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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

才能BANK株式会社

作者: いのまたかなこ

「いらっしゃいませ。今日はどのような事でのご来店でしょうか?」


受付の男は爽やかな笑顔を見せて深々とおじぎをした。

店内は思いのほか薄暗くかった。海外のジャズだろうか、心地よい音楽が流れている。


「これを見て来たんすけど……」


と宮川はハガキを見せる。


「ははあ、弊社のDMハガキをご覧になってご興味を。ありがとうございます。詳しくご案内させていただきますので、どうぞこちらにお掛けくださいませ」



宮川大樹は4ヶ月前に出所したばかりだった。

罪名・強盗殺人。

パチンコで借金が膨んだ宮川は窃盗を繰り返していたが、ある夜、誰もいないと思って侵入した田中家には運悪く3人家族がいた。父親も母親も抵抗し騒いだのでイラついて刺殺したのだ。


(あの状況で叫ぶやつらが悪ぃんじゃね? ったく馬鹿かよ)


宮川が最初に刺した男はすぐに生き絶えた。女のほうは刺されてもなお抵抗し、怯えて何も言えなくなっている子供を庇うようにずっと抱きめていた。


親からの愛を受けずに育った当時19歳の宮川にとって、この母親の自己犠牲精神は嫌悪でしかなかった。

女が息絶えたのがわかっても執拗に刺し続けた。母の血で体を赤く染めた子供は、いつの間にか気絶していた。


(子供が一番利口じゃねえか、大人しくしてりゃ俺だってこんなことしなかったんだぜ?)


逮捕されても宮川は全く反省しなかった。

しかしとにかくパチンコがしたいがために模範囚ぶった。そして15年経ってようやくシャバに出てきたのである。


老いた両親は宮川の服役中に病死していたがもちろん何とも思わなかった。


(うるさい奴らがいなくなってマジ清々するわ)


両親が唯一遺したボロい家のおかげで住む所には困らなかった。

けれども金がない。

宮川はまたもあちこち盗みに入り、その金でパチンコをする日々を過ごした。


その日のパチンコも大負けだった。


「クソがッ!」


イライラしながら家に帰るとハガキが1通届いてた。

ハガキにはこう書かれていた。


『貴方の眠った才能、活かしませんか? 東京都港区□□3−1 才能BANK株式会社』


(眠った才能だと? ンだよ、これ。胡散くせえな)


一度はごみ箱に捨てたがどうも気になってしょうがない。


(……ちょっと待てよ? もし俺にギャンブルの才能ってのがありゃ、一生遊んで暮らせるじゃねーの?)



こうして宮川は才能BANK株式会社に来たのだった。


「申し遅れました、私、本日担当させて頂きます菅原正義でございます」


宮川はもらった名刺をぞんざいに尻ポケットへねじり込んだ。しかし菅原の笑顔は爽やかなままである。


「まあ、とりあえず話聞かせろよ」


「はい。簡潔に言いますと例えば銀行では貨幣をですが、弊社ではお客様の才能を取り扱っているのでございます」


「ふうん、けど才能がない奴だっているだろが」


「いいえ、皆様そうおっしゃいますがご安心ください。どんな方でも必ず何かしらの才能をお持ちになって生まれてくるのです」


ヘえ、知らなかったな、と宮川は椅子の背もたれに体を預けた。椅子の背もたれは宮川の身体にあつらえたかのようにフィットし、ずいぶん座り心地が良い。そんな宮川を満足そうに見つめ、菅原は話を続ける。


「ご自身の才能にお気づきになられる方は大変稀です。そこで私共はお客様の隠れた才能を発掘し、それを開花させるお手伝いをさせていただいている、というわけでございます」


「そんなこと本当にできるわけ?」


「はい、独自の技術で可能になったのでございます」


「へえ〜、そりゃいいな。まあ、でもやっぱ金とかスゲーかかるんだろ?」


美味しい話に金はつきものだ。


「ええ、ですが才能口座開設料5万円のみでございます。他には一切かかりません」


「5万かあ〜」


「お手持ちが無い場合は才能を売ったお金で支払われるお客様もいらっしゃいます。さらに只今キャンペーン中でして、ご契約されたお客様にはお金儲けの才能を無料で提供させていただいております」


今の宮川に5万は大金だったが、キャンペーンの内容が良い。金儲けの才能さえあれば、5万などはした金だ。才能が金になるのも気に入った。


「ご契約されますと、まず常駐しております看護師によって血液検査をいたします。お客様の潜在才能をお調べする為でして、10分ほどですぐに結果が出て参ります。宮川さま、こちらをご覧ください」


菅原はタブレットの画面を見せた。宮川が前のめりになって見ると、そこには表が書かれていた。


「このように才能が可視化されるのです。表の左側は潜在才能の種類が書かれ、表の右側の有・無のマークは才能が発揮されているか眠っているかの違いでございます」


そこには『ギャンブルの才能』という項目もあった。


「こりゃいいな」


宮川はすでに契約する気満々である。


「さて、この表を参考に入才を決めていただくのです。ああ、失礼いたしました。取引の名も銀行と同じように言っているのです。入才とはお預かりのことでして、一晩こちらで用意しました部屋で眠っていただき、その間に才能をお預かりいたします。出才は払い戻しの意で錠剤にした才能をお出しいたします。また、貯才とは……」


