第6話:激突
A児の目の前には、大きな扉がそそり立っている。
この迷宮の主と玉座が、扉の向こうに存在するのだ。
今彼が居るのは前室である。
ラスボスの前に、自分と戦ったら。
そして、途中で玉座の間に入ったら。
只の嫌がらせだ。
A児は口角を上げた。
その笑みには、狂気が満ちている。
(主ヨ)
「おう」
(何カ来タ)
「ああ」
A児は、背後を振り返って頷いた。
「偵察用の従者だな」
人間サイズのゴーレムだ。
最後の曲がり角を曲がって来たのが見える。
憑依でもしているんだろう。動きが滑らかである。
どの道ソロのミニオンランクで、今のA児達から見ればそれ程脅威では無い。
「あんたが誰だろうがどうでもいい。くそばばあに伝えろ、俺はココで待ってるってな」
虹色の光を纏い、A児は眼前のゴーレムを叩き切った。
どうせ直ぐ来るだろう。
血の気の多い連中を連れているみたいだし、挑発に乗るも乗らないも、どの道此処はボス部屋の唯一の出入り口である。
壁や天井をぶち割って奇襲をかけて来ても、A児が死ぬだけである。
それこそ願ったり叶ったりだ。
角の向こうから幾人もの人が来る気配を感じ、A児の笑みが深くなった。
そろそろか。
A児が腰の剣に手を掛けた瞬間、突然目の前に人が現れた。
それが誰かを認識する暇も無く、右側に圧力を感じ、吹き飛ばされた。
防御も回避も間に合わなかった。
「がっ…」
壁にぶつかり、ヨロヨロと片膝を突く。
ぶつかった衝撃で壁にヒビが入った。
壁の亀裂に手を掛け、抜いた剣を地面に突き刺す。
杖代わりに立ち上がると、漸く相手の顔が分かった。
「げほっ…よう、クソババア」
A児は、息を整えながら嗤う。
「うん…久しぶりだね…A児君」
夜櫻が納刀しながら、A児を見据えた。
いつに無く真剣な表情だ。
殺気と言うか闘気と言うか、オーラの様な物を感じる。
既に覚悟を決めているのだろう。
やはりそうでなくてはいけない。
A児は、楽しそうに笑った。
夜櫻の後ろを、大勢の冒険者達が走り抜けて行くが、今のA児には関係無い。
イタズラは出来なくなったが、直前に<冥府の書>をオートモードにしてあったので、モンスター達は自動で復活するだろう。
それに、一番大事な相手は目の前に居る。
「相棒」
(アア)
「行くぞ」
居合の構えに入った夜櫻を、A児は本当に楽しそうに笑みながら睨んだ。
◇ ◆ ◇
はみんには、夜櫻が突然消えた様に見えた。
数瞬の後、曲がり角の向こうから轟音が聞こえ、ほぼ同時に覇王丸が号令を掛けた。
「突入開始!」
<暗黒覇王丸>のメンバーが先に雪崩れ込んで行く。
自分達は目的が違うので、彼らの後で構わない。
<暗黒覇王丸>の第二中隊にピッタリ付いて、曲がり角を曲がった。
「っ…!」
年少組の三人は息を呑んだ。
居合の構えを取る夜櫻と、中段に剣を構えるA児が、一〇メートルほどの距離で対峙している。
しかも、夜櫻は近寄り難い気迫を込め、A児は虹色の光を纏いながら。
<暗黒覇王丸>が全員玉座の間に消え、扉が閉まった瞬間、二人が同時に動いた。
刹那、劈く様な金属音が轟く。
思わず耳を塞ぎたくなるが、そうも行かない。
一瞬遅れて、土方歳三達事務所メンバー、<堕天使の行軍>の助っ人達、そしてヨサクとモノノフ23号が動いた。
ハッと我に返ったはみん達も動き出す。
ある程度近づくと、A児の顔も見える様になって来た。
表情が見えて、はみんの背筋が凍った。
A児が笑っている。
狂った様に、或いは悪魔の様に、または虫で遊ぶ無邪気な子供の様に。
他の二人も同様に衝撃を受けたらしい。
凍りついた様な表情だ。
だが、状況は待ってはくれない。
背後から、モンスター達の気配が近付いて来る。
「配置に着け!」
近くに居た<堕天使>のメンバーに叱咤され、我に返った三人は、慌ててフォーメーションを組んだ。
冒険者全員がここと玉座の間に集まっているから、必然的にモンスター達もここに集中して来る。
夜櫻達が邪魔されない様に、雑魚を掃討するのが自分達の役目だ。
A児と典災が隙を見せた時に、モノノフ23号が切り札の口伝を発動させる。
そのサポートのためだった。
