第30話_力尽く
今日も、先日も。ナディアには『状態異常無効』のタグが付いていた。カフェで会った時には付いていなかったものだ。こうやってお香で薬を入れる際、商品である女性らまで影響を受ければ使い物にならない為、一時的に凌ぐ魔法か薬を使っているのだろう。
「し、知りません」
私の質問の答えるナディアからは『本当』とタグが出ているけれど、さて。
「何を知らない?」
「亡くなった方が、どなたなのかは、存じ上げません。お客様である可能性は……あります、が」
「なるほどね」
彼女はかなり正直だ。話す間に一度も嘘のタグが出ていない。言ってはいけないことを言わないようにしているだけなんだろう。とにかく例の事件は、彼女のお仕事中に中毒を起こして死んだ客を南に捨てたって経緯ではないってことだ。
「まあいいか」
「……え?」
私は彼女から身体を離すと、ベッドに腰を下ろす。ブーツを脱いで、枕を背もたれにするようにして座った。ナディアは呆気に取られた顔で、私を見つめている。いつの間にか彼女の尻尾が、少し膨らんでいた。
「ふふ。別にどうでもいいよ、見知らぬ誰かが死んだ話なんて」
何度も言うが私は全く善人ではない。だからこの街の薬物事情を解決するつもりなんてさらさら無く、私やラターシャに害が及ばない限り、関わる気も最初から無かった。薬に彼女が関わっていることはタグを見た時点で分かっていたが、それでも私が来たのは偏にナディアに興味があっただけだ。薬の方ではない。
「私はどちらかと言えば悪党なんだ。役人でも何でもないし、君を責めるつもりは全く無い。確認しただけだよ。あと、私は薬やりたくないからね。それだけ」
そう言って手招きすると、戸惑いながらもナディアは素直に此方に来て、ベッド脇に立った。手を引いたら、そのままベッドに座ってくれた。腰を引き寄せて脚の間に入れる。私より少し小さな身体を抱き締め、私から逃げるみたいに後ろを向いている猫耳を見つめた。
「耳とか尻尾、触って平気?」
「……はい、何処でも、お好きなように」
「そりゃ贅沢だな」
御言葉に甘えて早速、そっぽを向いたままの猫耳を撫でる。柔らかくて可愛い。既にもう最高だ。一生触っていたい。私が無遠慮に手で触ったり口付けたりしているのに反応して、ぴくぴく動くのが楽しくてならなかった。猫耳にご機嫌で頬擦りしながら、次は両手で尻尾をモフる。さっき私のせいで膨らんでしまった分を戻すように撫で付ければ、尻尾の先がふるりと揺れた。
「ナディアはさ、今夜の分、何かお咎めを受けるのかな」
右手ではふわふわの尻尾をのんびり撫で、左手は剥きだしの背をそっと撫でる。カフェではただふんわりと下ろしている髪は、夜にはまとめて左肩へと流されている。晒している背中を強調するようだ。彼女はくすぐったそうに少し身を捩るけれど、私の問いには答えない。
「本来の目的はベッドでお金を貰うことじゃなくて、客を薬で漬けることでしょ? だけど私は全く中毒になることなく、君を堪能するだけで帰っちゃうわけだ。……どんなペナルティがあるの?」
ナディアは私の腕の中で頑なに沈黙を続ける。誤魔化したいなら「そんなものは無い」って言えばいいのに。この反応だけで、何かしら罰はあるのだろうと察せてしまう。少し身を離し、彼女の両肩を撫でるようにして服を落とした。胸、大きくて綺麗だな。
「殴られたりする?」
「……いいえ、私は商品ですので、傷が付くようなことは」
道理だねぇ。それを賢いとは思わないけど。
何にせよ、ナディアがほとんど答えを返していないこんな問答の中でも、分かることは充分にある。結局、彼女は何かの歯車の一つであって、主軸ではないということ。『お咎め』を受けるのだから、明確に『上』が居るのだ。
顎を掬い上げ、ナディアの目が戸惑いながらも私を見つめ返すのを待ってから、軽く啄むだけの口付けをした。
「じゃあ、君を此処から『買い取る』ことは出来る?」
ナディアが大きく目を見開く。こんな問いが来るとは思っていなかったようだ。動揺が瞳を揺らして、私を見つめていたそれはふらふらと彷徨ってからシーツへと向けられた。
「分かりません、そのような話は、今までございませんでしたので。娼館であれば可能でしょうけれど、私達には、そんな……」
私達ね。
そして今の言葉で確定だ。この子は働いているんじゃなくて飼われている。自分の意志で就職して勤めているのだとしたら、今の問いに『分からない』なんて言葉が出るはずがない。
「じゃあ、力尽くで奪うよ」
「え?」
自らの手で晒させた肌を、服の下へと戻す。彼女は目を見張って私を見上げた後で、服を着せられたことに困惑して自分の身を見下ろしていた。
「君が気に入ったんだ。だから悪党らしいやり方で、手に入れることにした」
脱ぎ捨てたブーツを履き直して立ち上がる。
一瞬固まったナディアは、そのまま部屋を出ようとしている私に気付くと慌てた様子でベッドから下りた。
「ま、待ってください!」
「この階に居る見張りは二人で、ボスは一階の奥。だよねぇ?」
私の言葉に、ナディアは息を呑んで黙り込む。建物に入ってから、ずっとタグのオンパレードだった。知りたい情報は既にほとんど揃っている。問題は、ナディアの言った『私達』という言葉だけ。
「アキラ様、困ります!」
部屋から出て行く私を、ナディアの声が呼ぶ。同時に、さっきは息を潜めて閉じ籠っていたはずの男二人が、階段前の部屋から出て来た。こんな奴らが街中に居たら「物騒」と言いたくもなるよな。そんな感想が出てくるくらい人相が悪くて、身体が大きい。二人は私の歩みを止めようとするように、廊下で立ちはだかった。
「お客さん、そいつが何か悪さをしたか? しかし騒ぎは困るんだ、少し話を――」
「邪魔」
眩い光と共に空気が裂ける音が響いた直後、男二人は白目を剥いて、その大きな身体を廊下に沈めた。背後のナディアが小さく悲鳴を上げる。この建物は音が響きにくい。おそらく私の雷魔法も、男達が伏した音も、他の階には聞こえていないだろう。都合がいいのは今、私の方。
「あと何人、女の子が居る?」
振り返って問い掛けるも、ナディアは表情を青くさせて私を見つめるばかりで何も答えない。仕方ないな。振る舞いを一つ間違えれば彼女は私の『協力者』になってしまう。最悪の場合、当初予想した程度の『お咎め』では済まなくなる。大体私は自らを『悪党』だと名乗っているのだから、信頼すべき相手ではない。
「ま、いいよ。勝手に回るから」
一階と二階にはタグが出なかったから居ないはず。なら残りは三階だ。倒れている男達を容赦なく踏み付けて乗り越え、迷わず階段を上がった。




