13 騎士の誓い
「信じられない……。魔族とお友達になるだって?」
ベッドでアンがすやすやと眠っている。さっき一度起きたが、またすぐに気を失ってしまった。アンからこちらの旅の目的を聞いたイリアは驚愕を露わにした。
「俺も信じられんさ。本気で信じているのは、きっとこいつだけだ」
すやすやと心地良さそうに眠っているアンを、俺はあごで示す。ちなみに、ヤンスも精神疲労を起こして眠っている。うるさいのが揃って静かなのはいいことだ。
「そんなことが……、いや、しかし……」
イリアはなかなかショックから抜け出せていなかった。
そういえば、この女がアンについて気になることを漏らしていた。
「貴様、アンの顔に見覚えがあると言っていたな。あれはどういうことだ?」
イリアはまじまじとアンの寝顔を見つめ、やはり、と小声で呟いた。
「……彼女は、おそらくアルミラ帝国の王家の末裔だ」
「何? こいつはダンジョンに捨てられていたと聞いたぞ」
「アルミラ帝国は内乱による政変で、当時の王の血筋が根絶やしにされた。しかし、生まれたばかりの第三皇女の死体だけは発見されなかったのだ」
「ふん、クーデターか。そう珍しくもない話だな」
「そう言う割には不愉快そうだが?」
「聞くに堪えん醜聞であることには変わりがない。性根が醜いのは人間も魔人も同じか」
自分が愚鈍な輩に貶められたことを思い出し、ますます顔を顰める。
「しかし、するとアンがその皇女だと言うのか? なぜ貴様にそんなことが分かる」
幼少時に捨てられたのだから、アンとイリアは会ったことがないはずだ。俺たちと初めて対峙したとき、互いにそんな素振りはなかった。
イリアは自分のエメラルドグリーンの瞳を差しながら答えた。
「私は『心眼』を持っているからだよ。私は魔力を色で見ることができる。当時私は十二歳だった。城内で騎士団の訓練を受けていた私は、何度か王に拝謁したことがあった。そのときに見た王の魔力の色とアンの魔力が同じだった。つまり王の血縁者だということだ」
「なるほど。『心眼』持ちだったか」
イリアが俺の正体を一目で看破したのもこれで納得が行った。
手練れの魔術師であれば魔人の変身を見破るのも難しくはないが、自分で言うのも何だが、今の俺には魔人の気配というものが欠片もない。角はなく、肉体は少年のもの。下級魔術の発動にすら失敗する。こんな俺を見て、誰が魔人だと思うだろうか。しかし、イリアが変身を見破ったのではなく、俺の魔力そのものを覗いたというのなら道理は立つ。
魔術の才能や固有特性は血によって受け継がれていく。魔術師の才能は家系によってほぼ決まると言われる由縁だ。ならば魔力も似るということだろう。
そもそも魔力とは魂から染み出す生命力、オーラのようなものだ。
古代の魔人には外見や魔力ではなく、魂を見極めて相手を暴く者もいた。
『心眼』とはもしかしたら、その魔人を祖先に持つ血筋なのかもしれない。
「この阿呆が皇女様だったとはな。子を逃がすためにダンジョンへ隠す、か。葉を隠すのは森の中というが、追っ手もまさかダンジョンに捨てたとは思わなかったろうよ。ダンジョンを抜けようとして、おっ死んだだけとも考えられるが。まあ、幸運にも生き残ったところで、その果てにベッキーに拾われてしまったのは、幸か不幸か分からんな」
「……ベッキーだと! あの『血塗れの魔女』のことか?」
「さすが有名人だな。愛称で気付かれるとは」
「その名はアルミラ帝国では蔑称だ。誰も口に出そうとはしない。ベッキー。ベアトリクス・ウィザード・カルマフィールド。『血塗れの魔女』」
「ああ、確かそんな名だったな」
ずっと変態クソビッチ魔女などと蔑んで呼んでいたから、忘れかけていた。
四十年前に人間の身でありながら魔界に挑んだキャラバンのメンバーの一人。
