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ベルゼブブ魔人戦記  作者: ましろゆう
17/38

17 キングゴブリン

「まあ、大きい! 初めまして、ゴブリンキングさん。私はアン・クラウディウス。アンでいいわ」

「クラウディウス……、懐かしい名前だぞえ」


 ゴブリンキングは嬉しそうに顔を綻ばせた。ゴブリンキングは里の中央の巨大樹に背中を預けるようにして座っていた。俺とアンは立ったまま相手を見上げる。


「え? 私の名前を知っているの?」

「当然ぞえ。忘れたことは一度もない。儂は大昔、キャラバンと共に旅をしていたことがあるぞえ。アン、君はソロモンにそっくりだぞえ」

「そっくり……。ベル君がイリアさんと話していたことね」

「ああ、お前はソロモン・クラウディウスの孫だ。自分でも勘付いていたか?」

「ううん。全然。あの『魔術王』にあやかっているんだとは思ってたけど、自分がその子孫だとは思うはずもないじゃない。昔話の人物よ?」

「そういうものか。あのビッチも昔話の人物だったはずだが?」

「マスターはマスターだもの。何やってても不思議じゃない」


 それもそうか、と妙に納得とする。確かにあの女なら何でもありだ。


「それじゃあ、ゴブリンキングさん。あなたはソロモンの使い魔だったの?」


 ゴブリンが人語を話せるという事実。ヤンスやあのメイジゴブリンのように、ゴブリンキングもそうだったに違いない。


「そうだぞえ。ソロモンには不思議な力があった。魔物と心を通わせ、従える力が。これがソロモンの友であった証だぞえ」


 ゴブリンキングは首筋の紋章を見せた。首の贅肉で見えなかったが、顎を上に向けてもらうと、くっきりと紋章を目視することできた。


「私のと少し違うわ。ねえ、ゴブリンキングさん」

「ゾルア。ソロモンが儂にくれた名ぞえ。そう呼んでくれぞえ」

「分かった。ゾルアさん、旅の話を聞かせて。キャラバンはどんな人たちだったの?」


 それは俺も興味のあるところだった。

 キャラバンの逸話は多く残されているが、その実態は闇に隠れている。

そうなっている一番の原因が、一人を残してメンバーが全滅し、残った一人も口を閉ざしているためだ。現代に残っている伝説やおとぎ話は、彼らが成した偉業の上澄みに過ぎないと言われていた。


 魔界においてもキャラバンへの関心は高かった。関心というよりも、復讐心か爪痕と表するべきか。彼らに恨みを抱いている魔人や魔物がいまだに存在するのだ。


「ベル君、当時に会ったりしたことないの?」

「生憎だが、そのときは天界との戦争が激しかったからな。俺にも余裕がなかった。俺が知っているのは『物語』となって流れてきた逸話だけだ」

「あ、そうなんだ。じゃあ私と一緒だね」


 アンは俺に微笑んだ。


「……ってかおいらはサラッと言った天界との戦争って方が気になるでやんす! 天界があるでやんすか? 敵は天使でやんすか? つか、お前何者やんすか!」


 うっせえ失せろかまどに突っ込んでパンにするぞ。

 俺はゴブリンから、穀物を挽いて粉にした物をもらい、途中まで実行に移した。粉を混ぜても栄養として吸収してしまうらしく、生地にならなかったのが失敗の原因だった。白まだらになったヤンスが抗議してきたが、いい感じに蹴りやすい硬さになっていたので黙らせた。いま奴はゴブリンの子供たちのボールになって遊んでいる。おいおい、これから大事な話を聞こうってときに、何遊んでいるんだふざけた奴め。


「そろそろおいら怒っていい頃でやんすよねえ!」


 貴様に優しいサービスタイムなど一生来ない。

 ゴブリンキングは昔話を始めた。


「キャラバンは六人のパーティだったぞえ。リーダーの剣士アギト。元海賊のべリアル。武芸者のシグマ。狩人のサロメ。魔術師のソロモンとベアトリクス。その誰もが一流の戦士だったぞえ。わがままでプライドが高い連中の中で、ソロモンは博愛主義者だったぞえ。魔物も人間と同列に扱い、差別を忌み嫌ってたぞえ」

