8 次元の魔女との邂逅
「随分と過保護になったわねえ? リーチェらしくもない」
鍾乳洞には二人の魔女がいた。
ベアトリクスは、目の前の魔女を見下ろしている。目の前の魔女は、持ってきた酒をグラスに注ぎ、そっと唇に含んだ。味が気に入ったのか、満足げに微笑んだ。
「おれらしくないか?」
「歳を取ったわ。しょぼくれた。枯れつつある。弱くなったわ」
「お前までおれを年寄り扱いするなよ。酒の味はどうだ? ベッキー、城の宝物庫からくすめるのに苦労したんだぜ?」
「三点ね。度数が高いのは嫌いじゃないけど、熟成が足りないかしら。あと三百年ほど置けば十六点にはなるかもね」
「魔人には気に入られたんだが、やっぱりあんたは厳しいな。次元の魔女よ」
次元の魔女はグラスに顔を近づけて香りを楽しんでいる。所作のいずれもが優雅で、同性の目をも奪う高貴さを漂わせていた。
「昔みたいに愛称ではよんでくれないのね。寂しいわ」
「よせよ。今さら仲良しこよしってわけじゃあるまいに」
「わざわざ世間話をしにきたってわけでもなさそうね。予言を聞きに来たのかしら」
ベアトリクスは向かいの椅子に腰掛け、不躾に胡坐を掻いてグラスに酒を注ぐ。
「いいや? 何だか、久しぶりに愚痴を言いたくなってな」
「あら、やっぱり仲良ししに来たんじゃない。ふふふ、おかしな人」
静かに笑われて、ベアトリクスの顔が赤くなった。親の前で格好付けようとして、まんまと失敗したガキと同じ心境だ。酒のせいだと思うことにしよう。
「やれやれ。しかし、さっそくおれの思惑が外れちまったな」
「あの娘は貴女の操り人形ではないわ」
「それも予言かい?」
「いえ、友人としての忠告よ。予言は、人の意思まで汲み取れるものではないわ」
最も旧い友人からの忠告に、少しだけ胸が締め付けられた。操り人形。傍から見れば、確かに自分はあの子をそう扱っているのかもしれない。
しばらく二人は静かに酒を交わしていた。時折、ベアトリクスがぽつりぽつりと話すと、次元の魔女がゆったりと答える。
ボトルが終わるのが幕引きの合図だった。ベアトリクスは腰を上げた。
「行くの?」
「ああ。久々にゆっくり話せて楽しかったよ」
「みんなによろしくね」
「……?」
みんな。その言葉の意味が伝わるまでに少しの時間が必要だった。
「ああ……。またな、次元の魔女」
「ええ、また今度」
ここに来るまではあった憂鬱な気分が楽になった気がする。
ベアトリクスは振り返らず、鍾乳洞を立ち去った。
空を見上げた。雲一つない晴天だ。
それが何だか妙に苛ついた。