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ベルゼブブ魔人戦記  作者: ましろゆう
6/38

6 ゴブリンとの闘争

「こっちが遊んでる間に、奴ら、完全に態勢を整え直したぞにゃん」


 ゴブリンどもは無闇やたらと襲いかかってこようとはせず、逃げ場所を潰すために俺たちを隙間なく取り囲んでいる。連携して行動をしているところを見るに、司令塔のゴブリンがいるのだろう。よほど戦い慣れたゴブリンが混じっているようだ。

 という以下の戦況分析を、俺はにゃん付きで説明した。にゃんにゃん。


「っぷ」


 アンは吹き出しそうになっていた。いっそ殺してやろうかと俺は真剣に悩んだ。

 しかし、さすがに状況を省みたのか、アンは真顔になる。


「私は攻撃系の魔術を覚えていない。使えるのは付与魔法と回復魔法だけだよ」

「俺が戦うしかないかにゃん。さっきの『肉体強化』をもう一度掛けてくれにゃん。こうなったら仕方にゃいにゃん。肉弾戦で蹴散らしてやるにゃん」

「うん。分かった」


 アンが目を瞑り、集中する。と同時に、俺の身体に『肉体強化』が宿る。掛かるまでのラグがほとんどない。一秒でも時間が惜しい戦闘において、ありがたい能力だ。

 ベッキーがアンと繋がるように促したのは、彼女とリンクするためだった。


「このスライムは、実戦で役に立つのかにゃん? あの変態魔女が言っていたにゃん」

「呼んだでやんすか? ヤンスは紐パンティーが好きでやんす」

「そんなこと聞いてないにゃん」


 いつの間にかアンの肩に乗っていたヤンスを、ぎゅううっと鷲掴みする。このまま握り潰してやろうかと思ったが、かたちのないスライムは指の間から抜けていくだけだ。打撃や圧力ではダメージを食らわせられない。とことん腹立たしい奴だ。

『灰の手』なら殺せるだろうが、あれは加減ができないので味方には使えない。半分腐りかけのスライムを旅のお供にするなんて御免である。


「ベル君。そのまま何か武器をイメージしてみて」

「武器をイメージ? こうかにゃ?」


 俺は数百年前にコレクションしていた魔剣の一つを脳裏に描いた。

 すると俺に鷲掴みにされたヤンスが変形し、剣の形状を取った。スライムの光沢や透明感もない、色合いも硬さも本物そのものの長剣だ。そこにアンの『防御強化ガード』が加わり、長剣が青色に光り輝く。


「しかし、イメージしたのより、随分と弱そうなデザインだにゃん」

「ヤンスが変形できるのは、触れたものだけでやんす。お前のイメージと食い違うのもしょうがないでやんす。文句があるなら、本物をここに持ってこいでやんす!」


 剣がうるさいので、地面に叩きつけて黙らせた。剣は黙った。泣きながら。


「……っにゃん!?」「きゃあ!」「やんす!」


 俺たち三人の身体を強烈な痺れが駆け抜けた。

束縛バインド』だ。身体の自由を奪う攻撃魔術である。


 どこかに魔術使いがいる。オレは目を凝らすと、ローブを被っているゴブリンを見つけた。ゴブリンの亜種、メイジゴブリンだ。『束縛』は術者と対象の魔力比べである。彼奴の魔力ならこちらを数分動けなくする程度。そしてそれで十分なのだろう。


「ひ、火の玉でやんす!?」


 ヤンスが空中に現れた火球を見て叫んだ。『火の玉(ファイアボール』だ。まだ身体の自由は戻っていない。もう一匹魔法を扱えるメイジゴブリンがいたのだ。『火の玉』が次々に浮き上がる真下に、他のゴブリンの背後に隠れるメイジゴブリンがいた。


つまり、ゴブリンどもは敵を包囲してから、『束縛』で動きを抑え、『火の玉』で丸焦げにする算段だったのだ。ただのゴブリンだと思って油断している連中なら、まんまと引っかかってしまうだろう。まさしく今の俺たちのように。