「まあ、素敵な人だわ」


 アンが両手を合わせて感銘を受ける。まったく、どこかの誰かさんにそっくりだな。


「ときにその博愛精神はキャラバン内に仲間割れを起こすほどだったぞえ。リーダーのアギトとはよく言い合いになっていた。儂を仲間にしたときもアギトが猛反対し、ベアトリクスが間に入ったほどだったぞえ」

「仲裁? あの糞ビッチがか。意外だな」

「儂の知るベアトリクスは理知的で静かな魔女だぞえ。儂に変身魔法を掛けてくれたのも彼女だったぞえ。少年に化けて入った人間の街は新鮮だった。人間の子供たちと遊んだぞえ。アルミラ帝国で変身が解けたときは、肝が冷えたぞえ」

「大丈夫だったの?」

「無事では済まなかったぞえ。儂は兵士たちに半殺しにあい、ソロモンが助けてくれたぞえ。アルミラ帝国は巨大な国ぞえ。キャラバンの一行は抵抗しなかった。全員牢屋に入れられそうなとき、王女様がそれを止めたんだぞえ。ソロモンはアルミラ帝国の出身で、二人は幼馴染だったからぞえ。子供の頃に城を抜け出して、よく遊んでいたらしいぞえ」


 ゴブリンキングの昔話はそのあとも続いた。途中、ゴブリンが食事を運んできて、ささやかな晩餐会となった。俺たちには野ウサギや川魚などが振る舞われたが、意外なことにゴブリンキングは小食で、しかも果実しか口にしなかった。ポリシーではなくそれで十分らしい。どうやらあの巨大な肉体は見たままの構造をしているわけではないようだ。


 夜も更けた頃、半月を見上げながら、俺はゴブリンキングに問いかけた。


「どうして俺たちを招いた。人間を招けば、手下のゴブリンどもの反感を買うだろ」

「戻ってきた者たちから、人間に治癒を施されたと聞いて、もしやと思ったんだぞえ。結局儂は最後まであの人に仕えることができなかった。その罪滅ぼしをしたかったんだぞえ」

「ふっ、愉快なことを抜かす。魔物の身で人間になったつもりか? 下らん感情に振り回され、さぞ毎日が楽しかろうよ」


 皮肉を言うと、ゴブリンキングは困ったような顔つきになる。


「どうした。癇に触れたか」

「旅をしていて不思議に思ったことがあるんだぞえ。儂はこんなにも感情が豊かだったかと。ソロモンと出会うまではなかった様々な感情が、彼の使い魔になることで目覚めたんだぞえ」

「それじゃあ、ベル君もいずれそうなるかもね」


 ゴブリンの若者たちに戦闘訓練の指導をしているヤンスを眺めていたアンが、こちらの会話を聞きつけて俺の隣にやってきた。


「俺が感情を理解できるようになるだと? ありえん」

「ぃずれそうなるということよ。ゾルアさん、そうでしょ?」

「その可能性はあるぞえ。しかし、少年は人間じゃないぞえ?」

「俺の名はベルゼブブ・ディアブロ・グラージュ。魔人だ」

「魔人……。実はソロモンに別れ際に渡されたものがあるぞえ。あの方はそれを魔人に渡すように言っていたぞえ」


 そう言ってゴブリンキングは五メートルもある巨体の懐をまさぐった。その巨体と比べれば小さな小さな宝石箱を取り出し、それを開けて見せた。


「まあ、綺麗」


 アンはうっとりと箱の中央に納まっている大粒の宝石を眺めた。

 真珠のように透き通った宝石だ。一見して何かは分からない。


「ソロモンが魔人に渡すように言っていた? ソロモンが、四十年後の今日のことを予期していたとでもいうつもりか?」

「そうとしか考えられないぞえ。もはや渡すことはないかと諦めていたぞえ」


 俺の中で雲のようにかたちがなかった予想が、確信に変わりつつあった。少なくとも一人、そういうことができる存在を知っている。


「キング、旅の道中で予言者と出会わなかったか?」

「いたぞえ。最果ての霧の谷で儂らは次元の魔女に会ったぞえ。その者は儂らに予言を伝えたぞれ。その予言に従って、キャラバンはアルミラ帝国に行ったぞえ」


 次元の魔女。ベッキーが俺たちを旅の始まりで飛ばしたときにも、彼女の力を使ったはずだ。おそらく、ベッキーは次元の魔女から何らかの予言を聞いていたのだ。どうもおかしいと思っていた。まるで先読みしたかのような俺の救出劇のときから。


