第31話_侵入
三階に上がると、二階同様、二名の男が廊下に立っていた。フロアに二人ずつ、見張りか何かの為に置いているらしい。
「おい、何だお前は――」
下から客が勝手に上がってくることなど無いからだろうか。男は随分と間抜けに動揺を見せ、凄んできたものの対応はあまりに遅かった。さっきの男達と同じように、雷魔法で沈めておく。ふと見れば、後ろからナディアが付いてきていた。別に来なくても良いのに。だけど私の予想通りだとすればナディアは、どんなに怖くともこの状況、一人で隠れておく選択肢は取れなかったんだな。
「まず此処か」
三階の廊下を進んですぐ左手にある扉に手を掛ける。ノックして「お邪魔します」なんて丁寧な乱入はしない。扉は破壊した。
「うっわ、マジか……」
中の状況なんて、ある程度、予想はしていた。催淫効果のある薬を使ってるんだから、本来の行為真っ最中よりも覚悟をしていたつもりだ。なのにそれでも、私は足を止めてしまった。一瞬だけだ。侵入者に驚きを見せる『客』にすぐさま雷魔法を入れて、ベッドから引き摺り落とす。
「あ、アキラ様! 入らせて頂いても、宜しいですか」
「んー、あー、まあいいけど」
扉前から焦ったようなナディアの声が聞こえる。私は一度、ベッドに取り残されている子を振り返ってから、ぼんやりと返事をした。急ぎ足で入り込んできたナディアは、真っ直ぐにその子へと駆け寄って身体を抱き締めている。『私達』と、ナディアは言った。彼女にはおそらく切り離せない『情』を抱いた誰かが、同じ歯車の中に居る。その内の一人がこの子なのだろう。十一歳か十二歳に見える。こんな仕事をさせるにはあまりにも幼い。流石にその覚悟は、私の中にも無かった。
「嫌悪を募らせるには充分すぎるよ。全く」
少女は当然、状況が飲み込めていない。沈んだ客と、乱入した私を見比べ、真っ青になっている。
「あなたは、何をしたいんですか」
震える声で、ナディアが問い掛けてきた。何を、かぁ。何だろうね。改めてそう言われると何も思い浮かばないような、色んな事が思い浮かぶような。うーん、気の利いた回答は出来そうにない。
「さあね」
躱すようにそう答えたのは不誠実だったかもしれないが、誠実を貫く性格もしていないので、まあいいやと二人を置き去りにしてまた廊下へと出る。出ているタグはあと一つ。廊下の突き当たり。同じ形で乱入して、客を寝かせた。次は小さい子供ではなくてホッとした。黒髪の、ナディアと同じか少し若いくらいの女の子だ。
「な、何? 何が……」
声を震わせながらそう呟く彼女を、私を追って遅れて入ってきたナディアがまた抱き締めている。幼い子と黒髪の子を守るように抱いているナディアは、きっとこの三人の中で年長者なのだろう。とりあえず便宜的に三姉妹と呼ぼう。
「女の子はこれで全部かな? じゃあ一階に行くか。三人共、付いておいで」
別に強要したわけじゃないんだけど、既に客も含めて六人も伸してるわけで、多分もうすっかり私のことは怖かったんだと思う。黒髪の子も手早く服を整えて、歩く私の後ろに三人が固まって付いてきた。
一階へ下り、廊下の奥へと進む。やはり人の気配が無い。客と鉢合わせないようにこの時間帯はこの辺りを使っていないのだろう。この階だけは造りが違って、廊下は突き当たると更に右に続く。そして最奥に、両開きの大きな扉があった。その前に立てばようやく、中から男が数名談笑するような声が聞こえてくる。私がその扉に手を伸ばした時、三姉妹は怯えるように身を寄せ合った。
扉は壊さなかった。施錠されてなかったので。ノックもせずに無遠慮に押し開くと、部屋の中の全員から視線が集まる。正面、一番奥の大きな机に座る男と目が合った。肩から毛皮を掛けている、まあ、面白いくらい如何にもって風貌のボス猿さんだ。
「誰だ?」
急な侵入者にも狼狽えることなく真っ直ぐに見つめ返してくるところは、それなりに肝が据わっているとも思わなくはない。いや、私の見た目から、脅威を感じていないんだ。他の男達、此処に居るのはボス猿さんを含め六名。彼らも酷く呑気なものだった。まだ座った状態で私を見ている者。立ち上がっても特に臨戦態勢を取らずに成り行きを見守っている者。
私の世界じゃあるまいし、女だからって『脅威じゃない』と判断するのは浅はかだろうに。それが少し、不思議だった。
「自己紹介してほしいの? まあいいけど。私はアキラね。あんた此処のボス?」
「……そうだが。お前を俺の元に招いた覚えはない。帰ってもらおうか」
普通に受け答えしてくれるんだ。礼儀正しいな。
そう思ったのは一瞬だけ。ボス猿さんの言葉が「追い出せ」という意味だったからだろう。周りの強面さん達はすぐに動いて、私に迫った。
「束縛」
「がっ――!」
こんな魔法、何処で使うんだよと思ってたけど早速使い道が出るとはなー。今となっては超便利な魔法だよ。
呪文で分かる通りこれは束縛する魔法。太い金属の輪みたいなものを男共の首に出現させ、それを床へと縫い止めた。ボス猿さんだけは特別に床じゃなくて、正面の壁へと縫い止める。私より魔力が強ければ解ける魔法なんだけどね。まあ、つまり無理だよ。誰であっても。私は意地悪なので、ボス猿さんが爪先立ちしたらぎりぎり首が締まらないって高さに留める。彼は両手で拘束を握り締め、高そうな革靴で必死に床を踏み締めていた。
「く、クソ! 喰らえ!」
「おぉ」
直後、床に張り付けた男の一人が魔法を放ってくる。そうそう。この魔法は身体を拘束するだけなので魔法や武器で遠距離攻撃をするのは問題ないんだよね。だから彼の行動が正解だ。正解なんだけど、片手でぺいって払ったら炎の弾が消えた。
「えぇ、雑魚……」
言っちゃった。いや、だってびっくりしたんだもん……そんなことある……?
何か魔力の濃度が薄いなと思ったんだよね。そりゃ私も痛いのは嫌だから手に魔力を籠めて払ってはいるんだけど、こんな、煙草の煙を払うくらいの容易さで霧散するとは思わないよ。
うーん。何かおかしいな。もしかしたらこのファンタジーの世界、私が思っているのとは少し仕組みが違うのかもしれない。早めにこの世界の常識について、最新情報へのアップデートが必要だ。と言うことで目の前の雑魚そうな問題は、早めに片付けよう。




