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PASTIME!!!  作者: 暮
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第29話_ナディア

 閉門の鐘は、零時頃に鳴る。ちょっと低い、ゴォーンって音だ。あんまり耳障りな感じじゃないから深夜に鳴らしても住民は怒らないんだろうとか、よく分からない感想を抱いていた。城下町も似たようなシステムで、あの音が鳴ると、街を囲うような高い防御壁の門が全て閉ざされる。一度閉ざされると、翌朝、日が昇るまでは開かない。

 とは言っても別に人の出入りが出来なくなるわけじゃない。大きな門が閉ざされるだけで、門番に声を掛ければ小さい扉から出入りは可能。つまり馬車とか大きいものの出入りが出来なくなるだけだ。深夜に出入りする馬車とか、確かに何かしら問題を抱えているとしか思えないもんな。

 とにかく私は垂らされた釣り糸に飛び付くつもり満々で、零時を前に先日の裏路地へと入り込む。今回は足音を消していない。革のブーツが石畳を静かに叩く音が、裏路地に響く。最後の角を曲がったところで、クリーム色の可愛いラグドールちゃん……ナディアが、佇んでいた。すぐに私を見付けて小さく会釈をする。足音、聞こえていたんだろうね。

「遅刻だったかな?」

「いいえ。鐘はまだ鳴っておりません」

 何処か堅苦しくナディアが答えた直後、遠くでゴォーンと深い鐘が鳴った。日本の寺の鐘に音が似てるんだよなぁ。軽く目を細めてそれを聞いていたら、ナディアはじっと私を見上げて音の終わりを待っていた。

「お部屋のご用意がありますので、此方へどうぞ」

「うん」

 音が止むと、彼女に案内されるまま、更に裏路地を進む。歩く振動に合わせて尻尾が揺れるのが可愛い。今日も背中が大胆に開いているけれど、夜風に冷えやしないかちょっと心配になる。日本の夜のお姉さん方も、真冬にこんな格好していて驚いたんだよなぁ。

「そういえば、名前、ナディアって言うんだね」

「はい。先日は名乗らず、申し訳ありません」

「ううん、それは全然……」

 そんなことより、彼女の名が本名であることに驚いた。

 しかし探りを入れるのはちょっと性格が悪かったかもしれない。真偽のタグなんて彼女は知らないのに。私としては偽名でもどっちでも良かったんだけど、カフェや他の場所で会った時、呼んで迷惑になったら嫌だなぁという気遣いだったので今回は許してほしい。

「名乗る機会なかったもんねぇ。あ、お代は先?」

「いえ、後程で構いません」

「了解〜」

 のんびり答えながら入り組んだ道を進んでいくと、真正面に木造三階建ての建物が見えた。此方から見える窓は全て()り硝子になっていて、中の様子はよく分からない。どの階からも、柔らかな橙色の明かりが漏れていた。

「此処?」

「はい。同じ目的の者が使用する場です」

「へー」

 つまり彼女やその同僚さんが使っているわけだ。彼女は懐から取り出した鍵で玄関の施錠を解き、私を中へと招き入れる。娼館とはまた違う売り方だな。一階にも明かりは点いていたが、人気が全く無い。廊下の奥をぼんやり見つめる私を余所に、ナディアは真っ直ぐ正面にある階段を上がっていく。少し遅れて、私も後ろに続いた。

「ところで、いつものお連れ様は宜しかったのですか」

「あー、うん、あの子はまだ子供だから、今夜のことは話してないよ」

「……そうですか」

 この返事だけ、ナディアの声が微かに感情で揺れた気がした。前を歩く彼女の表情は見えなくて、勿体ないことをしたかもしれない。二階に上がると、彼女は一度私を振り返り、そのまま廊下の奥へと進んでいく。三階の方で、誰かの足音が聞こえた。

 印象として、この建物は木造の割に丈夫な造りをしていて、物音が響きにくい気がする。これも魔法なのだろうか。廊下を歩く私達の足音は確かに響いているし、この建物内に私達以外が存在することは分かるけれど、その音はほとんど無かった。

「此方です」

 短い廊下の突き当たり、右手の部屋をナディアが開く。私は促されて先に入り込んだ。既に明かりが灯されているその部屋は、ベッド以外にはほとんど物が置かれていなくて、なるほど『その目的』の部屋だなと分かる。ナディアは扉を閉ざしたら私を追い抜くように部屋の奥へと入り、部屋の角にある香炉らしい道具へと手を伸ばした。

「ナディア、それに触らないで」

「え?」

 彼女が触れる直前に、結界で香炉を覆う。触れた者を傷付けるような術にはしなかったが、あるはずのない壁に触れたような感覚に、ナディアが驚いて手を引いた。私はそのままのんびり、ナディアを追うように部屋の奥へと進む。

範囲浄化(ワイド・クリア)

 呪文を口にすると同時に部屋全体が仄かに輝いた。これは指定した範囲全体を浄化する魔法。浄化対象は毒など、身体へ状態異常をもたらす成分、全般となる。ナディアは何が起こったのか分からない様子で部屋を見回しているが、私達が部屋に入る前から充満していた『甘い香り』が消えていることは、もう気付いているだろう。彼女の傍に立ち、香炉から引いたまま半端な位置で浮いている手を取った。

「思ってたより、回りくどい方法で薬を使うんだね。催淫のお香か……しかも酷い中毒症状付きだ」

「あ、なた、は」

 耳がぺったんこになってて可愛いな。金色の目が私を見つめて震えている。怖がらせるつもりは無いんだけど、まあ仕方が無いか。

「ナディア。街の南で死んだ人って、君のお客かな?」

 私は垂らされた釣り糸には素直に飛び付くし、釣り針にだって幾らでも引っ掛かってあげるけど。竿を持ってる人をそのまま水中に引き摺り込むタイプだと思うんだよね。

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