 そして、呆気なく殺される。


「…………ッッ!」


 これが戦い。肌がひり付き、身震いが止まらない。久しく忘れていた感覚だ。下等種族のゴブリンでも知恵を振り絞って戦闘を有利に運ぼうとする。全盛期の俺からすれば、と言うのはここでは負け惜しみだ。今まさに獲物となっているのは俺の方なのだから。


 素晴らしい。貴様らの努力を認めよう。

だが、蝿の王はこの程度で死にはしない。

俺は全身に魔力を最大限に篭めた。


「ベル君、使って!」


アンの声と共に、温かな光が全身を包んだ。『肉体強化』の倍掛けだ。

魔力の抵抗と物理的な膂力の強化により、メイジゴブリンの『束縛』を弾き返す。俺は身体の自由を取り戻す。相手が腕の立つ魔術師ならば、このようにあっさりと解除されてしまうのが『束縛』の弱点である。 


「間に合えにゃん!」


 俺はまだ『束縛』に掛かったアンを抱え、横に飛んだ。

 間一髪で、飛来してきた『火の玉』が俺たちのいた場所に突き刺さる。

『火の玉』の破裂で一瞬、閃光が起こる。


 チャンスは今しかない。眩い光のあとの暗闇に目が慣れず、ゴブリンたちの視界が僅かな間だけなくなる。俺は暗闇の中、記憶を頼りに包囲を駆け抜ける。道中のゴブリンを切り払い、そいつまで到達する。『束縛』を使っていたゴブリンへと。


 ――グシャッ。


 俺の腕がメイジゴブリンの腹を粘土のように貫通した。

 発動するか一か八かだったが、賭けに勝つ自信はあった。これは魔術というより俺の固有特性に近い。俺の魂に癒着し、俺の一部となっている力。


『灰のカースメイカー』は細胞を腐らせ、死を与える古代魔法だ。

細胞組織を破壊しながら、俺の掌がゴブリンの腹の中身を崩壊させる。完全には殺さない。ここを切り抜けるには、こいつが必要だ。

生きたまま内臓を掻き回される激痛は筆舌にしがたい。

メイジゴブリンは死ぬよりも辛い苦痛を受けているはずだ。


「従えにゃん。さすれば楽にしてやるにゃん」


 俺は瀕死のメイジゴブリンに囁く。メイジゴブリンは目を見開き、死の恐怖と絶望に身を震わせる。魔法を使えるだけあって、頭は悪くないようだ。


「仲間に『束縛』を使えにゃん」


 痛みでまともな判断ができない奴に、命令を告げる。奴隷紋を使用しなくても無理やり言うことを聞かせることはできる。命令の強制は拷問で手馴れたものだ。

 メイジゴブリンはぶるぶる震えていたが、片腕を伸ばし、魔術を放った。

 統制を取り戻し、俺の方に襲い掛かろうとしていたゴブリンどもが、急に磔になったかのように身体を硬直させた。成功だ。


「ベル君。一匹逃げちゃう!」


 そそくさと逃げるゴブリンをアンは指差した。


「構うにゃ。奴は放っておけにゃん」


 逃走したのは『火の玉』を使ったメイジゴブリンだった。形勢が不利になったと見た途端、奴は仲間を置いて逃げた。追って仕留めたいところだが、『束縛』使いと大勢のゴブリンどもを放置するわけにもいかない。


「何か、奴らの士気が落ちているでやんす」


 ヤンスが言う通り、ゴブリンどもは力任せに抵抗するでもなく大人しくなった。


「きっと、あの逃げた子がリーダーだったんだね」

「アン、そいつを拾えにゃあ」


 俺は顎で地面に落ちている短剣を示す。


「ゴブリンメイジの『束縛』は直に解ける。ここからはお前が選ぶんだ」 

 

