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ベルゼブブ魔人戦記  作者: ましろゆう
3/38

3 ゲスブルー、現る

 タバコを吸う気が失せてしまった。


 ベッキーは――ベアトリクス・ウィザード・カルマフィールドは、咥えていたタバコを握り潰し、さっきまで二人がいた空間に目を向け、そっと天井を仰いだ。『BOB』の最後の客は彼なのかと思ったが、こうなると自分がそうなのかもしれない。

 彼と愛弟子は世界を変える旅に出発し、おれはここに取り残された。


 夕刻を告げる鐘の音が聞こえる。


 そろそろ教会へ行く時間だ。袂を分かれた仲間たちに祈りを捧げよう。教会へ遊びに来る子供たちにお伽話を聞かせなくては。やがて魔人と人間の冒険譚も話せるときが来るだろう。

 店の外に出ると、店員だった女の子の一人が駆け寄ってきた。


「おっと、忘れ物でもしたか? それともおれに用かい?」


 油断していたと気付いたのは、鋭利な刃物の熱を感じたあとだった。

 ――グジャリ、と刃が内臓を貫いて。


 刃物を握った子の名前はメリイ。面倒見がよくて、周りに気使いができる子だ。


「……最強の魔術師とあろうものが、情けないものですねえ。グフェッフェッフェ、あなたと言えど、年には勝てませんかぁああ?」


 女の子の可愛い喉から発せられたと思えない、しゃがれた不愉快な声。


「ゲスブルー、か……」


 この気色の悪い声、忘れるわけがない。


「聞きたいんだが、こんなものでおれが殺せるとでも思っているのか?」

「私はあのくたばり損ないの残りカスを辿ってこの娘を操ったのですが、おかしいですねえ。べーチェ、君、あの蝿畜生の魔力を体内に取り込みましたか? そうでもない限り、私が外すわけがないのですねえ」

「ふん……。おれの偽装は役立ったようだな」

「まさかあそこから逃げられるとはねえ。しかも、その糸を握っていたのが貴方だとは。ベティ、ああ、可愛いベティちゃん。醜く膨れた肉の塊風情が、次元魔法まで発現できるようになったんですか? すごいでちゅねえ」

「そんなわけねえだろ」


 ベアトリクスは一気に刃を引き抜いた。地面に零れた血液はまるで意識を持った生命体のようにゆるやかにベアトリクスの傷口へ戻っていく。脆弱な今のベルゼブブなら刺し殺せたかもしれないが、最強の魔術師を楽しませるには、いささか刺激が足りない。


「おう、なるほど、なるほどぉ。そういうことですかかかっ! 次元の魔女。次元魔法を使えるのはあの売女だけですものねえ。はっはーん、僕ちゃん読めましたよ。ベルゼブブ、……ああ、名前を言うだけでもゲロが出そう! おえっ! おえええっ! あのスカトロ塗れの魔力を奪ったのは、足りない魔力を補うためですねええ? 搾りかすでも人間程度には十分なエナジータンクになるでしょうねえ!」


 相変わらず、この魔人は何も分かっていない。頭で考えているようで、自分の信じたいように現実を曲解しているだけだ。一度でもこんな馬鹿とまともな交渉ができると思ってしまった過去の自分を殴りたい。

 どうせここに霊体を飛ばしてきたのも、高位の魔人にベルゼブブの生存を教えられて、慌てて抹殺しに来ただけだろう。自分がそいつの便利な駒となっていることにすら、気が付いていない。


 魔人は全員が全員こんな生き物だ。


身勝手で、傲慢で、考え足らずで、己が絶対だと信じ込んでいて、そして厄介なことに魔界の頂点に君臨している。魔人の中では中途半端な実力のゲスブルーですら、人間界で最強と謳われるベアトリクスと同等の魔力を秘めている。正面から戦えば負けることはないが、必ず勝てるとも言いがたい。


 ベルゼブブの対応は柔らかかったが、あれはあの魔人が特別なだけだ。あんな他の存在に優しい魔人は彼以外にいない。あまりに長く生き過ぎて、魔人としての価値観が磨耗してしまっているのだろう。


「お前には、おれたちの心は一生分からねえよ、ゲスブルー」

「ぐふぇっふぇっふぇ、面白いことを言いますねえ。下等種の考えなど分かったところでなぁんになるんですかあああぁ? 人間は私のオモチャに過ぎない。かつての貴方がそうであったようにね」

「……ったく、カスが」


 ああ、癇に障る。ゲスブルーの声を聞くくらいなら、いっそのこと耳を切り落としてしまいたい。つくづく忌まわしい。一秒毎に忌々しさが増していく。


「さあてね。オモチャはどっちかな。イモムシもどき」

「わ――――わっ、わたしをッッ、虫呼ばわりするにゃぁああ!」

「おっと、虫さんに失礼だったかな?」


 そう言って、ベアトリクスはメリイに反魔術を掛け、ゲスブルーの意識を弾き飛ばした。くたっと力が抜けたメリイの身体をやんわり受け止め、そっと持ち上げる。当然ながら、お姫様抱っこで。

 メリイを抱えたまま、教会へと足を向けた。


 あるはずのない歌声が聞こえる。耳にこびり付いて離れない、怨嗟の残響。

 この手で屠ってきた百億万の命の悲鳴。

魔族と仲間たちの断末魔が、頭の奥で響いている。

 いつか、と。

 殺戮の魔女は半分に欠けた月を見上げる。


「…………」


 いつか、この呪縛から解き放たれるときはくるのだろうか?

 これは願いか、それとも祈りか。

 どちらにせよ、まだ死ぬことは許されていない。

 この命は、とうに自分のものではないのだから。

 ゆえに、ベアトリクス・ウィザード・カルマフィールドは今宵も生き続ける。


 最後の弟子アンに殺される。

その予言のときまで。


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