第110話_事態収束
元の場所に戻るまでの間、上空で遭遇した竜種は一匹だけ。また、残してきた麓の現地兵らの報告によると、私達が不在の間に襲ってきた竜種は二匹。何とか大きな被害なく討伐が出来たと言う。それ以外の脅威は今のところ確認されていない。私が何も言わず沈黙していると、ベルクとコルラードが小さく会話した後、決断した。
「夜まで待機して、状況が変わらなければ帰還いたしましょう」
「はーい」
間延びして呑気な私の返事を聞いたベルクは、何故か穏やかに目尻を緩める。何だよその顔は。私に慣れるな。
現地の代表者とベルクが話をする間も、空や周囲を見張っていたが何にも来ない。一匹も来ない。茶色い鳥が飛んでいた。平和だな。
こんな状況なので、ベルクの報告を聞いた代表者は、私達が今夜にも撤退することについてあまり渋らなかったようだ。国の第一王子を相手に渋ることができる国民はそんなに居ないと思うんだけどね。
「まだ三時間ほどございますので、アキラ様は少しお休みください。休める場所を用意させました」
「ああ、助かるよ。ありがとう」
日が暮れるまでは約一時間の見込み。そして日が暮れてから二時間ほど様子見するとのこと。その間、私だけ休ませてくれるらしい。異変があったら呼ぶと言いながら、休める場所にベルクが案内してくれる。……が、案内された場所は、本来、兵士が休むにしては上等すぎる設えで、笑ってしまった。気を遣い過ぎだろ。人が居なくなったところで鏡を取り出して、仮面を外す。
「まだ、大丈夫そうかな」
少し目が充血しているものの、鼻血を噴いてぶっ倒れる感じは無い。今回もかなり暴れたけど、前よりは魔力に身体が馴染んだみたいだ。
通信用の魔道具に使う大きな魔法石を作ったお陰かもしれないな。魔法石を作るのは、ほどよく魔力を身体に馴染ませるのに丁度いい作業だった。思った以上に良い方向へ働いてくれているらしい。
しかし今回の反動が全く無いわけでもなく、現在私の体温は三十七度三分。身体の芯も少しだけぴりっと痛む。
ベルクの計らいで折角休める時間を貰えたんだから、大きな反動になってしまう前に本気で休ませてもらおう。用意されているベッドに、容赦なく寝転がった。
その後は結局、待機を予定した時刻まで、竜種は現れなかった。つまり私は一度も呼ばれないまま三時間ぐっすりだ。私がドラゴンと呼んだあの大型竜種が消えたことで全て元の地域に戻ったか、別の地域を探したか。何にせよこの場所の脅威は無くなったと見ていいだろう。起こしに来てくれたベルクの報告を聞きながら、私は仮面を付け直す。
「念の為、最後に軽く山を旋回してこようかな。構わない?」
「勿論でございます。ご協力に感謝いたします」
欠伸を噛み殺しつつ身体を大きく伸ばして、立派な休憩場所を抜け出す。身体は未だ少し怠いし、熱も下がってはいないけれど、ピークは越えたと思う。多分。何となく。
最後の旋回に同行したがっていたベルクとコルラードをしれっと置き去りにして、山の上空を飛行する。私には魔力探知スキルがあるから暗くとも魔物の気配は分かりやすい。やっぱり麓の方だけに気持ち悪いくらい居て、上に向かうほど居ない。竜種と思われる気配については一体も捉えることは無かった。もう本当にこの山には居なさそうだ。
そして見回りついでに、先程の集落の上空も通過する。
「ぽーい、っと」
ケイトラントが門の近くに居たから、その二歩分くらい横へ、石を包んだ紙を投げ落とした。彼女はすぐに私を仰ぎ見る。手を振っても良かったかもしれないが、ベルク達から少しでも私が見えていたらまずい。何気ない顔でそのまま飛行して別の場所へと移動した。
投げたのは、短い報告の手紙だ。石はただの重し。
竜種がこの山で活発化していた理由と、とりあえず解決したから当面は心配ないだろうってことだけ。手紙を投げるような真似は日が落ちてからじゃないと出来なかっただろうな。位置的には麓から見えないはずだけど、万が一でも見えていたらこの集落が見付かってしまう。待機が夜までになって丁度良かった。まあ、昼の内に帰るっていうなら報告も何もせずに立ち去ったが。これはただのサービスだ。
その後も適当にのんびり飛び回ってから、ベルク達の元へと戻る。
「竜種は居ないみたい。他にも特に異常は無いと思う」
「そうですか。では、もう問題は無いでしょう」
安堵した様子のベルクが代表者にもそれを報告しに行って、私達は来た時と同じような経路で、城へと帰還した。
「疲れた〜。あ、私は途中、休ませてもらったけど。ベルク達の方が疲れたよね」
「いえ、アキラ様ほどの負担はございません。あなたがいらっしゃらなければ、解決には至らなかったでしょう。あのような巨大な竜種、私達では討伐が叶ったかどうかも……原因の地域を発見することすら」
「あはは、そうだね」
転移した先は魔道具の置いてあった場所だったから王様も居たんだけど、私は彼らを置いて先に応接間へと通された。数分後、ベルクと共に王様も応接間へと移動してくる。
「大体の報告は受けました。此度も誠にありがとうございました」
報告が早いな。ベルクはきっと待機していた三時間の間に、報告すべき内容をまとめて終えていたんだろう。私が寝ている間にも働いていたわけだ。その前も視察か何かで忙しかったのに、大変だな、第一王子って。
「では、お約束の金額を」
「あ。待って」
王様が従者に指示を出すべく振り返ろうとしていた動作を呼び止める。素直にと言うか、従順って言う方が近いかな。何にせよピタリと動作を止めた王様が、不思議そうに私へ向き直った。
「はい、何でしょう」
「うーん。私ちょっと欲しいものができちゃったんだよね。その報酬の代わり……には、ちょっと大きいかなー。あと二回くらい、お金はいいから、代わりに貰えたら嬉しいんだけど」
横暴な言い分だなと、流石の私も自覚できていた。だが王様はじっと私の目を見てから、「お聞きしましょう」と言って居住まいを正し、聞く体勢を取る。私はゆっくりと息を吸った。
「今日行った山。あれ丸ごと、私に頂戴?」




