第4話:会合
覇王丸陛下をお借りしました。
「あはははははははははははははははは!」
A児が狂った様な笑いを通路に響かせる。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
取り付かれた様に剣を振るい、特技を繰り出す。
襲って来たモンスター達を屠り、死体が消えるまで剣を突き刺し続けた。
「くっくっくっ…」
腹の底から笑いが込み上げて来る。
これほど爽快な気分はいつ以来だろうか。
この辺りは獣系と不死系のモンスターが入り交じる境目らしい。
奥に行くほど不死系が多くなるが、この辺りは遭遇するモンスターが半々ぐらいになっている。
セーフティゾーンに戻り、一度休憩を取る事にした。
(主ヨ)
「ん~?」
(アノ冒険者ノ集団ハナゼ見逃シタ?)
頭に未練を匂わせる声が響く。
「あぁ、アイツらは偵察隊さ」
(ホウ?)
「主力部隊がその内に来る。それが本番だ」
A児は保存食を齧りながら口角を上げた。
このダンジョンがフルレイド対象である事は、入口の案内に出るから分かっている筈だ。
それで一〇人程度の編成なんて、強行偵察以外には考えられない。
「多分、近い内に来るだろうさ」
(ソウカ…)
「おう」
A児は典災の問いに答えると、そのまま寝転んだ。
◇ ◆ ◇
何でこんな事になっているんだろう?
サリーヤは隅の方のテーブル席に座ったまま、内心諦めていた。
ヤマトから来たと言う冒険者の一団に囲まれているのだ。
さっき目が合ったピンク色の女剣士に声を掛けられたのである。
丁度休憩に入った所だったので、話し掛けるタイミングを見計らっていたのだろう。
「サリーヤさんだっけ?ちょっとお話聞きたいんだけど、良いかな?」
遠慮がちに聞いてきたので、印象は悪くない。
「はい…何でしょうか?」
だが、一体何を聞かれるのか、戦々恐々だ。
「実はさぁ、ある冒険者を探してるんだけど」
夜櫻と名乗ったピンク色の女剣士が話し始めた。
「A児君の事、もしかして知ってる?」
確信を持った問い方だ。多分、誤魔化したりは出来ないだろう。
「…はい」
なので、サリーヤは正直に頷いた。
夜櫻の脇に控える巫女装束の女冒険者――"はみん"と名乗った――がピクリと反応したが、サリーヤは気付かない振りをした。
「もし良かったら…教えてくれるかな?」
「…分かりました」
気遣う様な夜櫻の視線を正面から受け止め、サリーヤは頷いた。
…
………
……………
今から二〇日ほど前の事。
サリーヤは、とあるキャラバン隊と一緒に、この街の近くにあるオアシスに辿り着いた。
大地人の足では街から徒歩で二日ぐらいは掛かるが、護衛の冒険者八人と共に一息つけると安堵した。
「よう、景気はどうだい?」
背後から不意に掛けられた声に、大地人達は固まった。
護衛の冒険者達は即座に戦闘態勢を取り、キャラバン隊を囲んだ。
「お前ら…!」
二〇人程の冒険者が姿を現したのだ。護衛隊のリーダー、エイムンが険しい顔で口走る。
エイムンにとっては見知った相手だった。そして、今一番会いたくない連中だった。
PKギルド<砂漠のサソリ>――ゲーム時代はアフリカサーバーを中心に活動していたが、大災害以降、冒険者だけでなく大地人にも手を出す様になった。
サリーヤ達は事前にエイムン達から聞いていたので、素早く後ろに下がる事が出来たが、やはり多勢に無勢か。
あと十数メートル…もう少しでオアシスに入れるのに、背中を向けると一瞬で追いつかれそうな恐怖を感じる。
「ワクリ…わざわざお前が来るとはな…」
エイムンが愛用の剣を構え、集団のリーダーに話し掛ける。
「いや何、お前が直接クエスト受けたって聞いてよ。ちょっと面白そうだから人集めただけさ」
ワクリと呼ばれた魔術師の男が、獰猛な笑みを浮かべてエイムンに答えた。
護衛の仲間達が全員前に出てきて、キャラバン隊とエイムンの間に位置取った。
明らかに戦う事を前提とした動きだ。
「ふん…こっちとしちゃあ、積荷と女をくれりゃあ、大人しく引き下がっても良いんだがなぁ」
「信用出来るか!そもそも素直に渡せる訳ないだろう!」
エイムンの仲間の一人が怒鳴る様に言い放つ。
「ま、そうだろうな」
ワクリは、くっくっ、と愉快そうに笑い、杖を取り出した。
交渉決裂、および宣戦布告の合図だ。
同時に護衛の一人がキャラバン隊に指示を出し、徐々に下がらせる。
じりじりとオアシスに近づけているのだ。
残り一〇メートルを切った所で、オアシスの森から誰かが姿を現した。
「何だ?…騒がしいな」
「えっ?」
最初に反応したのはサリーヤだった。
