第7話:対峙
夜櫻は刀を左から右に一閃した。
少し淡い桜色が煌く。
A児が咄嗟に剣を縦に構え、剣の腹で受ける。
甲高い金属音を響かせた。
夜櫻が間髪入れずに、返す刀で右下から左上に切り上げる。
桜色の光が一筋閃いた。
A児は反射的にバックステップを踏み、剣をそのまま盾替わりにしていなす。
「ちっ」
舌打ちしたのはA児だ。
ずっと受け続けている剣の輝きが少し鈍って来た。
秘宝級の剣だし、街に寄った際にメンテナンスはしてもらった。
この迷宮に入っても、ここまで磨り減る事は無かったのだが。
「喰鉄虫か」
「だけじゃ無いけどね」
他にも希少な素材をじゃんじゃか詰め込んだのだろう。
一旦距離を取ったが、夜櫻が返答と同時に距離を詰める。
桜色の刀がヒラリヒラリと舞い、剣の耐久値をガリガリと削っていく。
嫌な軌道だ。回避する方向を指定されている様な感覚に陥る。
A児は防戦一方で徐々に後退っていく。
「くっ…!」
A児は、剣を大振りに振って夜櫻を遠ざけると、
「相棒!」
典災を呼んだ。
A児の影が一瞬揺らめく。
その瞬間、夜櫻の姿がブレて消えた。
そして、戦場を二筋の桜色の閃光が一直線に貫いた。
「ガァ!」
ほぼ同時に、聞き慣れない呻き声と轟音が響き渡る。
「…えっ?」
A児は思わず振り返った。
夜櫻が駆け抜けた。いつの間にか、二刀流になっていた。
そして、彼女の目の前の壁には、二筋の亀裂が交差する様に付いていた。
閃光の軌跡を追う様に、典災が吹き飛ぶ。
地面に伏した所で数秒の気絶、その隙にモノノフ23号が典災の脇に姿を現した。
<妖術師>が一緒に居る。ルークスライダーで連れて来たのか。
「あいっ」
「君の相手は俺達だぜ」
「ぐっ」
<堕天使の行進>の壁職がA児にタウンティングを行使し、釘付けにした。
間髪入れずに、モノノフ23号が影鬼種族の典災に両手を翳す。
「<月の揺り籠>!」
その瞬間、典災を正八面体の半透明な結界が包み込んだ。
同時に、モノノフ23号の目の前に半透明のウィンドウが表示された。
タイトルは『Administrator Mode Limited Edition』…本来なら大騒ぎするものだが、他の誰にも見えてない様だ。
そこに典災のステータスや状況が克明に記されていた。
優先すべき事は三つ有る。
一、A児との契約を強制解除し、今後誰とも契約出来ない様にする。
二、こちらからの物理攻撃を有効にする。
三、冒険者達から奪った共感子を本来の経験値から分離する。
敵のステータスをいじるのは本来ならチート且つ反則なやり方で、しかも一冒険者では出来ない所業だ。
黒剣や銀剣が聞いたら蛇蝎か某Gのごとく嫌われるのではなかろうか。
夜櫻なら真っ先に文句を言いそうなものだが、能力を掻い摘んで話しても拒否反応は無く、寧ろ頭を下げてお礼を言われた。
今回は状況的に切羽詰まっているので仕方なく、特に契約の解除は最優先である、と。
「リンク…アボート完了…」
ジジッと音がして、一瞬結界が掠れる。
モードを維持するだけで集中力が必要になる。
「物理攻撃無効…解除…っ…」
一瞬意識を奪われそうになった。
「エンパシ、オム、分離…」
そう呟いた所でガクッと片膝を突いた。
「大丈夫か!?」
<妖術師>が肩を抱き、支えてくれる。
「なん、とか…成功、です」
頷いたモノノフ23号が後衛の陣に戻されると同時に、結界が崩れ典災が起き上がった。
「ジェムプロダクション!」
入れ替わる様にヨサクが飛び込んで、典災に必殺の一撃を叩き込む。
「グガッ」
再び地面に叩き付けられた典災から離れたヨサクの手には、バレーボール大の虹色に光る塊が有った。
「地脈に流すんだったか」
「あぁ、頼む」
素早く陣に戻ったヨサクは、介抱されているモノノフ23号に確認を取ると、地脈の出入口を探し始めた。
地脈を探すついでに、呼吸を整え気の流れを制御する。
<ブレス・コントロール>は本来回復特技だが、気の流れを制御する部分を意識し、拳にオーラを集めて行く。
「あっちか」
ヨサクは通路を歩き、ポイントを見定めた。
なるべく足技でモンスター達を蹴散らし、そこへ辿り着く。
意図を理解していたパーティメンバー達が、壁役になって雑魚を近づかせない。