「この宝石はなあに? 普通の綺麗な宝石にしか見えないけど」


 アンは宝石に触れて言う。鎖で首から掛けられるようになっているみたいだ。


「それは『ガイアの宝玉』と呼ばれていたぞえ。その宝石が真価を発揮したのを儂は一度だけ目にしたことがあるぞえ。アルミラ帝国の王女が竜に攫われたとき、キャラバンはすぐに竜の住処へと向かった。そこで王女が、宝石の力を引き出したんだぞえ」

「私のおばあ様が力を?」


 アンがアルミラ帝国の王家の血筋だということは、夕食のときに伝えてある。

ゴブリンキングの話は雲行きが怪しくなってきた。


「儂はその力を受けて今の姿になったんだぞえ。ゴブリンではありえぬこの巨体。王女は宝玉の力を使ってこの大陸の地母神の力を引き出したんだぞえ」

「地母神だと……!?」


 俺は話のスケールの大きさに驚いた。地母神とは大陸に恩恵を与える神だ。この神の恩恵を授かれない生物はその力を発揮できない。


「竜との戦いはすぐに決したぞえ。それほど王女の力は凄まじかったんだぞえ。帝国に帰った一行は、国から恩賞を受け取った。儂はその式典に参加することはできなかったぞえ」

「どうして? ゾルアさんは王女様の救出に一役買ったのに」


 アンが憤慨する。


「アギトが許さなかったぞえ。そもそも王女が竜に攫われたのは、竜との交渉が決裂したからだぞえ。アギトはそこで魔物との融和を断念し、パーティから魔物がいるのも許さなかったんだぞえ」

「ソロモンは反対しなかったの? 自分の使い魔なのに」

「あの方は最後まで抵抗したぞえ。だけど、パーティが二分することを恐れたんだぞえ。ソロモンは別れ際に儂に宝玉を任し、使い魔の証を残してくださったぞえ。時が経っても色褪せないこの証こそが、儂の一番の勲章なんだぞえ」


 そう言って誇らしげにゴブリンキングは紋章を見せた。主が死んでも残るその証を、ずっと大事にしてきたのだろう。

 俺の奴隷紋も永遠に残り続けるのだろうか? 少しゾッとした。


「それで、別れたお前はこの地にやってきたのか」

「そうだぞえ。この辺は元々オークの群れがのさばっていたぞえ。でも巨体の儂にはオークは敵ではなかった。儂はこの地にゴブリンの大集落を作ることに成功したぞえ。ソロモンの最後の頼みも果たせた今、儂がすべきことはもうない。あとはひっそり老いていくだけぞえ」


 ゴブリンキングは満足気にそう言った。キングがいたといえども、小柄なゴブリンにとってオークとの戦いは決して楽なものでなかったはずだ。この地を収めるまでに相当の血を流しだろう。そして今は人間との戦いが激化している。


「ゾルアさん。あなたにお願いがあるの。人間との戦いをやめて欲しい。これ以上、お互いに血を流すのは得策ではないわ」

「ソロモンの孫娘の頼みでも、それは無理だぞえ。人間と対話を試みた経験はある。しかし、ゴブリンを見ただけで、彼らは腰の剣を抜いてきたんだぞえ」


 ゴブリンキングとアンはその後も話し合ったが、衝突し続けた。

 ハンモックに揺られながら、その日の俺たちは就寝することにした。

 とても濃い一日だった。

 俺はこの日のことをどう思い返すだろうか。

 ガイアの宝玉はアンが受け取ったままだった。ソロモンがなぜ魔人に宝玉を渡すように命じたのか、俺は深く考えなかった。俺が持っていても、アンが持っても同じだろうと思い込んでいた。

 それがあの惨劇を生むとも知らずに。


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