第112話_レッドオラム帰還
城から転移魔法を利用した私は、レッドオラムの宿には戻らなかった。向かったのはレッドオラムに近い森の中。先日、ナディアを誘い込んだのと同じ場所だ。テントを一つ出して、中にベッドを配置する。
「熱、まだちょっとあるな」
帰るのはこれが下がってからにする予定だ。大好きな木風呂を出して、いつもよりのんびりと湯浴みして疲れを癒してみる。身体の疲れは勿論あるけれど、精神的にもやや疲れた。魔法って結構、集中力を使うんだよね。
そして私が回復してレッドオラムへと戻れたのは、翌日の夕方。思ったよりぐっすり寝てしまったな。
「ただいま〜」
五人部屋に転移してすぐそう呟くけれど。何と、誰も居ない。私のただいまが無人の部屋に空しく転がる。
「なにそれ寂しい」
壁に掛かる時計を見て、多分もう食堂に下りたんだなと肩を落とす。ちょうど夕食時だね。
「食堂に下りても、席が無かったら悲しいな……どうしようかな……」
四人って丁度いいからなぁ。私が居ないからこれで良いか〜って、四人用のテーブルに座っている可能性が大だ。そしたら私は一人、別のテーブルで食べることになるんだ。ううっ。
そう思いながらも、お腹は減ってしまっているので食欲に負け、さっさと食堂に下りて店内を見回す。何処に居るんだろう。別の店だったら更に寂しくて泣いちゃうんだけど。一瞬、彼女らを見付けられなかった理由はすぐに察した。見覚えのないデケェ男二人が傍に立っている。やれやれ。私、疲れてるんだけどな。
「四人でそんな広いテーブルを使うのも寂しいだろう」
「俺達は親切心で、一緒に座ってやろうって言ってるんだ」
アホなナンパだな。どういう理論なんだ。そこら中に空いてるテーブルがあるだろ。二人だけで仲良く座ってろよ。
明らかに不愉快そうな顔をしたナディアが、男達に文句を言い掛けて口を開く。けれど、すぐに私に気付いて振り返っていた。また匂いでバレちゃった。いや、今回は隠すつもりなんて無かったけどさ。
「――そこは私の席だよ。悪いけど、お兄さんら退いてくれる?」
「あぁ?」
「アキラちゃん」
男達の影になって私が見えていなかったらしいラターシャ達も、私を見付けたら、ちょっとほっとした顔をした。遠くから見た限りみんな表情には出さず気丈にしていたけれど、やっぱり怖かったよね。男達に対しての怒りが膨らんだ。私の可愛い子達を、なに怯えさせてくれてんだ。こんなに人目に付く場所じゃなかったらそれだけでもう殺したんだけど、私の怒りに少しも気付いていない男達は、振り返って私の顔を見ると急に気持ち悪い笑顔を浮かべた。
「へえ。お嬢ちゃんも一緒なのか。しかし女の子らばっかりじゃこのテーブルは広すぎるだろ? 一脚追加すりゃ全員で座れるし、丁度いいじゃないか。なぁ?」
言いながら本当に椅子を近くのテーブルから引き寄せてくる。絡むねぇ。優しく話し合いで追い払ってあげても良いんだけど、今はお腹が減ってて面倒くさいので、ごめんね。
「要らないよ。他の席に行って」
「まあまあ、そう言うなって――」
私の肩に腕を回そうとしたバカは、そのせいで脇がガラ空き。無防備なその場所を目掛けて、収納空間から取り出した短剣を突き立てた。私は優しいから、鞘付きだよ。「ギエッ」って面白い声を出した男がその場に蹲る。しばらく動けそうにない。脇って神経が集中してるし、ちょっとの攻撃がめちゃくちゃ痛いよねぇ。
「あ〜、鞘から抜くの忘れてたなぁ」
煽るように短剣を鞘から二度抜き差しして音を鳴らす。もう一人の男は一瞬驚いた顔をして、その後、怒りの形相になる。
「お前……!」
身体はケイトラントよりもずっと大きいのに、迫力の無いやつだな。彼女の方が余程怖かったよ。男が私に掴み掛ろうとしたので、手首をその鞘付き短剣で刺すようにして叩き落とした後で、真っ直ぐに喉に切っ先を向けた。
「また外すの忘れてたね、鞘」
鞘の先で喉を押されている男は、怯えたように数歩下がった。途端、入口の傍から一人分の拍手が響く。
「お前はナイフを持たせても一流か」
「あれ、ガロだ。どうしたの」
瞬間、私が相手をしていた男二人が小さな悲鳴を上げて、食堂内もざわついた。「冒険者ガロだ」って声が何処かから聞こえて、へえ、人気者じゃんって思って笑う。何となく察していたけどそれなりに冒険者として名が知れている人なんだね。彼が私達の傍へと歩み寄るのを、食堂中が見守っている気がした。
「止めておけ、見覚えのあるゴロツキ。こいつは俺も頭が上がらん怖い奴だぞ」
「人聞き悪いなぁ」
っていうか今、見覚えあるって言ったね。察したぞ。お前らガロにも懲らしめられたことあるでしょ。男二人は恐怖で真っ青になりながら大慌てで食堂を立ち去って行く。過去のガロ、私より酷い懲らしめ方をしたね? しかしあんなに怯えておいて、全く懲りてないのがすごいんだけど。まあいいや、ああいうのは病気だからね。
「ありがとう、ガロ。お気に入りの短剣を汚さずに済んだよ〜」
「ハハ! そっちかよ」
私の言葉にガロが楽しそうに笑う。半分は見栄だけど、そんな風に受け取ってもらってない気がする。少なくとも私は『一流』ではないよ。過大評価だなぁ。
「ガロもご飯、食べに来たの?」
「いや、前を通り掛かったら、何か騒がしかったからな、お前達かもしれんと思って心配した」
「あはは、大正解だね」
「全く、こんな予感は当たらないでほしい」
肩を竦めている動作が妙に様になる。この人、若い時は相当モテただろうなぁ。いや、今もかもしれない。そして騒ぎを聞き取っただけで様子を見に来てしまうこの人は、絡まれていたのがもし他の誰かであっても、助けに入るんだろう。今更だけど、お人好しだよな。
「お客様! お怪我はございませんか!?」
店員と警備らしい人達がようやく駆け付けた。ちょっと来るのが遅いねぇ。此処は中の上の宿に連なる食堂だから、ああいうのほとんど無いはずなんだけどなー。聞けば、ロビーの方でも騒いでいる酔っ払いが居て、そっちを対応していたらこっちに気付くのが遅れたらしい。こっちはまだ騒ぐってほどじゃなかったもんね。タイミングが悪かっただけか。
「怪我は無いからもういいよ。次からは、勘弁してね」
何度も頭を下げてくれるのを宥めて下がらせる。ガロも本当に様子を見に入っただけだったらしいので、軽く「またな」と言って出て行った。去り方までカッコイイねぇ。
「はー、重ね重ね、疲れたわ」
「アキラちゃん、お疲れ様。おかえりなさい」
「もうお仕事は終わったの?」
「うん、帰ってきたよ。ただいま」
みんなが口々に「おかえり」と告げてくれる中、ナディアだけは何も言わずメニュー表を渡してくれた。お腹が減ってるから普通に嬉しい。いつも通り沢山の注文をすると、みんながちょっとずつお皿を移動して、私の前に大きなスペースを作る。ありがとう。いつも圧迫してごめんね。私が居るだけで六人用テーブルでも手狭なんだよ。お呼びじゃない以前に、本当に人が加わる余地が無いんだわ。




