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第2話 これが終わったら俺、退職するんだ…

「あ~、しんどい。早く終わらんかな」

「星川3曹、それ何回目っすか」


ここは陸上自衛隊、東富士演習場である。

俺、星川 武章タケアキ三等陸曹は今、第一師団の訓練検閲に対抗部隊の支援要員として参加している。要するに、他所の部隊の訓練に敵兵役としてお手伝いに来ているというわけだ。


訓練が始まってかれこれ今日で7日目、最終日で、今まさに訓練の最終段階を迎えている。

一週間も山に籠っていると流石に娑婆の空気が恋しくなってくる。

一番大変なのは受閲部隊たる第一師団の隊員たちなのだろうが、支援要員というのも全く楽じゃない。


俺は愚痴る。


「俺たちはお手伝いで、検閲受けるわけじゃないんだからさ、こんなクソ真面目に陣地構築する必要あったのかね。通信手段だって民生品のトランシーバーでいいだろ。大真面目に有線張って、埋設して隠蔽までしっかりやれとか、無駄な稼働かけすぎなんだよ」

「それももう何度も聞きました」

「はあ、最初の説明じゃヘマした偵察部隊を捕まえたりする楽しいお仕事だよ~なんて言ってたのに、蓋を開けてみりゃ、延々と歩哨に立たされたりいくつもいくつも穴掘らされたり…」

「でもこの防御戦闘が最後ですよ、頑張りましょうよ」

「これが終わったら俺、退職するんだ…」

「知ってます。それも何回目っすか。同じツッコミは何度もしませんよ」


自衛隊に入って、もうすぐで5年が経過する。それを機に俺は自衛隊を退職することになっている。

依願退職というやつだ。別に自衛隊が嫌になったからとか、そういうことではない。


同じ場所にずっとい続けることができない性分なんだと思う。

小学校は6年間、中学高校は基本的に3年間、大学は、まあ人によるが、俺の場合は4年間だ。

決まった期間があって、その後は全く異なる環境へ移っていく。

だから、自衛隊も5年で出ていって、なにか新しいことがしたいなと思ったのだ。

入隊の動機も「何か新しいことがしたい」だった。今後の人生ずっとこんな風に居場所を変えながら生きていくんだろうなと思っている。


転職先は大手電気通信事業者…の末端子会社だ。

採用面接で自衛隊の通信科隊員としての5年間の経験を相当盛って話したらかなりアッサリ採用された。最初の半年は新隊員訓練期間だから正確には5年間ではないのだが、一般人にそんなことわかるまい。説明するのも面倒だ。


というわけで来年度の春から晴れて俺も「民間人」だ。

かなり心はウキウキワクワク状態だ。

その自衛隊生活の最後の仕事として訓練検閲支援の話が来たのが数週間前、思い出作り感覚でOKしてしまったのを今かなり後悔している。


「俺たち通信科隊員だぞ?通信支援ならともかく、なんで穴掘って小銃構えてんのかね。こういうのって普通科隊員がやるもんだと思ってたんだけど」

「さあ…人手不足ですかね」

「この組織、ほんとに人使いが下手くそだよなあ」


さっきから同じ掩体(地面に掘った穴)に身を隠しつつ適当な相槌を打っているのは、普段同じ通信小隊に所属する陸士長である。後輩だ。

自衛隊に入隊してくる奴らの年齢はけっこうバラバラだ。学歴も職歴も多種多様で、高校卒業してすぐ入ってくる18歳の若者もいれば、二十代後半で入ってくる奴もいる。

この陸士長は俺より1年後に入隊してきたが、俺よりも一つ年上だ。

後輩であり年上であるという関係上、お互いに気安い付きあいをしている。


「あんまりダルいダルい言わないでくださいよ。星川3曹は退職控えてますけど俺は定年まで自衛隊に居るつもりなんですからね。モチベーション下げないでください。」

「悪い悪い。分かってるんだけどな。だからお前以外の前では愚痴らないようにしてんだよ」


プーーーーー!


必死こいて線を敷設した電話機が鳴る。ナイスタイミング。

小隊長からの呼び出しである。後輩の呆れ顔を受け流し、真面目モードにシフトする。


「はい、こちら第1分隊長」


第1分隊長とは俺のことだ。なお「分隊」などと言っているが、分隊員は俺含め6人だけだ。

お手伝い隊員は各部隊からの寄せ集めであり、あとの4人のことはぶっちゃけよく知らない。

ここから少し離れた位置の掩体に2人づつ配置されて、機関銃を構えている。


「小隊長より各分隊へ。予定通りヒトサンマルマルより陣地攻撃訓練が開始される。各分隊はもう一度武器装具を点検し異状の有無を報告せよ。」

「1分隊長了解」


他の分隊長が返答するのを待たず俺は受話器を置き、隣の掩体にも聞こえるよう大きな声で分隊へ指示を出す。有線も引いてあるが、声を張り上げたほうが手っ取り早い。


「1ぶんたーい、武器装具てんけーん!」

「「武器装具てんけーん!」」


大きな声で復命復唱、元気が良くて大変よろしい。


「1班異状なーし!」「2班異状なーし!」

「分隊長了解!予定通りヒトサンマルマル開始だ!訓練想定は頭に入っているな?事前のミーティングの通りやれ!以上!質問!」

「「なし!」」


正直名前も覚えてない分隊員から報告を受ける。


「テキトーっすねー…あ、武器装具異状なしっす」

「了解了解…」


小隊長への報告を済ませ、俺たちは第一師団の攻撃部隊の到着を待つ。


あー、マジで早く終わらんかな。これが終わったら俺、退職するんだ…


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