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ベルゼブブ魔人戦記  作者: ましろゆう
10/38

10 心眼の騎士

「前から気配。馬。人ゴブ」


 数メートル離れて待機していたメイジゴブリンが警鐘を鳴らした。

 ザザザッ、と草原を駆ける馬の足音。

 言い争うのに気を取られて、馬の接近に反応するのが遅れた。

 あっという間に、雄々しい一頭の馬が俺たちの前に現れた。


「貴様ら、そこで何をしている!」


 馬上から鋭い声が飛んだ。

 女だ。

 鎧に身を固め、顔の右側に入れ墨を入れている。騎士階級の人間か。

 俺はメイジゴブリンを背後に追いやり、馬上の女騎士と対峙した。

 女騎士はまじまじと俺の全身を観察する。


「貴様、おかしな格好をしているが、魔人だな? 少年の姿で欺こうとも、このイリア・レルフォントの目は誤魔化せんぞ」

「ほう。残りカスの魔力しかない俺の正体を見破るか。魔術の心得があると見える。

それと、服のことはそれ以上ツッコむと後悔することになるぞ」


 背後のメイジゴブリンの視線が妙に同情めいているのは気のせいだろうか。たぶん気のせいだ。俺がたかが魔物に同情されるなど、絶対にあってはならない。

 アンが一触即発の雰囲気を漂わせる俺とイリアの間に割って入ってきた。


「イリア・レルフォントさん。私たちに争うつもりはありません。あの街を救う手助けをさせてください」


 街を覆う火は勢いを増しつつある。押し問答していたら手遅れになる。

 女騎士イリアはむべもなく拒絶した。


「戯けたことを抜かす。私を騙せると思ったか、魔人に洗脳された娘よ。……貴様、どこか見覚えがあるな。まあいい。この魔人を葬ったあとで、ゆっくり言い訳を聞いてやろう」


 イリアは馬を降り、剣の切っ先を俺に向けた。騎馬で向かってくればいいものの、あくまで騎士道精神に則るというわけか。舐められたものだ。


「ヤンス、盾に変身しろ」

「え、戦うでやんす?」

「とっとと、言うとおりにしろ」


 ヤンスの顔を握り潰すと、言われた通りヤンスは盾に変身した。『灰の手』があるので、剣よりも盾を優先した。奴の剣を盾で受け、隙を見計らい『灰の手』で決めればいい。

 メイジゴブリンはアンの横で見守っている。俺は視線をイリアに戻した。


「よそ見とは余裕だな。面妖な魔力を追ってここにやってきたが、街を襲ったのが魔人だったとは。この報い、貴様の死で償ってもらうぞ」


 イリアは魔力を練っている。剣を扱いながら魔術を行使できるとなれば、相当な手練れに違いない。


「しゃしゃるな。鬱憤を発散するのに付き合ってもらうか。アン、よこせ」


 俺はアンに呼びかけた。アンはじっと俺を見つめる。


「ベル君、私との約束、守ってね」

「約束ときたか。どちらにせよ、ゴブリンと一緒にいるところを見られたんだ。この女をこのままにしておくわけにはいくまい」


 それに、この女を最初の犠牲者にしてやるのも悪くない。

『肉体強化』が掛かるのと、イリアが切りかかるのは同時だった。

勇ましい太刀筋だ。反射的に盾で受けると、イリアはほくそ笑んだ。


「……ッ?」


 身体の違和感に気付く。

 ―――遅い。イリアの剣が盾に触れた瞬間、体が鉛のように重くなった。

遅延ディレイ』だ。

 イリアはすでに魔法を行使していたのだ。

 錆付いたような身体を無理やりに動かして、イリアの追撃を振り切った。『遅延』の時間はそう長くない。だが、距離を置いた俺の額には大粒の汗が浮かんでいた。

 疲労だった。『遅延』は俺の体力をごっそり奪い去った。


「魔法剣を見るのは初めてか? 魔人よ、罪の報いを受けるがいい!」 


 イリアは剣に魔術を篭めることができるのだ。その場合、効果の発動が剣に切られた瞬間なので、盾で受けることも間々ならないということだ。

 聖騎士。一流の魔術師並に魔術を使いこなす騎士はそう呼ばれる。

 俺は即座に判断した。この場でイリアと戦うのはまずい。

正面から掛かってくると思っていたイリアの隙を突いて、俺は彼女の馬を攻撃した。『灰の手』が馬の太股を抉る。馬は大声で嘶き、倒れ込んだ。


「アーサー!」イリアが叫んだ。


 アンとの制約のせいで馬を殺すことはできない。だが、これでしばらく立ち上がれないだろう。強化されている俺の方がイリアより素早い。俺は火魔法が飛び交う街に突っ走った。予想通り、イリアは素直に追ってきた。