「ああ〜! いいよ、何となくわかるって。なあ、説明なんか簡単でいいんだ」


くどい話に宮川はイラついて遮った。


「申し訳ございませんでした。とりあえずお茶を持って来させますのでどうぞ召し上がってください。特別な高級茶葉を使っていますので是非」


ここでも菅原は笑顔を崩さず、部下らしき女性社員にお茶を持ってこさせた。出されたお茶は高級というだけあってうまい。飲み干すと身体が温かくなり、イラつきが急速に収まっていく。


「ね? おいしいでございましょう?」


「おう、うまいな。けど預けているうちに才能がなくなったりよ、盗まれたりっていうことはないのか?」


「いいえ、ご安心ください。医師による徹底した管理の元、才能は永久に質を落とすことなく保たれます。何と言いましてもセキュリティーは米国防総省のお墨付きでして……ええと、こちらのステッカーがその証拠で」


「いやだから説明がなげえって!」


菅原は、失礼いたしましたと笑顔で答え、お茶のお代わりを勧める。

宮川が怒鳴ると大抵の人間は身をすくめるのだが、この菅原という男は案外肝が座っているのかもしれない。

2杯目のお茶もやっぱりうまかった。金が手に入ったらこんなお茶を毎日飲むのもいい。


「なあ、菅原さんよ。俺、この話気に入ったからもう契約進めちゃってよ」


「ありがとうございます。ではこちらにサインを。……はい、確かに。ありがとうございます。それでは早速、看護師が血液検査室へとご案内いたします。宮川さま、いってらっしゃいませ」


宮川が看護師に連れられて奥の部屋に消えていく。期待に胸を膨らませているのだろう、下手な口笛が響いていた。


菅原はそんな宮川を笑顔で見送る。

しかしその笑顔は徐々に怪しい笑顔へ変わり、宮川の姿が完全に見えなくなるととうとう声をあげて笑い出した。


「ククク……。フハハハハ、ハハハハハ。ヒィ〜ヒッヒッヒ……。馬鹿なやつ! とうとうやってやった! ククク……」


菅原正義は、元の名を田中正義という。宮川によって目の前で両親を殺されたあの子供だった。例の事件後、叔父夫妻に養子として引き取られ苗字が変わっていたのである。



4ヶ月前、菅原のもとに一本の電話が入った。宮川が本日付で刑期を終え出所した旨の知らせだった。


「そうですか……。くそっ。母さんも父さんももう二度と戻ってこないのに……。あいつがのうのうと生きているなんて……! 畜生! ちくしょう……」


菅原は、電話の相手に構わず嗚咽していた。


「菅原さん。お気持ちお察しします。実は、こういうご提案があるのですが……」


その提案について説明はこうだ。


犯罪被害者遺族のための極秘プロジェクト『才能BANK株式会社』への参加の提案である。これは我が国が2年前から始めたプロジェクトで、一般的には全く知られていないらしい。


具体的には、まず凶悪犯罪の刑期を終えた人間・それも再犯の可能性が高いどうしようもない奴にだけDMハガキを送る。DMを見た者は必ずここに来て契約に至るが、そこに何ら不思議はない。


なぜがというと、心理学とサブリミナル効果(潜在意識に刺激を与えることで得られる効果)を駆使すれば至極簡単に才能BANK株式会社に誘導できるからだ。


DMハガキにも店内のBGMにも隠にメッセージが忍ばせてある。必ず契約したくなるメッセージが。


しかし相手は元犯罪者。上手くおびき寄せても暴れられては大変だ。

そこでお茶を飲ませるのだ。

ただのお茶ではない。即効性のある精神安定剤がたっぷり入ったお茶。これを飲めばたとえどんな凶暴な人物だろうと簡単に手懐けることができる。


だから職員に扮した遺族は安心して計画を進められるというわけだ。


元犯罪者には『血液検査の結果、隠された才能がわかるのです』と甘い餌を垂らす。が、これは全くの出鱈目。

血液検査の真の目的は、健康状態を確認して使える臓器の状態を知ることだった。


入才と称し、一晩眠らせている間に手術を行って素早く臓器を取り出す。

傷口が残るが催眠によって認識できなくするから、全く気づかれることはないそうだ。

出才の際には、強力な精神安定剤を飲ませる。


すぐに心身ともに弱って死んでいくが構わない。こんな奴らは消えたほうが世のためだ。どうしようもない人間でも臓器は役立つ。

実際何人もの善良な国民の命が救われてる。


菅原が最後まで話を聞くとこういうことだった。


「さあ菅原さん、どうなさいますか?」


「やらせてください!」


菅原は即答した。


そして今日、管原は宮川と対面した。もちろん不安もあった。だが宮川は子供だった菅原の事など一切忘れてるようだった。


実際にやってみると随分簡単に事が運んだ。


菅原の案内によって宮川はこれからじっくり死んでいく。腎臓、肝臓、眼球、血液、髄液、肺、心臓と至る所を少しずつ無くして。


「父さん、母さん。やっと仇を打てたよ……」


いつの間にか、菅原の頬には熱い涙が伝っていた。



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