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ベルゼブブ魔人戦記  作者: ましろゆう
24/38

24 魔人と魔人

ゲスブルーは醜い生き物がいなくなった平野を満足げに見渡す。


「有象無象の大軍もすべて森の中。この戦争の勝者は人間でもゴブリンでもありません。この私こそが唯一にして無二の勝者ですよおほほ! ……おやぁあ?」


 森から響いてくる戦闘音がやけに近いことに、ゲスブルーは眉をしかめる。

人間の悲鳴、ゴブリンの鳴き声に乗せて、行軍の足音がさら迫ってくる。

 森に目を凝らしたときには奴らが飛び出してきた。


「ッ? 向こうの本陣がもぬけの殻だと? 何が起きている」


 一人の少年がゴブリンの群れと共に森を降りてきたのだ。

 遠くのそれを目視したゲスブルーはほくそ笑んだ。


「……見つけましたよっおおお」


 イリアに変身する際、彼女の脳内を精神操作魔術で覗き込んだ。あの少年は人間の姿こそしているが、ベルゼブブであることはイリアの記憶から分かっている。


 ベルゼブブの合図を待たずにゴブリンが一斉に本陣に突撃してきた。


 すかさずゲスブルーは『遅延』を奴らの進行先に放つ。まんまと突っ込んできたゴブリンの群れは沼の中に突っ込んだみたいにのろまになり、足を強制的に止められる。かろうじて『遅延』を逃れたゴブリンは、ゲスブルーが剣で切り飛ばす。


 その光景を目にしたベルゼブブが空中に飛び出した。ゲスブルーが放った二発目の『遅延』は外れた。『遅延』は座標固定が必要で、空中の敵を狙うには不向きな魔術である。


「ヤンス。変われ」

「おいら、アン様に付いて行きたかったでやんす……」


 ベルゼブブの肩に引っ付いていたスライムが、文句を言いながら槍の姿へと変わっていった。同時に、ベルゼブブの身体が不思議な光に包まれていく。


 ベルゼブブは着地した瞬間、恐ろしい速度で突進と槍の投擲を行った。瞬発的にゲスブルーは剣で弾き飛ばす。ベルゼブブの右手から恐ろしい圧を感じる。『灰の手』に違いない。


イリアの記憶を見るに、どうやら今のベルゼブブはろくな魔術も使えない状態だが、奴しか使えないその邪法だけは十分に発揮できるようだ。


魔人や竜の肉体すら腐らせる『灰の手』は接近戦において一撃必殺の脅威だ。だからゲスブルーは片手を前に伸ばし、相手に呼びかけた。

イリアの声で、彼の名前を呼んだ。


「待てベル! 話し合おう!」

「……ッ!」


 その効果は絶大だった。


ベルゼブブは苦悶の表情を浮かべ、躊躇して攻撃の手を緩めたのである。

 ゲスブルーは口を悍ましく歪めた。伸ばした腕には魔力が溜まっている。


「『雷刃鮫サンダースラッシュ』」


 雷系上級魔法。巨大な雷の鮫にベルゼブブの身体は噛み砕かれる。


「ぐああああああああああああ!」


 雷の鮫は空中でベルゼブブを咀嚼し続け、やがて地面に吐き捨てた。

 ベルゼブブが地面に転がる。四肢の神経、筋繊維を焼かれ、身動き一つ取れないはずだ。


「無様だな。蝿はそうやって這いつくばっているのがお似合いだ」


 ゲスブルーはベルゼブブを見下ろしながら酷薄な声を投げつける。奴がこちらの顔を見られるように、軽い体躯を爪先で引っくり返した。


「……き……さま」

「ほう? まだ喋る気力があるか。やはり蝿はしぶといなぁ」


 裏切りの一撃を食らわされたベルゼブブの心情を想像して、ゲスブルーは満面の笑みを浮かべる。一瞬でも信じた己を恥じるか、騙された屈辱に震えるか。


「きゃはは。お前だったら騙されてくれると思ったぞ」

「……だ、れだ。貴様は……」


 掠れた声を聞いたゲスブルーはその途端、白目を剥いて嘲笑った。


「ああああはははあああは! バーレてしまいましたか! おっとおおっと、そんなところに無様に転がっているのは、ただのクソガキかと思ったら、もっと汚らしい汚物じゃあありませんかああ! すっかりちっぽけで矮小に成り果ててしまっていたから、私ちょっと疑っちゃいましたですねええ。蝿っころまだ生きてたんですかア殺しに来ました」


 ゲスブルーは他の魔人同様、人間を見下しているが、目的のためなら手段を選ばないという偏執的な性格の魔人だった。己のプライドを捨ててまで相手を貶めようとするその醜いやり方は多くに忌み嫌われ、しかし一方で、一部の上級魔人に賞賛されていた。


 ベルゼブブも手段を選ばないタイプであり、ゲスブルーを評価する一人だった。


 だからこそゲスブルーはベルゼブブが嫌いで堪らなかったのだ。同属嫌悪というよりもむしろ劣等感が強い。同じ醜い魔人のくせに、奴は圧倒的な武力を持ち、知能があり、カリスマ力を有していた。その上で上から目線でこちらを評価しやがる。


 いずれこの手で蝿の王を殺し、私の存在を認めさせる。その妄想はやがて野望へと変わり、ゲスブルーをここまで突き動かした。


 元七大将軍のベルゼブブを倒したとなれば、空位の大将軍の座に就くのも夢ではない。戦闘向きではないゲスブルーにとって、将軍の座は喉から手が出るほど欲しい代物だっだ。

 そして今、野望が現実のものになろうとしていた。


「ゲスブルー……、イリアをどうした……」

「おげええええええええええええええ!」


 ゲスブルーの口から滝のような吐瀉物が吹き出し、ベルゼブブの顔面に降りかかる。


「な、何、急に人の名前を呼びやがっているんですか、気持ち悪さのあまり、私吐いちゃったですよ? お、おぇっ! ああ、何という恥辱! 貴様に名を呼ばれるなんて。いいや、貴様の脳内に私の名前が刻まれていると思うだけでバッドエンド。寒気がする」