 いつの間にか俺の語尾は戻っていた。主人が満足してくれたようだ。


「ア、アン様に何をさせるでやんすか!」

「口を挟むな。決めるのはアンだ」


 これから修羅の道を進むアンには、覚悟を示してもらわなければならない。

自らの手で生命を絶つ行為。そして、生かすものと殺すものを選ぶ、合理的に命を取捨選択させる無慈悲な判断。


「『束縛』が解ければ、こいつらは俺たちの喉元を食らうぞ。もう、術を掛けているメイジゴブリンの命も少ない。判断を躊躇えば、俺たちが死ぬ」


 俺は冷酷に話す。

『束縛』を掛けているメイジゴブリンの胴体からは静かに血が流れている。

 そして、アンの返答は、俺にとっては反吐の出そうな選択だった。

 アンは命の尽きかけたメイジゴブリンの横に膝を着き、胴体に触れて魔術を放った。慈愛の光が小さな魔獣の身体を包み込む。回復魔術の『治癒リペア』だ。ゴブリンの胴体の傷口が塞がり、呼吸が安定する。

 アンが立ち上がり、俺たちに言った。


「すぐに立ち去りましょう。『束縛』はあと少し持つはず。先に彼らの住処を荒らしたのは私たちの方。彼らが怒るのも仕方がないわ」

「お前は生贄になりかけたけどな」


 先に集落の外へ歩いていったアンに、俺は追いつき横に並ぶ。


「それでも侵略者は私たち。話し合えると思ったんだけどな」


 えへ、とアンは照れ隠しをするように笑った。あるいは罪悪感の笑みだったか。


「奴隷にもしないのか? そういう話だったろう?」

「私はマスターのやり方が絶対に正しいとは思ってないわ。奴隷紋は私にとって奴隷を作る魔術じゃなくて、お友達を作る魔術なの」

「お友達だと……? はっ」


 またお花畑発言か。そろそろ反吐が出そうだ。

 支配するか支配されるかが常の魔人には、一生縁のない言葉だ。『お友達』など。

 俺たちはゴブリンの集落地を離れ、足の長い草が生えた草原を抜ける。


 淡い月明かりが風にそよぐ草原を照らしていた。

 俺たちは小さな洞窟を見つけ、そこで一晩を明かすことにした。

薄暗い洞窟の中、ヤンスが仄かに発光して、焚き火代わりになった。手をかざすと程よい熱が伝わってきた。ヤンスの能力でまさしく炎を再現しているらしい。とことん使い勝手のいいスライムだ。

 落ち着いたあと、俺は改まってアンと話した。

 とうとう俺の怒りも限界だった。


「アン。お前、本当にこの旅をする気があるのか?」

「うん? それってどういうこと?」

「いつか、その甘さが仇となって『お友達』に殺されるぞ、貴様」

「私の心配をしてくれるんだね。ありがとう」

「誤魔化すな」


 俺は頭を撫でてくるアンの手を振り払った。


「甘い優しい人間のままでいたいなら、一生、街の中に引っ込んでろ。あの変態にどんな命令をされたのか知らないが、さっさと忘れちまえ。お前みたいな奴は魔術師に一番向いていないタイプだ」

「お人好しほど、旅の途中でコロって死んじまうでヤンスからねえ」


 スライムが分かった風なことを言う。お前、旅とかしたことあんのかよ。

 アンは振り向いて俺を見つめ、クスリと笑った。

 ドグン、と奴隷紋が強く脈打った。俺は一瞬戦慄を覚えた。

 彼女の笑みの奥に、底知れない感情の奔流を感じ取った。

 アンは正面に向き直り、もうあの笑みは向けられていない。


「私は甘くもないし、全然優しくないよ。そんな立派な人間じゃない。私ね、ダンジョンの中に捨てられていたんだって。ジメジメした空気や、濃密な獣と血の匂い、本能が剥き出しの殺意を向けられたことを覚えている。腐敗した死の世界が、私が初めて見た世界の光景だった。物心付く前だったから、記憶も曖昧なんだけど。

……数日か、数週間か、私はダンジョンの中で生きた。そのあと探索に来ていた冒険者に拾われ、大きな街に連れていかれて、孤児院に入った」


「ふん。子供の身でダンジョンから生還するとは、おとぎ話のようだな。獣人や魔人に似たような通過儀礼の儀式があるが、そこに含まれる意味合いはまったく逆だな」

「親が、私を捨てた理由は分からない。顔も知らないしね。もしかしたらあのダンジョンの中で死んじゃったのかも。でもそれはどうでもいいんだ。

 私は、初めて見たあの光景が忘れられない。命が曝け出され、死がすぐそばにある。強者のみが生き残る残酷な世界。幼い私はその光景に感動した。確かに感動し興奮したのを覚えている。美しさに震え、思わず泣いちゃった」

