第5話:突入
「ヘイ、レディ・ブロッサム!」
「何?ジブリールさん!」
「今度、旦那に酒奢れって言っといてくれ!」
「あ、うん分かった!」
ミイラ数体を屠りながら、雑談を交わす。
「や~、来てくれて助かったよ~、シークさん達には別で動いてもらってるからさぁ」
「ああ、構わないさ。偶々こっちに居たしな」
ギルド<堕天使の行進>は、全員がアメリカの警察官、および関係者で構成されている。
元々、北米サーバーがホームであり、エジプトには、知り合いの助っ人に来ていただけだった。
ギルドマスターのジブリールは、嘗て<共鳴の絆>に参加していたため、朝霧が事前に<共鳴のミスリルバングル>で連絡を取り、今回の事を伝えた。
そして先日、シーク・エンスが彼らに接触し、情報を共有した事で、今回手伝ってもらえる運びになったのだ。
「それにしても、あの頃にそんな事が有ったとはな」
「まあ、お互い様だよ」
丁度同じ時期に、A児の事件と彼らの事件が重なった。
早川咲良は彼らに呼ばれ、アメリカの事件に関わったが、事務所としてA児の事件も担当する事になったので、大谷和博と保坂秋人に任せた訳である。
「昔からの知り合いでね」
休憩中に、夜櫻がはみん達に話す。
「元々アメリカの弁護士資格は持ってたからさ…時々向こうに行って、色んな事件に関わる内に、ジブリールさんとは知り合いになってたんだけど…」
「現実世界でP.K.ジョンって知ってるか?」
ジブリールの質問に、はみん達は知らないと首を振った。
PKと言うと、どうしてもプレイヤーキラーしか浮かばないからだ。
「ポリス・キラー、ジョナサン・ヴァレンティン、だったか?俺もうろ覚えだが」
覇王丸が答える。
ジブリール達は頷いた。
「その名の通り、警察官だけを狙った連続殺人鬼だ」
はみん達は背筋を震わせた。
「当時全米を恐怖に陥れたシリアルキラーでね…」
ジブリールは、一旦隣の青年をチラリと見遣る。
「最初の犠牲者は、俺の相棒だった。そして、このイスカの…アレックスの、母親だった」
「えっ!?」
はみん達が驚いてイスカを見る。
イスカは、その視線に頷いた。
「本当さ。ニューヨークで最初の事件が起きたんだけど、その犠牲者は母さんだった」
彼は当時一五歳、多感な時期だった。
「俺は犯人が捕まるまで荒れてたんだけどね…二人が報告に来てくれて、それで何とか立ち直ったんだ」
今は警察学校に通っていて、もうすぐ卒業の予定だと言う。
「結局、一三人が殺された。レディが来てくれなかったら、もっと続いていたかも知れない」
犠牲者は出た。だが、彼女のお蔭で事件を解決出来た。
それまでも、ハヤカワサクラの名はアメリカである程度知られていたが、この事件への貢献により警察から更に信頼される様になった。
ただ、本人の希望で非公式の扱いになり、世間にはあまり知られていない。
この情報は、警察や検察、法曹界の中で留められているが、その事を知る関係者からは、敬意を込めて"レディ"、若しくは”レディ・ブロッサム”と呼ばれる様になった。
「もしレディが来なかったら…A児君の代わりに、俺がそうなっていたかも知れない」
イスカは、嘗ての自分を思い出した。
荒れた時期、家にあまり帰らず、ダウンタウンやスラム街に足繁く通っていた。
もしそのままだったら、自分の方がドロップアウトしていたかも知れない。
「だから、A児君の事は放っとけなくてね。それに、世話になったレディに借りを返したかったし」
イスカの言葉に、<堕天使の行進>の助っ人全員が頷く。
「借り?アタシ何か貸したっけ?」
夜櫻の呟きに、何人かがずっこけた。
◇ ◆ ◇
(主ヨ)
「ああ」
(冒険者ガイッパイ来タ)
「そうだな」
A児と典災は楽しそうに笑った。少なからぬ狂気の色を孕みながら。
迫り来る冒険者の集団は、群では無く、軍だった。
まさしく統率が取れ、全体が一つの生命体の様に、有機的にかつ臨機応変に動き回っていた。
その中に、夜櫻をはじめ見知った顔が有る。
<神祇官>のはみん、<妖術師>の雪太郎、<暗殺者>のジュエリー・ビーン。
(なんだ、アイツらも来たのか)
嘗て<放蕩者の記録>で一緒のパーティを組んでいた三人だ。
しがらみと言うのは、中々断ち切れないらしい。
だが。
A児は先ほどと同様に、昏い笑みを浮かべた。
今度こそ、断ち切る。
<魔法鞄>を漁り、あるアイテムを取り出す。
アイテム名<冥府の書:写本>――巻物の形をしたソレは、ボスの隙を突いて探索した最奥の玉座の下、隠し階段の先の部屋で見つけた物だ。
芯の部分に青い石が埋め込まれている。これが電池の様に魔力を供給する構造になっていた。
このアイテムは、不死系モンスターのリポップを早め、しかも操れるらしい。
ただ、フレーバーテキストによると、複製版でありボス属性のモンスターは操れないと有った。
また、本物は破壊不可能だがコレは破壊可能と言う事で、取り扱い注意である。
正直充分だ。モブやパーティランクの雑魚は操れる。
A児はニヤリと嗤い、巻物を起動させた。
半透明のメニューが、目の前に展開される。
リポップ地点は大体決まっているが、細かい調整が可能な様だ。
そして、自分の周囲からも復活可能だった。
その代わり、使用者である自分を中心に五メートル以内、更に迷宮全体で個体数が固定されているので、どれかのモンスターが倒されないと復活出来ない様である。