ヨサクは片膝を着き、右拳を地面に向かって上下させた。
息を整えながら数往復、気を更に練って行く。
「シッ…!」
息を吐くと同時に、渾身の一発を繰り出した。
腕をオーラが包むエフェクトが見えた直後、轟音と土煙が周囲を覆った。
「うおっ!?」
助っ人に来ていたイスカが思わずビックリして後ずさる。
土煙を払って良く見ると、ヨサクの足下に穴が開いていた。
穴の底に、虹色の川が垣間見える。
「今のは…オーラセイバー?」
「なるほど…これが口伝の応用か?」
ジブリールが敵を捌きながら思案する。
ヨサクは、そんな事はお構い無しとばかりに、手に持っていた虹色の塊を穴に放り投げた。
虹色の塊が地脈に溶けたのを確認すると、ヨサクは立ち上がり、ジブリール達に頷いた。
◇ ◆ ◇
「ちっ、クソが」
A児は歯噛みをした。
ほんの一瞬の隙を突かれ、典災と引き離されてしまった。
ステータスを見ると、自分の物しか表示されない。
何をしたか知らないが、契約を強制的に解除させられた様だ。
あのクソクレリックが何かしたのか。
「スイッチ!」
視界の端から夜櫻が飛び込んで来た。
すかさずヘイトトップが切り替わる。
連携プレーは巧みらしい。
「お待たせ!」
「別に待ってねえよ!」
鍔迫り合いをしながら、軽口を叩く。
相変わらず、切り合う度に剣の輝きが鈍って行く。
ついでに鎧の耐久値も減って行くのが鬱陶しい。
<冥府の書>を使えれば、戦況ももう少しマシなものになるのだろうが、そんな隙を与えてはくれない。
隙を潰す様に、二振りの刀がA児を踊らせる。二刀流になって、益々剣戟が激しくなった。
典災に近づいて様子を見たいが、夜櫻がそれをさせてくれない。徐々に離されている。
それに、典災の周りには既に<堕天使の行進>のメンバーが群がり、完全に包囲している状態だ。
夜櫻の動きもそれと連動している様だ。
「鬱陶しい!」
バックステップしても、大振りに剣を振っても、纏わりつく様に躱され間合いを潰される。
しかもダメージは与えて来るが、致命傷を狙ってはいない。いずれも牽制の様に浅い。
「何がしてえんだクソババア!!」
A児が苛立ち、叫んだ。
もう一度剣を振って間合いを取る。
「何って」
夜櫻が動きを止め、構えを解いた。
「答え合わせだよ」
力を抜き、両方の刀をダラリと下げ、至極真面目な表情でA児を見据える。
「っ…!」
覚悟や決意の篭った視線に射抜かれたA児は、その態度と意味を瞬時に理解し、悟った。
一番拘っていた勝負が、一生を賭けようと思っていた勝負が、実は既に敗北していた事を今更知り…折れた。
「くっ…くくっ…ハッ!」
A児が唐突に笑った。
「ハハッ、アハハハ、ハハハハハッ」
腹を抱えて笑い出した。
周りは訝しんだが、夜櫻はじっと待っている。
「くはははは…はぁ」
一頻り笑った後、A児は獰猛で凶暴な笑みを浮かべた。
「答え合わせか、そうだな」
記憶の欠片が少し戻って来た。
計画が完全に潰された事を理解したA児は、開き直ったらしい。
「あぁ、アイツを殺したのは、オレだよ」
事務所メンバーの表情は三種類に分かれた。
若手の面々は訝し気な顔だ。
事件の事は知っていても、A児の言葉の意味を理解出来なかった者達。
一方、当時の事を実感として知っている古参のメンバー、特に担当弁護士だった土方歳三とフェイディットは、衝撃を受けた様に目を見開いた。
そして最後。
夜櫻は全く動じなかった。
寧ろ、納得した様な表情で佇んでいた。
補足事項
・口伝の進化について
夜櫻が典災を吹き飛ばした技は、移動技や居合の構えから放てる技を殆ど全て合成したもの。
壁に亀裂が二筋付いていたのは、斬鉄剣と飯綱斬りが入っていたから。
発動タイミングは、典災がA児に力を提供する瞬間。
ほんの一瞬だけ実体化する隙が有るので、そこを見極めた。
ヨサクの場合、掘削奇術を一つの技と考え、他の技に接続した。
典災を打ったのはライトニングフィストで、共感子の欠片を奪い取るために、脈を見る部分を応用した。
一ヶ所で良かったため、オリオンディレイブロウである必要は無かった。
穴を掘ったのはオーラセイバー。
岩盤の硬さを防御力に見立て、貫通させるために使用。
因みに二人とも、今までやった事は無く、一発本番で成功させている。




