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ベルゼブブ魔人戦記  作者: ましろゆう
29/38

29 巨神兵

 それを言い表すとするなら、巨人と言うしかないだろう。


 人間界の大陸の地母神ガイアを守護する巨神兵、それが降臨した姿だ。

 新米の冒険者が最初に相手するのがゴブリンという下級魔物である。 

 成人の腰ほどの高さしかない小柄なゴブリンは新米の内こそ手こずるものの、経験を重ねるにつれて取るに足らない相手になっていく。


 魔物の中で最弱と称され、他の魔物からも見くびられる存在。

 それが三十メートル以上の巨人となって、森に屹立していた。


 仲間を惨殺された怒り。長を弄ばれた憎しみ。すべてを穢された絶望。あらゆる不の感情を体現したかのような存在はただ畏怖の念を与えてくる。


 俺はそれを見ていることしかできなかった。


 魔人ベルゼブブ・ディアブロ・グラージュでさえも、その光景に呑まれた。

 巨神兵が空中で飛び交う竜を捕まえて引き千切った。


 俺はただそれを見ているしかなかった。

 巨神兵が逃げまどうオークたちを指先で捕まえて飲み込んだ。


 俺はただそれを見ているしかなかった。

 巨神兵が撤退中の人間の軍隊を見つけて飛び掛かる。


 俺はただそれを見ているしかなかった。

 巨神兵は無邪気に里や仲間の死体を踏み躙り、森を破壊する。


 俺はただそれを見ているしかなかった。

 巨神兵が同士討ちを始めた。憎しみで目が曇っているのだ。


 俺はただそれを見ていることしかできなかった。

 暴虐な神の化身は憤怒のまま木々を薙ぎ倒し、人間を襲い、仲間同志でいがみ合う。人間軍は必死に抵抗しているが、蟻が神に敵うはずがない。神の化身はそれを片付けたら、次は人間の街へ進攻するかもしれない。まさしく世界の終末の光景だ。


 ふと冷静になって気付く。俺とヤンスが奴らの攻撃対象になっていないことに。

 アンが守ってくれている。


 ベルゼブブは宝玉の光に包まれながら苦しんでいるアンを見た。半ば意識を失っているのにアンは叫び続ける。宝玉の力が暴走しているのだ。


 宝玉が引き出すのは地母神の力、今ゴブリンを巨大化させている加護の力である。

四十年前にアルミラ帝国の王女がゾルアを巨大化させ、その血筋を引いたアンがゴブリンを巨神兵に変えた、地母神ガイアの加護だ。


 その加護を最大限に引き出そうと、宝玉はアンに過剰な圧を与えている。例えるなら蛇口がダムと繋がっているような状態だ。一度蛇口が開いたら、ダムに溜まった水圧は瞬く間に蛇口を破壊し、洪水を引き起こすだろう。未熟なアンでは地母神の力に耐え切れない。このままアンの命はすり潰され、死に至る。


俺はそれを見ていることしかできない――それでいいのか?


本当にこのまま無力を噛み締めて、傍観しているだけでいいのか?


自問しているようで答えは最初から出ていた。心はすでに決まっている。

俺の頭の中にこの数日間の思い出が去来する。


 出会った日に食べたハチミツパイ。無理やり着せられたメイド服。ゴブリンに囲まれながら強制されたにゃんにゃん口調。夜を明かした洞窟での問答。


 事あるごとに衝突ばかりしていた。アンと俺の価値観は違いすぎた。

 彼女の影響で弱くなるくらい。彼女との約束を愚鈍に守ってしまうぐらいに、


 アンは俺にとって特別な存在になっていた。

 俺は彼女に感情を与えられた。

 彼女は、きっとそれを愛と呼ぶだろう。


 俺は動き出した。

 終わりを見る覚悟はできたから。


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