全身鎧に身を包んだ少年が、寝起きの様に頭を掻きながら木陰から砂漠に歩を進めたのだ。
「なっ!?」
「誰だてめぇ?」
エイムンの叫びとワクリの誰何は、ほぼ同時だった。
エイムンは伏兵かと思い、ワクリは単純に知らない相手だっただけだが、数瞬のち、エイムンはそれを理解した。
すなわち、新たに現れた人間はワクリの仲間では無い。
「こいつ、レベル九二だぞ!」
エイムンの仲間が少年のステータスを読み、驚愕の声を上げた。
冒険者達の間にざわめきが広がる。
「ちっ…んだよ、折角寝てたのに…」
ブツブツ呟きながらも、鋭い視線を周囲に巡らせる。
「ねぇ、PKどっち?」
「えっ?」
一番近くに居たサリーヤに、少年が問い掛けた。
「あ~…敵、どっち?」
サリーヤはまさか自分に話しかけられるとは思っていなかっただけだが、固まった彼女を見て、少年は大地人故に用語が分からないと判断したらしく、言い直した。
「あっ、あっち、ですっ」
我に返ったサリーヤは、咄嗟にワクリ達を指した。
「ふうん…?」
少年は、気乗りしない様な雰囲気でエイムンの傍に歩いて行った。
「あんたリーダーだよね」
「あ、ああ」
「報酬なんか出る?」
「今は…あまり持ち合わせが無いが、ギルドハウスに帰れば、金貨やアイテムを渡せる」
どうやらこの少年は中立らしい。そう判断したエイムンが素早く思考を巡らせ答えた。
「あ、あの、護衛に参加して頂けるなら、三食作ります!」
サリーヤが割り込んだ。商人達も調理出来る冒険者もコクコクと頷く。
「ふうん…」
少年は面倒そうに欠伸をしながら、ワクリの方に数歩近づいた。
「そっちは?」
「幹部待遇だ」
ワクリがニヤリと笑って即答した。
アイテムや金貨は幹部が優先的に貰う事になる。
大地人のメイドや女も、幹部には優先的に宛てがわれる。
「…ふうん…」
興味無さそうに応じると、スタスタと歩き始めた。
ワクリ達の集団の外側を回り込む様に進みながら、何やら虚空を人差し指でいじり回す。
「俺さぁ、嫌いな人種ってのが有るんだけどさぁ…」
回り込んで約九〇度、そこで剣を取り出し、切っ先をワクリ達に向けた。
気付けば、少年の身体から虹色の光が立ち昇っている。
その状態で少年はポツリと呟いた。
「アンカーハウル」
途端に、ワクリ達が少年から目を離せなくなってしまった。それも十数人も。
「な、にぃ!?」
「虎の威を借る狐って知ってる?」
ワクリ達の狼狽を無視し、少年は続けた。
「自分は弱い癖にさぁ、強いヤツの名前借りて威張り散らすヤツ…後さぁ、自分より強いヤツとは戦わずに、自分より弱いヤツをいたぶって調子に乗るヤツ…」
少年は、見下す様な目でワクリ達を見据える。
「そう言う連中が一番嫌いなんだよね」
「ぐっ、てめえ…!」
少年が移動するのに合わせて、ワクリ達の足も追従する。
その動きに合わせる様に、エイムン達が残りの敵を囲んだ。
「あ、エイムンさんだっけ、終わったら飯作って」
「分かった」
少年はその後、剣を高々と振り上げ、はーいこっちですよ~、とバスガイドの様に連中を引き連れ、何処かへ行ってしまった。
……………
………
…
「それから暫くして、A児様が戻って来られました。エイムン様たちの戦いも丁度終わった所で…」
後で訊いたら、巨大な蟻地獄に食わせたらしい。少年の名前を聞いたのはその時だ。
サリーヤ一行とA児は、それから数日一緒に行動した。
「A児様は、なんと言うか、謙虚な方で…」
サリーヤは、そこで言い淀んだ後、頭を横に振って言い直した。
「いえ…周りには興味が無さそうでした」
強さは圧倒的だった。
職業柄、素早さは遅いが、総合的なステータスは群を抜いていた。
エイムンからそう聞かされていたし、大地人から見てもそう思えた。
護衛依頼もきちんとこなし、エイムン達との連携もそれなりに出来ていた。
だがそれだけだった。
自分から話し掛けて来る事は無く、しかも、こちらから話し掛けても、最低限の言葉しか交さなかった。
「街には入らず、近くの街道で別れました…A児様とご一緒したのはそこまででした」
エイムンによれば、この辺の冒険者は荒くれ者が多く、こんな報酬で請け負ってくれる人は中々居ないらしい。
それとなく誘ったが、断られたそうだ。
夜櫻は、一通り話を聞いて頷き、口を開いた。
「ふむ…サリーヤさん、他に何か気付いた事有るかな?どんな細かい事でも良いんだけど…」
「はぁ…そう言えば…」
少し考えたのち、一つ思い出した。
「道中、特に戦闘中なんですが、誰かと何かを話す様子が有って…」
サリーヤが、思い出しながら、ポツポツと話す。