…
………
……………
「切り札?」
「へぇ、モノノフ君が口伝ねぇ、なんか面白そう」
ヨサクは胡散臭そうに、夜櫻は興味津々で反応した。
「女帝にしごかれました…」
「Oh…」
「ヴィクトリア陛下か…」
「あっはっは!やりそう!」
項垂れたモノノフ23号を見て、<竜の渓谷>を知っている<堕天使>の数人と夜櫻が、それぞれのリアクションを取る。
”口伝”と言うのは少し違うかも知れないが、元々無かったと言う意味では同じだろうか。
性能とコストの癖が強過ぎて、普段は使えない。
「先ず、<航界種>にしか使えません」
また、本体が目の前に居ないと使えない。
幻とか霧になったり影に潜む等、実体を持たない状態では発動しない。
そして、コストが半端ない。
HPとMP共に、最大値から残り一になる。割合消費どころでは無い。
最大値が幾らであっても変わらない。発動したら必ず残りは両方とも一になる。
つまり、どちらかが最大値で無い場合は、詠唱選択自体出来ない。
更に、詠唱時間が一二〇秒掛かる。
その間に立ち位置を変えたり移動は出来るが、他の特技は使えない。ダメージを負う事も出来ない。
「MP使ったりダメージ受けたりしたらキャンセルすんのか…」
詠唱が完了して、発動準備で保持している間も、だ。
呆れた様なヨサクの声に、モノノフ23号は頷くしか出来ない。
何故か夜櫻はワクワクした目で見ているが。
「どんな効果が有るんだい?良ければ、教えてくれないか?」
<守護騎士>のアルトリウスが続きを促した。
「…正直、あんまり公にしたくないんですが…」
コストに見合う性能は持っている。
だが、ガチのゲーマーからすれば、チートとも揶揄されかねない。
特技名は<月の揺り籠>、とあるGM権限を限定行使出来る。
「GM権限だと!?」
「具体的な能力は伏せたいんですが…発動時間は十数秒です」
セルデシアに受肉した際、GMの欠片が少し混じったのだろう。
魂の奥深くに眠っていたのが、女帝のしごきで目覚めたのかも知れない。
そう言った事を簡単に説明した。
「しかし…そうか、<典災>限定か…」
ジブリールの言葉に、モノノフ23号はコクリと頷いた。
……………
………
…
休憩中の会話を少し思い出しながら、はみんが夜櫻とA児の方に視線を向けた。
チラリと数秒だったが、状況把握には充分だった。
A児が剣を地面に叩き付け、夜櫻がそれを足場に跳び上がった様に見えた。
実際には、A児が振り下ろした剣を夜櫻がいなし、足で押さえつけ、そのまま跳躍したのだ。
宙返りをして、A児を斬りつけ、背後に降りると、もう一太刀浴びせて距離を取った。
夜櫻が着地した瞬間にA児の背後が揺らめいた気がしたが、ほんの一瞬だったため、錯覚かも知れない。
はみんは気を取り直し、迫り来るアンデッドの群れと対峙した。
本当は、夜櫻のサポートをしたい。
A児に色々聞きたい事が有る。
だが、あんなハイレベルの攻防に割って入る実力を持っていない。
フェイディット達事務所組のベテラン勢が、必死に夜櫻のサポートをしている。
その表情にいつもの余裕は感じられない。
フェイディットでさえ、険しい顔で夜櫻にバフを掛けている。
はみんは、後ろ髪を引かれる思いで、前衛達に障壁を付与して行った。
◇ ◆ ◇
覇王丸は、部下からの報告に目を細めた。
剣と盾を持った巨体のミイラ、<王墓の守護者>の隙を突き、斥候が玉座の下の隠し階段に入り込んだ、その報告だった。
金銀財宝は有った。ほぼ手付かずと言っても良いだろう。
他にも、幻想級や秘宝級のアイテムが沢山散らばっている。
だが。
部屋の隅に一箇所だけ、他とは違い台座が設けてあった。
そして、台座の上には何も無かった。
そう言う報告であった。
「ヤツか」
「恐らく」
今現在、夜櫻と戦っているだろうあの少年。
そう言えば扉の前で待ち構えていたが、先に手に入れていたらしい。
封印のお座なり加減を考えると、レプリカだろう。
覇王丸は、フン、と鼻を鳴らし、指示を出した。
「財宝は全て回収しろ。ボスを倒したら、次は新種と小僧だ」
「Sir, Yes, Sir!」
指示に従い、全員が動き出した。