「逃げるな、卑怯者め!」


 直情的な人間は操りやすい。そういった人間は視野も狭い。

騎士階級からしてイリアはこの街の警備隊でも上位の立場に就いているはずだ。この街の緊急時に単独行動を許されているのもその証拠だ。

 俺は周囲に目を配り、目的の位置に着く。ヤンスに小声でこれからやろうとしていることを説明した。すべては一瞬で決まる。

 俺は愚直に、走ってきたイリアに向かった。

 イリアは勝ちを確信したのか、にやっと笑い、剣に魔力を構えて立ちはだかる。


「鬼ごっこはおしまいか、魔人!」


 高々と飛び跳ねた俺は、目当てのモノが激突する瞬間、ヤンスに指示する。すると、ヤンスが盾のかたちから、イリアの持つ魔法剣に変身した。

 そして、俺の魔法剣は飛んできた『火の玉』と接触した。


「何!?」


『火の玉』がするりと魔法剣に吸収される。

 俺は飛び降り様に、ヤンスの剣を振り下ろした。イリアは咄嗟に剣を倒し、こちらの大上段の斬撃を受け止める。魔法剣同士がぶつかった。俺の身体が再び鉛のように重くなる。だが、お返しとばかりにヤンスの魔法剣が火を噴いた。

『火の玉』は敵の眼前で爆発し、イリアは爆風に押されて吹き飛んだ。その手から魔法剣が転げ落ち、遠くに飛んでいく。

 それでも彼女は諦めなかった。眼差しを鋭く、すぐさま身体を起こした。

 俺は一瞬で距離を詰め、魔法剣を振りかぶって、思い切り彼女の肩を斬りつけた。鎧越しに、骨の砕ける感触が掌に伝わった。

折れた肩では、剣を振るうことはできまい。勝負は決した。

 俺は二撃目を構え、しかし、そのまま制止した。


「……なぜ、とどめを刺さない」


 俺は、すっと構えていた剣を降ろした。剣を放り捨てると魔力が尽きたのか、ヤンスが元のかたちに戻り、ぐったりと地面に伸びた。しかし『灰の手』を使えば簡単にこの女を殺すことはできる。殺そうと思った。だが葛藤が体を蝕み、身動きできなかった。


「制約……。いいや、お前は約束に助けられたんだ」


 そう言うことしか今の俺にはできなかった。

 覚悟がなかったのだ。制約に歯向かうことではなく、彼女との約束を破る覚悟が。


「約束だと……? おいっ!」


 イリアの叫び声。その視線を追って、俺は危険に気付いた。

『火の玉』が襲い掛かってくる。屋根によじ登ったゴブリンメイジが俺たちを目掛けて、攻撃してきたのだ。『遅延』が解けた俺は避けることができる。だが、そうすれば、『火の玉』はイリアに直撃し焼き食らうだろう。

 イリアが己の未来を悟り、顔色を変える。


(これも俺が殺したことになるのか?)


 アンならきっとそう言うだろう。救える者を救わないのは、大罪だと。

 ヤンスは気絶している。再び魔法剣にするのも不可能だ。

『火の玉』を止めるには、誰かが盾となるしかない。

 俺は覚悟を決めた。

 魔界を追われ、瀕死となり、少年の姿に成り果てて、奴隷に身をやつし、フリフリドレスを着たこれ以上ないってほど哀れで滑稽な俺は、だが、魔人であるために。

 一人の少女の夢を守る覚悟を決めた。

 ――それぐらいできなくて、何が魔人だ。


「ベル君!」


 俺の耳に少女の声が届く。幻聴かと思った。俺たちが心配になって追ってきたのだ。彼女ならばそうするに違いない。そのことを俺はすでに知っている。

 そして、これからすることも。


「待て、来るなっ!」


 救えるものは救うだろう。たとえ、彼女自身が死んだとしても。

『火の玉』の前にアンが割り込む。

その寸前、彼女の体が硬直した。

『束縛』を掛けられたのだと気付いたのは、それが焼かれたあとだった。

 アンの足が止まった直後、代わりに小柄な影が『火の玉』に飛び込んだ。

『火の玉』は小柄な影を包み込み、大きく破裂した。

 爆煙が晴れたあと、地面に小さなそれが転がっていた。

 黒焦げとなった小さな命。

 勇敢なメイジゴブリンは、命を焼き尽くされた。

 アンの悲鳴が聞こえた気がした。遠い、遠くから。

 俺もイリアも、ただその結末を呆然と眺めていた。

 何が正解だったのか。

 イリアを見殺しにすればよかったのか。俺が犠牲になればよかったのか。

 アンが、もっと残酷になってくれれば。

 ただ少なくとも、これが正解だと言うことが、俺にはもうできなかった。


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