「俺を殺すのはいい……。だが、アンとイリアには、手を出すな……」

「……は? はああ? あなた、何と言いました? 他人を庇ったのですか? いやまさか、魔人のあなたが人間の小娘を心配したんですかあ? 自分が生き残るためだったら何だってしてきた醜いウジの塊のあなたが? あは。ああははははははははははははははははあああああああああああああああああああああああ! 胸糞悪い下手クソな喜劇を見たとき以上に歓喜恍惚ですねええええ! あはははは! 魔人が人間を心配するだなんてファッキンファンタジーの読みすぎで脳みそとうとう腐ったかザマア!」

「…………」


 ゲスブルーは狂喜乱舞した。まるで人間のようなことをほざくベルゼブブが可笑しくて堪らなかった。同時に泣き叫びたいほどの失望があった。


なぜ自分が悲しんでいるのか、ゲスブルーは分からなかった。しかし、こんな無様な彼の姿は見たくなかったと思ってしまったのだ。


「ああそうそう。あなたのへし折られた角の一本。ありがたく私の栄養にさせていただきましたよ。どうでしゅかあ? あなたの角で強化された魔術の威力は? 私を強くしてくれたお礼に何か返してあげたいものですねえ。ああ、良いことを思いつきました」


 ゲスブルーは脳内に閃いたアイデアに歓喜した。

この魔人をただで殺しては面白くない。絶望の淵に落としてから殺す。それがお似合いの死に方だ。まずはイリアの記憶にあったあの少女だ。


「アンという小娘から先に殺してあげますよ。おおっとっと、安心してくださいねえ。イリアとかいう小娘も、あとでちゃあーんと愉快に殺してあげますから」

「そうか……。イリアは……、まだ生きているんだな」

「なぁにほっとしてんです気持ち悪い!」


 ゲスブルーはベルゼブブの頭を蹴り飛ばした。小柄な身体はボールみたいに軽々飛んでいく。手加減しないとあっさり殺してしまいそうだ。


 イリアはまだ殺していない。ゲスブルーの変身は他者の姿を借りる『写し身』という魔術を使っており、これには対象が生きている必要がある。もし対象が死んでしまったら、姿を返せなくなったと見なされ、一生その姿で過ごすことになる。これが一番簡単な変身魔術であり、生憎、ゲスブルーはこれしか使えないのだった。


 ゲスブルーは無様に転がったベルゼブブの頭を踏みにじり、高らかに笑う。


「ふぇっふぇっふぇっ! っと、おやおや、やっと来ましたか」


 ゲスブルーは上空を見上げた。

 西の空から雷鳴に似た遠吠えを轟かせながら、異形が飛んできた。

 赤き鱗に覆われた頑強な体躯。天空を覆う蝙蝠の翼。牙からこぼれる業火。


 竜だ。


 その数は十匹。


たった十匹しかいないが、この戦況には十分すぎる数である。

極め付けに、それぞれの竜の背中には別の存在が乗っている。


 ベルゼブブは竜を操っているものの正体を見て、驚愕した。


「オークだと……? 貴様、いつの間に……!」

「奴らはゴブリンに住処を奪われた者たちですからねえ。ゴブリンの巣を強襲すると言ったら、喜んで協力しくれましたよぉ?」


 一匹の竜がゲスブルーの下に着地した。


ゲスブルーはひらりと竜の背に跨り、地を這うベルゼブブに別れを告げる。


「どうぞごゆっくり、大地と熱い接吻をかましていてくださいねえええ。アンとやらは私がたっぷりと犯してから殺しておきますのでねえええ」


 ゲスブルーは竜の背を叩き、空中へと高く飛び上がった。

 ベルゼブブの手の届かない範囲に。


 ゴブリンの森を遥か上空から見下ろす。三分の一が焼き焦げた自然の要塞。

 森の奥まったところに木々に隠れた建物の影を見つける。


ゲスブルーは高度を下げ、己が見つけたものの詳細を確かめる。

巧妙に隠そうとしても真上からは丸見えだ。

巨大な樹木。森の奥地に存在するはずのない構造物。その間で蠢く影。


 ゲスブルーはゴブリンの里を眼下に納めた。


 里ではすでに戦闘が勃発していた。里の入り口で巨大なゴブリンが人間の兵士に囲まれながら大暴れしている。奴がキングゴブリンだ。その周囲で手下のゴブリンどもが激しい戦闘を繰り広げている。


「人間もゴブリンも生かす必要はありませんねえ。全員殺してしまいなさい!」


 その声を合図に、オークを乗せた竜たちが次々に地上へ降りていった。


 突然の空からの襲撃にゴブリンも人間も騒然とする。そこへ容赦なく竜とオークが襲い掛かり、軽々と命を刈り取っていく。疲弊していたゴブリンと人間はまったく抵抗できない。まさに一方的な虐殺だった。


「皆さん、人間の娘は生かしといてくださいですねえ? って、おやおや、私の声が届いてないみたいですねえ。まあ、いいでしょう。最悪、アンというのが巻き込まれて死んでしまってもまだイリアさんが残っていますからねえええ。さあ皆さん、じゃんじゃんぶっ殺しまくってくださいね!」


 ゲスブルーは最高の地獄絵図を作り上げるために、自らも戦場へ身を投じていった。


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