11 戦場の聖女
俺たちはその場から避難することにした。屋根の上にさらに数匹のメイジゴブリンが集まってきた。このままここにいては、奴らの格好の的だ。
俺は、黒焦げのメイジゴブリンを抱き締めたまま動かないアンを無理やり立ち上がらせ、腕を引っ張って、とにかく走り出した。アンはメイジゴブリンを離そうとしなかったが、無理やり腕を解かせた。こいつはここに置いていくしかない。
イリアも肩を押さえながら、しっかりとした足取りで俺たちに付いてきた。
「安全な場所はこっちだ。付いてこい!」
イリアが先行し、街の中央に向かっていく。俺たちは従った。
屋根上のメイジゴブリンたちは追ってきたが、大通りにぶつかって建物が途切れると、あっさり諦めた。他にも獲物は沢山いるということだろう。
先に走るイリアは、時おり痛みで身を屈していた。
「肩を貸してやろうか、女」
「舐めるな。魔人の施しは受けん」
威勢のいい言葉が返ってくる。そのあと、イリアは心配げにアンを見た。
「大丈夫か、彼女は。ショックを受けているようだが」
「魔人に洗脳された娘ではなかったのか?」
「傷付いた者を心配して何が悪い。それが義の心だ」イリアはむっと顔を顰める。「……だから、魔物を思いやる彼女に驚いているし、戸惑っている」
「安心しろ。あの小娘は俺でも図り切れていない。おちおち目が離せん」
ふうと溜め息をついた俺の横顔を、イリアが奇妙そうに見ていた。
「あ? 何だその目は」
「……いや、お前たちのことを少し誤解していたようだ」
イリアは足を速め、先に進んでいく。
その足取りの先に、四角い大きな建物とゴブリンの群れと交戦している戦士たちの姿が見えた。イリアが振り向き、声を張る。
「冒険者ギルドの本部だ! 我々はあそこを本拠地に置き、奴らに抵抗している!」
「ふん、あそこが最後の砦にならなければいいがな」
皮肉を呟き、俺はアンに振り返った。
「とりあえず、戦力は手に入りそうだぞ、アン」
彼女を安心付けさせようと言ったに過ぎなかった。
しかし、結局俺はまだ、アンの本性を見極められていなかったのだ。
アンは冒険者ギルドの前での戦闘と、その足元に転がったゴブリンと人間の光景を見るなり、俺の腕を振りほどいて、全力で走り出した。
少女の突進に気付いた戦士の一人が、慌ててゴブリンを弾き飛ばし、アンを建物の入口に導こうとした。
しかしアンはギルドの建物も、戦士の顔もまったく見ていなかった。アンがいの一番に駆け寄ったのは、さっき弾き飛ばされた一匹のゴブリンだった。
その奇怪な行動に交戦中だった戦士たちも目を奪われる。
そして次の光景に、誰もが絶句した。
アンの両手が緑色に光り、傷だらけだったゴブリンの身体を包んだ。
傷を癒されたゴブリンも、不思議そうにアンを見上げた。
呆気に取られた一同を放置し、アンはその近くに倒れていたゴブリンに駆け寄り、『治癒』を掛けた。アンの回復魔法の腕は高く、速いペースで次々にゴブリンを治療していく。よく見るとゴブリンだけではなく、人間にも『治癒』を掛けている。あの場にいるすべての負傷者を癒そうとしているのだ。
その間にも容赦なくゴブリンの群れは攻め込んできた。冒険者たちは慌てて剣や槍を構え直し、戦闘に戻る。アンの奇行を責め立てる余裕もない。
やがて目に付くすべての負傷者に『治癒』を掛け終えたアンは、俺の方に振り向いた。
「ベル君! 何をぼさっと突っ立っているの! 次に行くわよ!」
「……あっ、ああ」
主の言葉に突き動かされ、俺は逆らえずにアンに駆け寄った。
俺を待たずに、アンはどこかへ走っていってしまう。俺は追うしかない。
「おい、待て! どこに行く!」
イリアは必死に付いてくるが、やはり肩の骨折が辛そうだ。
アンがピタリと立ち止まり、俺たちが追いつく。
「イリアさん。私はこれから街中の全員を治しにいきます。イリアさんはあなたたちのやり方で戦いを止めてください。私も戦いが終わるまで、抗い続けます」
「は、はあ? な、何を言っている? 頭が壊れたのか?」
アンは振り向いて、にこりと笑った。決して揺るがない覚悟の笑みだ。
凄みに呑まれたのか、イリアは言葉を失う。
アンはイリアの肩に手を伸ばした。その手が『治癒』を放つ。
「ベル君がごめんなさい。でも、これでおあいこね?」
今度は朗らかに微笑み、一方的に言った。
「ベル君!」
「分かった」
応答と共に、俺に『肉体強化』が掛かる。俺はアンを持ち上げ、跳躍した。
その場にイリアを置き去りにして、俺とアンは戦場の街を駆け抜けた。




