第4話 私も戦う。
私の名はエヴァンゲロス・ジーク・ロイシン。
王国の伯爵位の貴族にして、最早共和国との戦争の最前線となったアミノ要塞が存在するロイシン領の領主であり、要塞の管理責任者だ。
爵位を継承したのなどつい1年前の話だ。高齢の父が病で倒れ、私が後継者となった。
正直、若輩の身には余る責任の重さだ。
度重なる敗北で王国の領土はじわじわと削られ、当初は後方拠点として築かれたこの要塞が今では最前線で、共和国の侵略者たちが毎日欠かさず攻撃をしかけてくる。
我々のすぐ後方には広大な農地が広がる。ここを突破されれば王国の屋台骨たる農業生産力が低下することになり、生きのびて撤退したとしても重い責任を問われること間違いなし。
責任問題を抜きにしても領地を失った貴族は肩身が狭い。
まだ経験が浅いなど言い訳を言っている余裕などない。
共和国軍は毎日攻撃してくるが、どこかやる気が無いように感じていた。こちらの防御陣地に無防備に突撃してくるのだ。もちろんわが軍の遠距離攻撃魔法に為す術もなく斃れていく。ただ無駄に兵の命を散らす共和国軍は愚かとしか思えなかった。工城兵器と思われる物の姿も見えるが、我々を威圧するように鎮座するだけで、今まで攻撃魔法を放ってきたことなどなく、我々の損害は微々たるものだった。
しかし、今日は様子が違う。
「門周辺の防壁が崩れかかっています!至急土魔法の支援を!」
「攻撃は門に集中!敵兵も接近、かなり押し込まれております!広域攻撃魔法の使用を具申いたします!」
各防衛地点の隊長からの要望を伝えるため指揮所へ駆け込んでくる伝令達の姿が、今日はなにかが違うぞと、状況を知らせてくる。
「予備の工兵隊を修復作業へ当たらせろ!」
「薄く広く展開する必要はもうない!門を守れ!近接戦闘用意!」
「防衛兵力を門へ集中させろ!高威力の魔法を使える者を集めろ!」
戦闘が始まる前までは今日もさっさと共和国の犬どもを追い返したら美味い飯でも食おう、実は王都から良い酒が届いてるんだ、などと呑気に話していた上級指揮官達もすっかり慌てている。
ここはあえて冷静な姿を見せ、安心させるべきだろう。実際は心臓が破裂しそうなほどだが。
「いや、私が出よう。」
「な!ロイシン様自ら前線に!?」
「敵はこれまで無秩序に横隊で突撃してくるだけだったのが、今日は兵力の配置に工夫が見える。今まで置物でしかなかった攻城兵器も今日は全力稼働で砲撃してくる。本気でここを落とそうとしているんだろう。ここで出し惜しみをしたら負けるぞ。そして今この要塞で最も強力な魔法が使えるのは私だ。敵の密集している場所に全力で炎弾を打ち込んだらすぐに下がる。多少は敵の圧力も弱まるだろう。あえて攻撃を弱め、敵を引き込み、強力な魔法を打ち込む。いつも訓練でやっていることだろう。」
「今まで実戦でやる機会はありませんでしたし、ロイシン様自らが攻撃手となられることは想定しておりませんが…」
「準備しろ、議論の余地は無い。私も戦う。守備隊へは私が出ることは言うな。余計な気を回されたくない。あくまで攻撃魔法の支援があるとだけ伝えるんだ。」
「承知しました。伝令兵!門の守備隊長へ伝達!敵を橋まで誘引し密集させろ!完了次第信号弾で合図を出せ!広域攻撃魔法支援を行う!」
「はい!敵を橋まで誘引して密集させます!完了次第信号弾を撃ちます!」
「よろしい!行け!」
復命復唱した伝令兵が前線へ命令を伝えるため走り去っていくのを見送る。
「では私は防壁の塔へ上がる。あそこからなら戦域のどこにでも炎弾を撃ち込めるだろう。」
「…どうか、よろしくお願いいたします。」
「頼まれることじゃないさ。」
さて、大仕事だ。私は幸いにも魔法の才能に恵まれ、特に巨大な炎の玉を投射して広い範囲に攻撃を加える魔法が得意だ。私はこの魔法を「炎弾」と呼んでいる。これを食らわせてやれば戦場の流れは変わるだろう。しかし問題がある。
人間に向けて攻撃魔法を放つなど、初めてだ。
強力な戦闘能力があっても、私は責任者である。必要もないのに自ら戦場に立ったりはしない。
訓練はしていたし、これまで何度も防衛戦は経験したが、本当の意味での初陣は飾っていない。
これから自らの手で人を殺すのだと思うと不安なのか高揚しているのかよくわからない感情が湧いてくる。これから赴くのは本物の戦場、私の魔法で本当に人が死ぬ。
(弱い姿を見せてはいけない。貴族として、上に立つ者として、毅然とした姿を見せなければ)
もうやると決めたのだ。やると決めたからには、渾身の一撃をくらわせてやろう。