第111話_領地
「山を……ですか?」
確認するようにそう問う王様へ、私は一つ頷く。彼が驚きを見せたのはこの一瞬だけだった。
「アキラ様の領地とすれば宜しいのでしょうか」
「うん、出来る?」
「直ちに確認いたしましょう」
なんか、もう王様も私に慣れてる気がする。今後、振り回すにしても緩急を付けた方が良いかな。別に、彼らを弄んで遊びたいわけじゃないけどさ。「心得ております」って顔されるのも面白くないんだよ。まあ、今はいいや。山が欲しいのは本音なので。
「現在の領主を確認しろ」
「畏まりました」
指示を受けた従者も文句一つ言わずに恭しく頭を下げて部屋を出て行く。
「私の記憶が正しければ、あの山は領境にございます。ただ、あの山はほとんど開拓の手が入っておりません」
「あー、そうなんだよね。自然のままで綺麗に残ってるから気に入ったんだ」
ほぼ嘘だけど、王様は「なるほど」とか言って頷いている。
開拓されていない理由は、魔物であるようだ。依頼を受けた時にも説明があったが、あの山は魔物が多いと言われている。でも実際は麓だけがやけに多かった。上の方に居なくても、平均すれば確かに他の山より魔物が多いんだと思う。普通の人は私みたいに山の上空を飛び回って中に入り込む真似なんて出来ないから、山の入り口である麓だけを見て、「あの山は魔物が多い」ってことで、手付かずとなっていたようだ。
従者はすぐ戻り、王様の予想通り、あの場所は二つの領主がおおよそ半分ずつあの土地を分け合っていると説明してくれた。
「領主らに連絡し、明け渡すよう命じます。エーゼン及び此度の竜種討伐の功績を認め、その魔術師に爵位と領土を授与するという名目で」
「あー、領土を持つなら地位が要るのか」
爵位ね。そっか。うーん、それだけを渡されたら絶対に受け取らないけど、山の為に必要なら仕方がないかなぁと思う。ただちょっと気持ちが外に出て眉を寄せた為、心情を汲み取るように、王様は私の言葉に頷いてから直ぐに説明を付け足した。
「はい。しかしアキラ様は王族である我々よりもお立場は上となりますので、あくまでも『爵位』は形式的なものです。担うべき責任や義務の一切は私共が引き受け、免除いたします」
本来は、領土面積に応じた額を国へ納税し、定例会議および臨時会議について、招集があれば出席する義務があるそうだ。それを易々とこの場だけで口頭で免除されて、救世主って自由な立場だなと、他人事のように思った。
「本来であれば、もっと大きく豊かな土地を献上したいところでございますが、……あの山で宜しいのですか?」
「無駄に広い土地があったって、持て余すからね。あの山で充分。今は呑気に旅をしているけど、その内あそこに永住するよ、多分」
そういう未来があっても良いかなと思うのも、本音だ。一生、旅をしているのも悪くないけれど、この先もずっと帰る場所が無いのは寂しいだろう。
「あ、開発されてないところが気に入ってるから、私がお願いしない限りは、誰も入らないようにお願いね」
「承知いたしました」
私が領土云々と言い出したせいでもし王様達が張り切ってあの山の調査や開発に乗り出すことになったら、集落が見付かってしまう。私がケイトラントに怒られるよ。それに、私には私の利があってあの場所を確保したいので、変に荒らされてしまっても困る。
「領名は、アキラ様の名に致しましょうか」
まだ領地も明け渡されていないのに、王様は既に手続きを進める気のようだ。まあ、王様がこれだけ前のめりなら頓挫もしないだろう。素早く話が進むなら私にとってもありがたい。そして、領名か。確かにそれは最初に決めなきゃいけないことだな。
「いや、『クヌギ』にして」
「クヌギ……構いませんが、それは」
「私のラストネーム」
そういえばまだ、王様達には名乗っていなかった。ラストネームは貴族しか持たないものだと教えてもらってからは、もう使えないものだと思っていたから。使う日が来るとは想像もしていなかったな。
「私のフルネームはアキラ・クヌギだよ。もうほとんど使わないからね。忘れないように、付けといて」
「……畏まりました」
王様は一瞬、言葉を選ぶ顔をした。自分達が『奪った』ものの一つだって気付いたからだろう。だけどもう、王様達が、他の誰かが、どんな言葉で詫びてくれても慰めてくれても。取り戻せるものは何も無い。
「二日後改めて我が城においでになるまでに、手続きを進めておきます」
それ以上、話を掘り下げること無くそう続けた王様に対して、それが正解の対応だよと心の中だけで呟く。それに免じて、微かに湧き上がっていた怒りを、ゆっくりと飲み込んだ。
「うん。急な我儘でごめんね」
「いいえ。多くの民の命が守られている事実を考えれば、アキラ様からの願いなど安いものばかりです」
「はは」
「本心でございます」
分かってる。だから私は、笑うんだよ。
「どうか、此度の報酬も受け取っては頂けませんか?」
けれど更に続いた言葉はちょっと予想外で、私は目を丸めた。領土や爵位を貰うって、そんな安い話じゃないと思うんだけどな。だって私と同じタイミングで従者達がびっくりした顔してるじゃないか。ベルクだけ当然と言わんばかりの無表情。似た者親子め。私は押し問答を諦めて、肩を竦める。なんか一回言い出したらしつこそうだし。
「なら次回以降は受け取るよ。今回は、領土で」
私なりに譲歩したんだけど、王様はちょっとだけ不満そうな顔をしていた。最後には「畏まりました」と言ってくれたが、渋々とだ。前にもこんなことがあった気がする……どうして受け取る側が値切らなきゃいけないんだよ。
「ところでアキラ様、二日後なのですが」
「うん?」
あの可愛い侍女のカンナと過ごす一夜のことだね。大変楽しみにさせてもらってるんだけど、何か変更があったのか? 一瞬テンションが下がりそうになったけど、王様の用件はそうじゃなかった。
「ご指定の娘と、お部屋のご用意は勿論させて頂きます。その前に、宜しければ我が城でお食事は如何でしょうか」
お城の食事かぁ。
確かに興味はあるねぇ。何で王様がそんなことを誘うのかは知らないけれど、罠だったとしてもこの人達が私を嵌めることは出来ないし、今回は諸々の様子見ってことで受けよう。私が承諾すると、後ろに控えていたベルクの方が嬉しそうに微笑んだ。彼も同席するんだってさ。その食事。
「あ、いつも通りの服で良い?」
「問題ございません。私とベルク含め、事情を知る者だけの小さな席と致します」
そんな経緯で、私は二日後、女の子の前に城でディナーを楽しむ予定になった。当日の詳細なスケジュールを確認し合ったところで、ようやく今回の任務も完全に終了だ。




