18 宝玉、キャラバン
ベアトリクスは急いでいた。
宝玉。その存在を知らされていなかったために。
「どういうことだ。次元の魔女!」
そのときの彼女は、廃墟の城の屋上で優雅に紅茶を飲んでいた。こいつパラソルまで用意していやがる。外から吹き込む風には砂が混じる。城の外は砂漠だ。常に出現場所が変わる彼女の位置を見つけるのは、毎回一苦労だ。
しかし問題はそこではない。次元の魔女を探し出すのは、付き合いの経験と魔術の知識をフル稼働させれば、頭の体操のようなものだ。問題は宝玉である。
「納得の行く説明をしろ。あの宝玉、砕け散ったんじゃなかったのか」
「砕け散ったあと、再び地母神の力を蓄え、あのサイズに成長する。そうソロモンに教えて、宝玉の破片を拾うようにアドバイスしておいたのよ。あのときに」
あのとき。それがいつかを考え、おれは愕然とする。
ソロモンと次元の魔女が直接会ったのは、アルミラ帝国に向かう前だ。であればこの魔性の女はあの時点で、すべての結末と事象を読み込んでいたことになる。
「お理解いただけたようね、お利口なリーチェちゃん」
喪服のように漆黒のドレスに身を包んだ魔女は、銀色の瞳ですべてを見据える。ベアトリクスは身震いをして美しくも妖しい瞳から、目を逸らした。
「どういうことだ……。ベッキー、こんなの聞いてないぜ?」
「話していないからね」
「その理由を聞いているの! お前は私の味方をしているんじゃなかったのか」
「あなた、動揺したり興奮したりすると昔のベアトリクスに戻るわね。変に男ぶって男ぶるよりも、断然そっちの方が素敵よ」
「質問に答えろよ。ベッキー、そろそろ我慢の限界だぜ?」
「指摘された途端、慌てて口調を修正する。ほら、あなたはやっぱり可愛い子なのよ。小心者で、臆病で、わがままで、見栄っ張りで、ひたむきに進む努力家。自分の魅力を見失っちゃダメよ、ベアトリクス」
次の瞬間、ぼろぼろに風化していた廃城が爆発四散した。
イメージは隕石が落下した際の破壊力。
火炎系と衝撃系の攻撃魔術を練り合わせた最大威力で、おれは城を徹底的に跡形もなく破壊した。ベアトリクスを中心に衝撃波が広がり、粉々になった瓦礫は大空に舞い上がり、風魔法のミキサーでさらに砂粒に変換される。
爆風が止んだとき、廃城が存在していた地点には巨大なクレーターが生まれ、その中央でベアトリクスが腕を組んで立っていた。
そしておれの目の前に、何一つ変わらずに紅茶を嗜んでいる次元の魔女がいる。パラソルは爆発で散ったが、椅子とテーブルはムカつくほどに無傷だった。
次元の魔女は更地になった景色に構わず、マイペースに紅茶を入れ、おれに出す。
「座ったら?」
「そうするよ」
ベアトリクスは着席して紅茶に付き合うことにした。
次元の魔女は笑いを零した。その目はもうおれを見ていない。
「キャラバンは優秀なパーティだったわ。征伐隊として。冒険者として。英雄として。恐らく当時の人間最強の六人が集まったパーティじゃなかったかしら。過去と未来においても、あれ以上の戦闘集団は生まれない気がするわ」
「あんたが言うと説得力が増すな、未来視の魔女」
「『極剣士』アギト・トリスメギストス。『征獣』ベリアル・マックス・グランツ。『武神』シグマ・ヤマト。『聖なる雌鹿』サロメ・ノーブル。『魔術王』ソロモン・ウィザード・クラウディウス。『淫婦』ベアトリクス・バビロニア・ウィザード・カルマフィールド。あなたって昔から二つ名に恵まれなかったわよねえ」
「何の話だ。今日は昔話って気分じゃねえんだが」
「あなたが今欲しい言葉をあげるなら、少なくとも私はあなたの敵じゃないわ。頼まれれば二つ返事で手を貸す。魔界から魔人を引っ張ってくることも朝飯前」
「そうかよ。でも自分の企みは教えてくれねえんだろ?」
「私は何一つ企んでいない。私は見るだけよ。一足先に見てしまっただけなの。この世界の行く果てを。それを早めたり遅らせたり、ちょっかいもあるけど、基本は世界の傍観者。ゆえに心配せずに、あなたはあなたの野望を果たせばいいわ。ベッキー」
「…………」
最後まで次元の魔女はそんな調子にはぐらしてばかりだった。
ベアトリクスは別れを告げて、箒で飛んでいった。
目指すはカルバンの地、愛弟子アンの下。
宝玉の発動だけは絶対に阻止しなきゃならねえんだ、と。