そして他の仲間を皆殺しにした、最後の生き残り。
「奴がどうかしたのか?」
「彼女はアルミラ帝国で国家反逆罪で指名手配されている。かつてのアルミラ帝国の王女の父親であった英雄、ソロモン・クラウディウスを殺した罪で」
ソロモン・クラウディウス。
「聞き覚えのある名だ。そいつもキャラバンの一員だったか」
アンは王の娘だった。母親がその王女だとするならば。
「アンはソロモンの孫に当たる。しかし、『血塗れの魔女』に拾われていたとは……」
運命の悪戯にしては出来過ぎな印象を覚える。俺は訝しむ。
ベッキーはアンの出自について話さなかった。ただの孤児で、偶然拾っただけとしか説明しなかった。しかし、あの見透かしたような魔女がこれほど重要な事実を知らなかったとは考えにくい。何か意図的な企みがあるはずだと、俺の勘が告げている。
「ふふふ。あのクソ女を痛めつけるなら協力するぞ、女。生憎、居場所は知らんが、アンが呼び出せばのこのこやってくるだろう。奴こそ、そろそろ罪の報いを受けるべきだ」
俺は愉快になってイリアに提案すると、彼女は寝ているアンの頭を優しく撫でた。
「皇女を助けてくれた恩人にそんな真似はできない。それに、今の私はアルミラ帝国の人間ではないからな」
その言葉には寂しさが混じっていた。彼女は顔の入れ墨をさすった。
「私は追放されたのだ。私の一族はな。レルフォント家は代々王家に仕えていた騎士の家系だったのだが、政変によって国を追放された。この入れ墨はその証だ。まるで罪人扱いだ。私の一族が何をしたというのだ……! 私は、故郷に帰ることさえできない」
イリアは悲しそうに目を伏せた。
この騎士にも人間らしいところはあったのだなと俺は思う。アンに出会ってから、そんな他者の情緒に気付けるようになった。弱くなってしまったと己を恥じる。情がこの世界でどれほど役に立つというのか。
「下らん。何を感傷に浸っている阿呆めが。帰りたければ帰ればいいのだ。一方的に追い出されて泣き寝入りとは、素晴らしい忠誠心だ。己の故郷に帰ることに、何を恥じることがあるというのだ」
「……ふっ。っあはは!」
イリアは急に噴き出した。彼女は目尻を拭き取った。相当可笑しかったみたいだ。
「まさか、私を慰めているのか? 奇妙な魔人だな、お前」
「人間風情がお前などと呼ぶな。俺を誰だと思っている」
「教えてくれるのか?」
「我が名はベルゼブブ・ディアブロ・グラージュ。魂に刻み込め、人間」
「ふうん。ではベルと呼ばせてもらおう」
「気安く呼び捨てするな。命があるだけでもありがたいと思えよ」
まったく、近頃の人間は教育がなっていない。俺の真の力を見せ付ければ、恐れ慄き、卑しく頭を大地に擦りつけて、泣き喚きながら己の非礼を詫びるに違いないのに。
「フリフリドレスを着ているし、女装君でもいいか?」
「貴様、この服には触れるなと言っただろう!」
「イリア・レルフォント」
はっきりと、イリアは自分の名前を告げた。
「貴様ではない。イリアと呼べ。ベル。貴方には一度命を救われた。この借りは必ず返す。たとえ貴方が魔人であってもな。これは誓いだ。騎士の誓いは破れない」
イリアは胸を張って言った。
「ふん。好きにしろ。それがイリア、貴様の欲望ならばな」
つくづく人間とは面白い生き物だ。約束と誓い。そんな曖昧なものにときに命を掛け、ときに己のプライドも容易く捨てようとする。
合理主義と快楽主義を宿命とする魔人とは完全に相容れない。
相容れないはずなのに、俺はイリアのその言葉を受け止めていた。
アンが目覚めるまで、俺とイリアはくだらない話に興じた。実に非生産的な時間だった。まったくもって無駄な時間だったとしか言いようがない。だがまあ、騎士身分の人間からいくつか貴重な情報を得られただけでもよしとする。
今はそういうことにしておこう。




