第23話_契約
昨日と同じカフェに入り、また二階のテラス席を希望した。付いてくれた店員さんはラグドールちゃんではなかったけれど、席へと案内される途中に彼女を見掛ける。今日も働いていたらしい。笑みを浮かべて小さく手を振れば、彼女は一瞬目を丸めた後で、会釈をしてくれた。同時に隣からラターシャに肘で突かれる。手を振っただけですってば。
「大丈夫だって、何もしないよ」
「本当かなぁ」
既にちっとも信用されていないのが楽しい。これを楽しいって思っちゃうからダメなんだろうな。
そして注文を終えた後、私はやっぱりラグドールちゃんの鑑賞をしていた。今日も可愛いな〜。しかしラターシャからすごく呆れた視線が注がれている。見てるだけ、見てるだけだよ〜。
「今日この後は、違う本屋に行く?」
この話題、本当に気になっているのが半分、私の鑑賞を止めさせたいのが半分だな。思わず口元を緩めつつ、ラターシャの健気な努力に免じて私は視線をラグドールちゃんから外した。
「ううん、今日は宿に戻ろうか。宿で簡単に、弓の型を教えてあげるよ」
「本当?」
瞬間、ラターシャの目がきらきらと輝いた。折角、練習用の弓を買ったんだから、早く触らせてあげたい。それに二軒目の本屋に行くのは、今日買った本に軽く目を通してからの方が良いだろう。内容が被ってしまうと悲しいからね。そういうことで今日の午後は、型の基本を教えて、ラターシャが自主練習をしている傍らで本を読もうと思っていた。改めて思うとかなり自分本位な予定なんだけど、ラターシャはそんな風に感じた様子無く、嬉しそうにしている。良い子だねぇ。
その後、私はラグドールちゃんに軽く視線を向けることはあっても声を掛けることは無いままに、ランチを終えた。お会計も済ませ、給仕に入ってくれた店員さんの案内で一階へと下りる。階段の傍にラグドールちゃんが居るのだけど、ラターシャが後ろから服の裾を強く引っ張っている。声を掛けるなよって圧力だな、これは。可笑しくて堪らず笑いながら、やっぱり小さく手を振るだけにしておいた。彼女はまた、軽く会釈をした。
「厳しいなぁ〜ラタは」
「私は普通にしててほしいだけだから!」
「ふふ」
段々ラターシャを揶揄うのも楽しくなってきちゃったな。でもバレたらもっと怒らせそうだからこの辺にしておきましょう。
「あ、そうだ。ラタに一つお願いがあったんだった」
「なあに?」
宿に戻り、収納空間から練習用の弓を取り出していた時に思い出した。取り出したものをテーブルの上に並べた後で、小さい巾着袋を引っ張り出す。私の傍に来たラターシャが、その袋から出てきた石を、不思議そうに眺めていた。
「これはね、魔法で作った石だよ」
「えっ……魔法石……?」
そう呼ぶんだね。これは先日私がサイドテーブルに転がした黒い石だ。私の魔力の結晶とも言う。
森の中で木風呂を作っていた際に、ちょっと加減を間違えて魔力を出力し過ぎたら米粒みたいな結晶が落ちてきた。その時のものは拾った瞬間に消えてしまったんだけど、街に着いたらちゃんと作ってみたかったのだ。それを実行したのが、昨日の話。
「実物を見るのは初めて……アキラちゃんが作ったの?」
「うん」
信じられないような顔で、ラターシャは石を凝視していた。やっぱりこれ珍しいんだろうな。私でもめちゃくちゃ魔力が持って行かれたんだから、並の魔術師にはまず作れないだろうし、物凄く優れた魔術師でも、全魔力を注いだところでもっと小さいものにしかならないだろう。
「それで、私にお願いって?」
「うん、これを完成させるのに、ラタの血が欲しいんだよね」
「……血?」
あ、完全に話す順序を間違えたな。私は慌てて言葉を付け足した。
「大丈夫だよ、悪いようにしないから。指先ちょっと切らせてもらって、一滴だけ。すぐに治癒するよ」
いや、何も大丈夫そうに聞こえないな。どうして咄嗟に出る言葉がいつも悪党っぽくなるんだろう。悪党だからか? ラターシャは難しい顔で首を傾ける。
「うーん……よく分からないけど、指を切ればいいの?」
こんな雑な説明でも、手伝ってくれるらしい。ラターシャは本当に従順で良い子で、普通に「やったー」と思っちゃう私は本当に悪い奴だな。
早速ラターシャを椅子に座らせて、人差し指を出してもらう。私は別の袋から、細い針を取り出した。先端を魔法でしっかり浄化して、準備オッケー。
「一瞬、チクッとするからね」
ごめんよ。これだけはちょっと我慢してね。ぷすりと軽く刺した時、痛みを堪えてラターシャがきゅっと身を固めた。同時に指先から出てきた血を、黒い石の上へと一滴落とす。
「よし、回復」
最優先でラターシャの指先を治しておく。私が付けた傷だけど、だからこそ一分一秒も長く、痛い状態を長引かせたくない。魔法石に視線を落とせば、血は既に石の中へと取り込まれて、表面には何も無くなっていた。
「上手くいきますように。――対象契約」
私の魔力を少し注ぎ込めば、石に込めておいた術が発動し、呼応して魔法石が輝き始める。その光は直視が難しいくらい強くて、思わずラターシャと二人で目を閉じる。そして光が収まったのを感じて目を開ければ、私の手に乗っていた石はその様相をすっかりと変えていた。
「わ、すごい。綺麗……」
「これは多分、ラターシャを示す色だよ。本当に綺麗だね」
黒くて何の光も通さない石だったそれは、輝くような琥珀色になっていた。あまりの透明度の高さに、石越しに見た私の指の形を、少しも歪めていない。きっと所有者として登録したラターシャに呼応したんだろうから、この美しさが、彼女の『魂』の美しさなんだと思った。
しばしその美しさを眺めてから、私は事前に用意しておいた金具に石をはめ込んで、革紐を通す。これで無事に、魔法石のネックレスが完成だ。
「はい、これラターシャにあげるね」
「え、えぇ? で、でも」
「だってラタに契約させたから、ラタ以外が持っててもただの石だよ」
短い沈黙の後で、ラターシャがじっと私を見つめる。血を貰う前にその辺りを説明しなかった理由を察したらしい。賢いねぇ。そうだよ、受け取りを遠慮させない為だよ。
「これは『守護石』。契約者であるラターシャを、危険から守る石なんだ。そしてその力が発動した時には、ラターシャの居場所を私に教えてくれる」
後者の機能を付けるのに一番苦労したんだけど、大事だったので。私の魔力の結晶だから大抵の脅威は防いでくれると思うけど、流石に無制限ではないし、私が助けに行けるのが一番確実だ。
「ラタのこと、何からでも守るって約束したからね。ほんのちょっと離れるような時間があっても、例えば一人でお散歩しても、安全なようにしたかったんだ」
ラターシャは可愛いから、目を離した隙に良からぬ奴らに攫われるかもしれない。特に今この街では不審な余所者がうろついているとも聞く。念には念をだ。
「……ありがとう、アキラちゃん。大事にするね」
少し潤んだ目で、ラターシャは石を見つめていた。
そんな反応されちゃったらもう、可愛くて。私が夜遊びする間、宿にラターシャを一人で残すのが不安だからって理由なのは、流石に言わないよ。




