第28話_誘い
「働き者だねぇ、昼はカフェ、夜はベッドかな?」
「あなた、は……」
一歩近付くと、彼女は怯えた様子で半歩下がった。だけど私の身体が影から出たことで、女であることと、それからカフェに来た客であることに気付いたらしい。微かに彼女から怯えの気配が減るものの、警戒している表情はそのままだ。
「そんな服も可愛いね」
カフェで私が目を付けていた可愛いラグドールちゃん。落ち着いた店内で見たあの上品なエプロン姿とはまるで系統の違う、夜の女性であることを教えてくるような扇情的な服装を今は纏っている。背後に回ったので背中が大きく開いているのは分かっていたけど、こうして正面に回ると更に際どい。私程度の身長から見下ろしても、深い谷間が十分によく見えていた。ま、本当によく似合っているけどね。
「さっきのは君のお客様かな?」
「……その、すみません、もう行きますので」
私の問いには答えず、彼女は私の横をすり抜けようと一歩踏み出した。けれど私は彼女の道を塞ぐように立ち塞がる。ぶつからぬように慌てて足を止めた彼女が、非難めいた目で私を見上げた。いやはや、急停止するだけでも胸が揺れるのがよく分かるその服装、本当に毒だね。
「そんなに邪険にしないで。君のお仕事を聞いてるだけ」
「私がどんな仕事していても、あなたには関係ないでしょう」
「大ありだね」
私が塞いだのとは逆側から再びすり抜けようとしていた彼女を、今度は腕を伸ばして引き止める。あんまり身体には触れないように止めてるつもりなんだけど、動いた拍子にふわふわの尻尾が足に当たって、変な声が出そうだった。今そういう雰囲気じゃないので尻尾の可愛さに興奮するのは後にします。
妙な人間に絡まれて身動きが取れない彼女の困り果てた顔が可哀想で、大丈夫と知らせるみたいに柔らかく二度、その背を叩く。図らずも抱き締めるみたいな体勢になってしまったな。彼女が身を固めたのも、その状況に気付いたからだと思う。
「君がお金で買えるなんてそんなに都合の良い話、見逃せないでしょ」
耳元で囁けば、息を呑んだ彼女が私を見上げた。目と鼻の先で見つめた瞳は、暗がりでも輝くような美しい金色だ。
「私にも買わせてよ。いつなら空いてるの?」
明らかに困惑している彼女から、そっと身を離す。彼女はもう逃げ出そうとはしていなくて、ただ私を呆然と見つめていた。
「私はアキラ。此処から少し西にある『ノランダ』って宿に泊まってるから、売ってくれるなら連絡して。まあ、カフェにもまた行くけどさ」
言いながら私は自分の腰に引っ掛けている巾着袋に手を突っ込む。手探りで目当てのコインを掴んで取り出した。
「引き止めてごめんね。はいこれ、迷惑料」
銀貨二枚を押し付ける。一番渡しやすい谷間に突っ込んだら流石に怒られるだろうから、呆気に取られているせいで力の緩んでいた手を握るようにして渡した。
「じゃあまたね。おやすみ」
最後に掛けた声に彼女は何かを言いそうに唇を震わせていたものの、言葉は無かった。
私が立ち去る方向は、さっきの客が進んだのと同じ道。つまり彼女とは逆方向だ。塞いでいた道を空けて、擦れ違う形で彼女の後方に歩く。しばらく進んだ後、西側の道へと抜けるべく曲がる時に軽く背後を振り返った。彼女の姿は、もう無くなっていた。
「は〜、尻尾と耳、可愛かったなー」
そしてようやく反芻する私。ふわってしてた。あの尻尾。ズボン越しでも分かる。ふわってしてた。顔押し付けてモフモフしたい。幾らでも払う。そんで耳よ。私のことずっと警戒してるもんだから、ぴーんって後ろに向いてペタンコ。可愛すぎて叫びそうだった。私はよく我慢していたと思う。
「垂れ目が強気に睨んでくるのも最高だし、はぁ〜早く抱きたい」
欲求がだだ漏れですが、そうこうしている内に宿に到着してしまいました。消音魔法で物音を消しながら、部屋に入る。音も無く帰った私に、ぐっすり眠るラターシャが気付く様子は無い。このまま音を遮断しながら、もう一度お風呂に入って寝ますか。
急いては事を仕損じる。
今日からは一旦、ラグドールちゃんの出方を待ちましょうかね。
そう考えた私は翌日、彼女の働くカフェには行かなかった。ラターシャと一緒に東の端にある本屋へと赴いたので、お昼もその近くにある食堂にしたのだ。そこからカフェは少し離れていた為、カフェ以外を選んだことをラターシャも疑問に感じた様子は無かった。
そして宿へと戻ったのは夕方遅く。空がすっかりと赤く染まった頃。
「――ああ、お嬢さん。名前は『アキラ』さんで良かったかい?」
「うん、そう、アキラだよ」
帰るなり、ロビーで宿のご主人から声を掛けられる。部屋を取る時に記帳はしたが、「アキラです」と挨拶などはしていない。私がこの街で名乗ったのは、昨夜一緒に飲んだ人達に聞かれて答えたのと、もう一人だけ。
「手紙を預かっているよ」
「ありがとう」
手紙なんてものを寄越しそうな人は流石に、一緒に飲んだ面子には居なかったな。
ご主人にお礼を告げて、部屋へと戻りながらそのまま手紙を開く。隣でラターシャは不思議そうに首を傾けていた。
『昨夜のご無礼をお許し下さい。伽をお求めでしたら明日の夜、閉門の鐘が鳴る頃に同じ場所でお待ちしております。一夜に付き銀貨五枚となりますので、先日頂いた分を差し引いて三枚で構いません。ナディア』
ラグドールちゃん改め、『ナディア』ね。
手紙を丁寧に封筒の中へと戻して、胸元のポケットへと仕舞い込む。
「アキラちゃん、誰から?」
「ふふ」
笑みが浮かぶのが止められなくって、思わず声が漏れた。
「昨夜会った、可愛い人からね」
私の言葉に途端、呆れた顔をしたラターシャが「もう引っ掛けたの」と言った。いやいや。人聞きの悪い。釣り糸を目の前に垂らされているのは多分、私の方だよ。




