
「すぐ近くだよ、支払いは済んでるから、このまま行こう」
「えっ、このまま?」
ナディアとリコットが即座に疑問を呈した隣で、ルーイとラターシャは展開について行けずに混乱している。ということを分かっていても、置いて行くのが私です!
店員に見送られながら店の前まで出たら、次は馬車が待ち構えてくれている。いつもの幌馬車ではなく、貴族らが乗るような、木製扉付きの立派な馬車だ。装飾は控えめにしてもらったものの、決して貧相には見えない。可愛いみんなが乗るのに相応しいものじゃないと困るからね。
「あなたは本当に何を考えて……」
「ははは。まあまあ、すぐ分かるよ。じゃ、三姉妹は前の馬車に乗ってね、ラタは私と後ろの馬車」
貴族馬車は流石にゆったり五人も乗れる大きさが無かったので、二台を馭者付きでレンタル。つまり私も今回は乗客側だ。強引な私に色々と言いたいことがある顔をしつつ、私に巻き込まれた関係のない人まで立ち往生させることが気になるのか、みんな色々飲み込んで従ってくれた。
「アキラちゃん、今日は一段と強引だね」
「ふふ。ごめんね。でも本当に似合ってる。きっとエルフ族で一番ラタが可愛いね」
馬車が出発すると、小さな溜息と共にラターシャがそう言うけど。私は今「みんな可愛いな〜」しか考えてないせいでそれに関する言葉しか出てこない。私の返答に真っ赤になってしまった彼女は、ちょっと口を尖らせて「会ったこともないのに」と呟いた。確かに彼女以外のエルフにはお会いしたことはない。でも自信を持って言えてしまうくらい、今の彼女が可愛いってことだよ。
「さっきのお店が最後だったんじゃないの?」
「うん、洋服はね。だからお着替えはもうおしまい、今日は本当に、付き合ってくれてありがとう。次はその労いだよ」
「……食事?」
「大正解」
もうすっかり夕飯時だからね。一瞬ほっとした顔を見せたラターシャは、視線を落とした先、私と彼女自身の洋服を見て、表情を固めた。流石、ラターシャ。気付いてしまいましたね。
「この服、着せたのって……」
「ラタは賢いねぇ」
またしても大正解。そう、向かう先は、ドレスコードのあるお店です。
二、三分程度で到着し、降りた頃には三姉妹も気付いて物言いたげな目を向けるのを、私は満面の笑みで応えておいた。
「みんなお疲れ様! 美味しい夕飯でしっかり労わせてね」
「あー……色々説明が足りないよねアキラちゃんって」
「私、こんなお店、近くに来るのも初めて」
「多分、全員そうよ」
リコット、ルーイ、ナディアそれぞれの反応がどれも「らしい」ので思わず肩を震わせて笑う。戸惑わせているのが自分と知りながら、再び「まあまあ」と簡単に言ってみんなを連れて店の入口に進んだ。
「個室だから、マナーも気にしないでいいからね」
軽く振り返って告げれば、この時ばかりはナディアもほっとした顔を見せた。店の人にも予約時にその旨は伝えてあるし、了承も貰っている。別にテーブルの上で大暴れするわけじゃないんだから、知らないマナーを守る守らないなんて、迷惑になるわけがない。
「今日は本当、戸惑い疲れたわ」
「私は途中から結構楽しかったけどなー」
「私も!」
ルーイは純粋に、洋服店巡りを楽しんでくれていたみたい。自分が可愛い服を着るのも、みんなの可愛い服を見るのも好きみたいだ。私達、気が合いそうだね! 口にしたらナディアに絶対睨まれるから飲み込んだ。リコットも本人が言う通り、途中からは洋服選びも手伝ってくれていたくらいなので、元々嫌いではないのだろう。その点は、ナディアも同じはずなんだけどな。
「みんなの服は積極的に選んでたじゃん、ナディ」
「それは話が別なの」
「ふふ」
別かなぁ? 結局、自分じゃなくて愛しくて可愛い「誰か」を着飾るのは楽しいし、嬉しいものでしょ? 一緒じゃん。
言ったらまた怒られるだろうから、言わないが。