「ガキの頃からのん気だったというわけか」

「私ののん気さは、たぶんそこから始まったんだと思うよ」

「恐怖の感覚が麻痺ったか。はん、将来、英雄になれるぞお前」


 英雄は恐怖を知らない。そしてその結果、早死にする。


「ベル君は皮肉屋だねえ。皮肉を言ってないと死んじゃうの?」

「さあな。やめたことがないから分からん。感動したから命を大事にするのか?」


「私は生かされたんだよ。あのダンジョンに住む魔物たちに。魔物が人の子供を助けるなんて、それこそ夢物語だけど、そうでなきゃ、私が生き残れたはずがない。残酷なルールを否定して、今も私は生きている。だから私は、生きるの」


 その言葉で俺は完全にこの少女の真意を理解した。


「それが貴様の根本か」

「そう。私の目的はそれ」

「それが貴様の覚悟か」

「私は頑固だよ?」

「……ったく、およそ尋常の神経ではないな。破壊神をも恐れぬ蛮行だ。俺は何という怪物どもに噛み付かれてしまったのだ」

「ふふっ。ベル君だったらそう言うと思った」

「偶然運よく生き残っただけで、そこまでする理由があるとは思えんな」

「生まれて初めての夢なのよ。誰だって子供の頃に抱くでしょ? 世界一の剣士になりたいとか、全知全能になりたいとか。魔王様になりたいとか? 無謀な夢かもしれないけど、私はまだ捨てずに取っといているの。ただそれだけの話よ」

「狂ってる」

「かもね。でも、そうじゃないかも」


 俺はアンを睨み、アンは俺に微笑んだ。

 互いに無言で見つめ合った。


「???? ……え? え? え? つまり、どういうことでやんすか? 何二人だけで分かり合っちゃってるすか。アン様の目的ってのは、いったい何なんでやんすか? おいらにも分かるように話してくださいでやんす!」

「あの変態は世界をひっくり返すと言った。俺は最初、世界征服などと早とちりしたが、実際の言葉の意味はもっと重大で、凶悪だったということだ」

「回りくどいでやんすね。ベル君、もっと結論から言うでやんす」

「貴様にまで君付けされて堪るか、様を付けろ、様を。変態、それとアンは、世界に生きるすべての魔族を支配すると言った。融和を結びやすくするためと」

「私は支配するつもりはないよ。お友達、お友達」

「その『お友達』とやらも、随分と上から目線の言い方だがな。しかしだ、すべての魔物を支配下に置き、融和関係を結び、等しい立場になる。こうなった場合、どうなると思う?」

「分かりにくいでやんす! ベルはシンプルに話すでやんす!」

「俺を呼び捨てにするな下郎。氷漬けにして、やすりで削って、食らうぞ」

「おいらにどうしろっていうでやんすか……」


 ヤンスがしゅんと身を縮ませる。俺は無視した。


「すべての魔物と等しくなった場合、どうなると思う?」

「どうなるんでやんすか?」

「ちっとは考えろ。脳みそないのか貴様」

「むきぃ! 馬鹿にしてくれちゃって! 脳みそくらい、おいらにもあるでや……って、ないいいぃぃ! おいらには脳という脳がないでやんす! 産まれて初めて気付いたでやんす!」

「世界が平和になるね」


 代わりにアンが答えた。ヤンスが呼応する。


「世界が平和? それは素晴らしいでやんす」

「そうだな。そして世界から一つの概念が消える」

「戦争でやんすか?」

「もっとでかいものだ。もっと根本的な、原始的な概念だ。世界が創られてから、途絶えることなく続いてきた、絶対的な生物の法則。もしそいつが消えてしまったら、世界は引っくり返る。新しい世界に変わるといっても過言ではない。その世界ではいくつもの種族が滅びることになるだろう」


 俺は、涼しげな主の顔を睨みつける。

 そして彼女の野望を口にした。


「アンは、この世から弱肉強食をなくそうとしているんだ」


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