まあ只の嫌がらせだから、それでも構わないだろう。
正直、これで退却させられるとは思っていない。
夜櫻と言う人物は油断大敵だ。何をどうしてくるか、予測が着かない所がある。
それに、一緒に居る覇王丸と言う冒険者も、以前聞いた事が有る。
第一線で活躍するレイダー達は手強い。
だからこそ、何度も挑めるのだ。
A児はメニューを操作し、リポップのタイマーを加速させた。
◇ ◆ ◇
「おかしいな」
「ああ」
<堕天使>のメンバーが首を傾げる。
「どうしたんですか?」
ジュエリー・ビーンが、スケルトンを倒しながら尋ねた。
「アンデッドどもの動きがね…」
<治癒術師>のベルシュコが、眉間に皺を寄せながら応える。
「やっぱり?」
「レディも気付いたか」
「気付かない方がおかしいだろう」
覇王丸を含め、他のメンバーも何人か気付いた様だ。
歴戦のレイダー達は分かったらしい。
「あのね…」
未だに分からないはみん達に、後から合流したフルートが説明を始めた。
「さっきまでバラバラだったスケルトン達の動きに、連携プレーの動きが見られる様になったの」
戦術的には初歩で、かつレベルが低いから、こちら側がまだ圧勝出来るが。
「後、もう一つ、気付いた事が有るんだよね」
そう言って、夜櫻がヨサクの方を見る。
「オーラセイバー!…リーフトゥルクの方は聞いただけだがな」
目で促され、嫌そうに顔を顰め、ミイラを倒しながらヨサクが話し出した。
「大災害直後に、シヴァの大発生に遭遇した事は有る」
<不死>属性のモンスター達が大発生し、しかもリポップタイマーが高速化されていた。
「あの石にそんな力が!?」
元凶がルークインジェ・ドロップスだと知ったモノノフ23号が驚いた。
「石に近づくほどタイマーが速くなり、最後の方は即時だった」
「つまり、このダンジョンにもソレが有ると言う事か」
「あるいは」
ヨサクの情報にジブリールが頷くが、覇王丸が遮る。
「既に手に入れたヤツが居る」
「かもね」
ゾンビに飯綱切りを放ちながら、夜櫻が同意した。
「何をですか?」
首を傾げたジュエリー・ビーンに、フェイディットが呟く様に答えた。
「<冥府の書>、ですね」
誰が、とは聞かない。
自分達より先に入った者…今の所、一人しか浮かばない。
流石に年少組の三人にも分かったらしい。
はみんと雪太郎が、険しい顔をした。
ジュエリー・ビーンも、寂しそうな表情を浮かべた。
「どの道、行くしか無いな」
土方歳三がミイラを斬り倒して呟く。
彼にとっては、A児に会って話を聞く事が今回の目的だから、既に吹っ切れている。
「…はい」
はみんが、覚悟を決めた様に頷いた。
「夜櫻、念を押しておくが、<冥府の書>は俺達が貰うぞ」
「うん、分かってる」
覇王丸の言葉に、夜櫻は頷いた。
「レディ、本当に良いのか?」
「うん…元々そう言う約束だったしね」
いつもなら、世界を危険に曝せないとか言って拒否しそうなものだが、夜櫻は譲歩するつもりの様だ。
「らしくねぇな…まあ俺達はあんたの判断に従うが」
ジブリールは、複雑な気持ちで夜櫻を見た。
P.K.J事件取材記録
発生場所
アメリカ合衆国各地
犯人
ジョナサン・ヴァレンティン(男・当時33歳)
発生時期
2008年7月末~10月下旬
詳細
ニューヨーク州を皮切りに、各州に1人ずつ、毎週1回のペースで犯行が行われた。
被害者は全員警察官である。
犯人の強い拘りにより、上記のルールは徹底された。
13人が殺害され、14人目を襲った所で現行犯で逮捕された。
場所も曜日もランダムだったため、FBIの捜査も難航するかに思われたが、10月下旬に劇的な解決を見た。
犯人であったジョナサンは、素直に自供し、裁判でも有罪となった。
各州1人ずつ、計50人を殺したら、自殺するつもりだったらしい。
精神鑑定の結果、サイコパスであり、自分の命も他人の命も等しく軽く考えていたと言う。
裁判では死刑判決が下され、2009年12月に執行されている。
なお、この事件について、1つ奇妙な噂が有る。
日本人の弁護士が、事件解決に貢献したらしい。
しかも、捜査に参加して解決するまでが3~4日ほどだったと言う。
ただ、その事については、関係者全員が知らないと証言しているため、筆者はデマかただの噂であろうと推測する。
被害者リスト
1.アレクサンドラ・ブリッグス(ニューヨーク州・ニューヨーク)
2.カイラル・テストール(テキサス州・ダラス)
3.アリシア・ツォン・鈴木(ワイオミング州・シャイアン)
4.シン・W・カーティス(ミズーリ州・スプリングフィールド)
5.ブライアン・アジード(ハワイ州・カイルア)
6.ジェイド・楊(サウスカロライナ州・チャールストン)
7.マリアンナ・ゴールドソン(カリフォルニア州・サンノゼ)
8.秦汪喇(ミシガン州・デトロイト)
9.橋本英之(ユタ州・プロボ)
10.ゲイリー・ファーガスト(アラスカ州・アンカレッジ)
11.ボブ・シャークス(ケンタッキー州・レキシントン)
12.ジョージ・H・サンダース(ニューハンプシャー州・マンチェスター)
13.アン・F・シルバートーク(ネブラスカ州・オマハ)
14.フェルディナンド・シーブック(軽傷:ミネソタ州・ミネアポリス)