第106話_見せしめ
信用してもらう必要は無い。そもそも短い時間で得られる『信用』なんて脆いものだ。そして根気強く説得するような時間も今の私には無かった。だから、都合の良い形で引き下がらせたいんだよね。
でも私の言葉にケイトラントが怯んだのは一瞬だけ。すぐに私を強く睨み付けてきた。
「自分で治癒した人間を殺す? そんなバカな話があるか」
「そうだね。でも、助けたはずの相手に槍を向けられているんだ。気が変わってもおかしくはないでしょ。それともこんな真似をしておいて、まだ自分が『助けてもらえる』と思ってるの?」
嘲笑うようにそう言えば、ケイトラントが不快そうに表情を歪める。
「私も帰らなきゃいけないし、背に腹は代えられない」
口だけの脅しで引き下がってくれたら楽なんだけど、駄目なら駄目で、やっぱり私自身じゃなくて彼女らを犠牲にする必要がある。見せしめに一つの建物くらい灰にしても構わないが、魔力探知の範囲では、近い建物には人が居るんだよなぁ。仕方ない場合は仕方ないけどね。さて、どうしようかな。
迷いながらも魔力を練って準備をしていると、都合の良いことに上空から新しい竜種が迫ってきた。ああ、じゃ、こいつらにしようか。私よりも数拍遅れて竜種の接近に気付いたケイトラントが、私に向けていた槍を一度外した。
「クソ、まだ居たのか!」
後ろのロマを庇うように動きながらも臨戦態勢を取ったケイトラント。三匹が下りてきて、多分それぞれ一人ずつを食うつもりだったんだろう。しかし竜種らのターゲットが明確になるよりも先に、雷魔法で三体まとめて消し炭にした。
あっという間に塵と化した竜種らを見て、ケイトラントが目を見開いている。
「で、次は君になるのかな、ケイトラント」
力の差が分からないほど馬鹿じゃないだろう。そういうものは実力がある程、見極める精度が上がるものだから。私を見つめる瞳はつい一瞬前までの殺意を含まず、勝てないことを理解した上で、私を敵に回して此処を守れるかどうか、その道筋があるかどうかを探るような色をしていた。
そんなものは無いからさっさと諦めて、槍を下ろしてほしいな。一対一であれば何か手段もあっただろうけれど、今ケイトラントの隣にはロマが居るし、そうじゃなくても一帯の建物に沢山の人が居る。私はただ、広範囲の攻撃魔法を放つだけ。ケイトラントたった一人の命だけで、全ての命を守る手段なんか存在しない。
「本当に、この集落の存在は伏せてくれるのか」
それが彼女の諦めの言葉だった。あー良かった良かった。私だって必要が無いならそんなに沢山を殺したくはないからさ。
「うん、君らが私と会ったことを秘密にしてくれたらね」
「……分かった。槍を向けた無礼を詫びる」
「いいよ」
軽い調子で返す私に多少の違和感は覚えているようだけれど、ケイトラントはそのまま敵意をしまい込んで、槍を下ろした。私を信用したわけでもなければ、警戒を解いたわけでもない。ただ、従う以外に道が無いことを理解したのだ。うーん、ラターシャに話したら絶対に怒られるやつ! このやり取りは、内緒にしよっと。
「ついでにこの集落に結界を張っておくよ。これからまだ竜種が来るかもしれないし」
集落はそんなに大きくない。私にとっては容易いことだった。流石にレッドオラムくらいの規模で結界張れって言われたらちょっとお時間を頂きたくなっちゃうけど、この程度ならひと息だ。私が結界を張り終えると、空を見上げたケイトラントとロマが息を呑んでいた。街を覆うような結界は、魔力感知を持たない一般人でも目を凝らせば分かるんだってラターシャ達に聞いた。私はいつも見えているので、一般人の目でどうなのかよく分からなかったんだよね。
「他に入り込んでる魔物も無いみたいだし、一旦ここは大丈夫かな。……でも竜種の活発化の原因がまだ分からないなぁ。こういうのはよくあるの?」
「いや。此処に我々が住んで三年ほどだが、そもそもこの周囲は魔物がほとんど居ない。こんなことは初めてだ」
どうでもいいんだけどケイトラントの声ってハスキーで格好良いね。
本当にどうでもいいな。今は置いておこう。
「魔物が少ない、か。……なるほどねぇ」
この集落にそもそも結界が無かったこと、そしてロマがたった一人、あんな軽装で山菜取りに出ていたこともそれで納得できる。確かに、彼女を助けて此処に連れてくるまでの道中、竜種以外の魔物は一切見なかった。この付近は本当に、魔物が少ない土地なんだな。
「っていうか、あれ? ごめんケイトラント、傷、治し損ねたかな。額と、そういえば角も……」
袖で血を拭っている彼女を見て、私は目を瞬いた。ケイトラントの頭部には左右それぞれ一本ずつ角があるが、左側の角は折れている。そして、私が治癒したはずの左側の額には大きな傷痕があった。
「いや。これは古傷だ。色々思い出の詰まった傷だ。消されても困る」
「へえ」
私の回復魔法は一般的なそれとは違って、と言っても一般的な回復魔法すら使える人はこの国には私しかいないんだけど、さておき本で紹介されているような回復魔法とは違って、古傷も治せるはずだ。でもこの話を聞く限りは、どうやら当人に拒絶の意識があれば治せないらしい。興味深いなぁ。まあ、大丈夫ならいいや。
「じゃ、私はそろそろ行くね。あまり長く姿が見えないと、国のお偉いさんが兵隊を連れて捜索しそうだ」
「それは私らも困るな……」
淡く苦笑を浮かべた彼女を見て、ちょっとだけ嬉しくなってしまう。
仲良くできる出会いではなかったけど、私なりに、ケイトラントに対しては好意的な思いがあるんだよね。やたらと大きかった竜種、タグでは亜種って出ていた強力な魔物を一撃必殺。格好良かったなぁ。
閑話休題、竜種の件は近く解決すると思うけど、しばらくは周辺に気を付けてくれるようにと伝えておく。ただ、竜種であっても私の結界は傷一つ付けられないから、この集落内は安全だ。さっきみたいな亜種でもね。
「本当に、色々と助かった。無礼だけをしてしまって、すまない。お前に礼を出来るほどのものも、此処には無い」
「助けたのは私の勝手だから、構わないよ」
ケイトラントがちょっと柔らかな声に変わっているのは、私が集落を結界で覆ったお陰だろうか。いくら魔物を見ない地域だと言っても、これがあるのと無いのとでは、暮らしの上での安心感がまるで違うもんね。でも私には大した作業じゃないから、そんなに改まってお礼とか謝罪をされても困ってしまうよ。
それに今は仕事中だから、早く戻らないとな。立ち去ろうと踵を返した直後、ふと思い立って私は肩口にケイトラントを振り返る。
「次は仮面もフードも取って、会いに来るよ。またねケイトラント」
彼女は少しだけ無防備に目を丸めていた。何か言いたげな顔もしていたけれど、私はそのまま上空へと飛び、もののついでに近くに居た竜種らを瞬殺した。