「その直後に、虹色の光がA児様から溢れて来て、強くなった様に思います」
「ふうん…そっか…」
夜櫻が物憂げに考え込む。
「あの…」
夜櫻の後ろに控えていたはみんが、サリーヤに問い掛けた。
「行き先とか聞いてませんか?何処へ行くとか…」
はみんの質問に、サリーヤは首を横に振った。
「申し訳ありません…行き先も聞いた事が有るのですが、適当に移動すると…」
そこまで話して、ふと思い出した。
「そう言えば…何処か近場の迷宮について、エイムン様達に尋ねていらっしゃいましたけど…」
「ダンジョンか…」
<妖術師>の少年が呟く。
サリーヤはそれ以上の詳細を知らなかった。
◇ ◆ ◇
夜櫻は、何処かへ念話したのち、これから知り合いが来ると告げた。
「知り合い?」
フェイディットも知らなかったらしい。
「うん」
「一体どなたですか?」
「覇王丸君」
土方歳三の問いに、夜櫻は事も無げに答えた。
聞いた瞬間、フェイディットが肩を落として眉間を揉んでいた。土方歳三も驚いている。
はみん達は良く知らないが、どうやら厄介な相手らしい。
「所長…大丈夫ですか…?」
疲れきってゲンナリした顔でフェイディットが訊いた。
「ま、何とかなるでしょ!」
いつも通りの朗らかな笑い方に、フェイディットと土方歳三は益々項垂れた。
「モノノフ、知ってるか?」
「情報だけは…」
ヨサクがモノノフ23号に訊いた。
ゲーム時代、大災害以降、ホネスティが集めていた情報や噂話を知っている範囲で話す。
モノノフ23号自身も直接は知らないし、話半分でも信じられない。
話を聞いたはみん達も、似た様な感覚になったようである。
「それ、大丈夫なのか…?」
呆れたヨサクが独り言の様に訊くが、モノノフ23号には答えられなかった。
数分後、覇王丸が数人のお供を連れて、店にやって来た。
「話というのは何だ?」
彼は、席に着くなりそう言った。
「ダンジョンの偵察を邪魔されたって聞いたけど」
「ああ。一〇人パーティで入ったが、一組の冒険者と新種のペアに阻まれた」
それがどうしたと言わんばかりだ。
「いつ突入するの?」
「明日の予定だ」
「そっか…出来れば、そっちのペアをアタシ達に任せて欲しいんだけど…」
「ほう…」
夜櫻と覇王丸が、お互いの目を鋭く覗き合う。
「その代わり、そちらの妨害はしないよ、前回と違って」
その言葉に、覇王丸の眉がピクリと反応した。
「俺達が何を探しているか、知ってるんだな?」
「…多分だけど…」
夜櫻は、一拍置いて言った。
「<冥府の書>、だよね?」
夜櫻と覇王丸は、再び睨み合った。
「あの…」
はみんに付いて来た<妖術師>の少年――雪太郎――が、遠慮がちに割って入った。
「"ネクロノミコン"って何ですか?」
「あぁ、ゆっくん達は知らないんだっけ」
「この辺り一帯のダンジョンに設定されているフレーバーテキストなんですが」
夜櫻の呟きを受け取って、フェイディットが解説を始めた。
「冥界の門を開き、不死者達をこの世に呼び寄せると言われている物です」
「ゲーム時代は単なる説明用のテキストでね、入手不可能だったんだけど」
現実化したこの世界なら、冥府の書も実体化していると思われる。
夜櫻が続きを引き取った。
Webサイトの考察とまとめによると、全部で一〇冊有るらしい。
「それらを全て手に入れると、冥界の王となり、あらゆる不死系モンスターを使役し、操れると言われていました」
フェイディットが記憶を辿る。
元々、この地域に不死系の迷宮が集中していたので、その理由付けの為だった。
元の世界に”死者の書”が伝承として存在しているので、丁度それを原型に採用した格好だ。
「あのダンジョンに有りそうなのは”No.4”だ」
「もしアタシ達が見つけたら、そっちに渡しても構わないよ」
「降りかかった火の粉は払うぞ」
「うん…まぁ、それは仕方ないね。お互い様な所は有るけど…」
夜櫻にしては随分な譲歩だ。
冒険者一人と新種一体に、冥府の書を交換条件に据え、しかも、自分達が見つけたら便宜を諮るとまで言っている。
覇王丸は、一つの可能性に思い至り、ピクリと眉を動かした。
「夜櫻」
そして、話し合いが終わったと見て立ち上がった。
「うん?」
「一つだけ言っておく」
覇王丸は、去り際に言い捨てた。
「そいつとどんな因縁が有るかは知らないが、優しさと甘さを履き違えるなよ」
外の空気が、風となって夜櫻の顔を叩いて行った。
<冥府の書>
ゲーム時代はフレーバーテキストだけの存在だった。
全部で十冊有り、便宜上No.1~10まで番号が振られている。
北アフリカに不死系の迷宮が多いのは、これが集中して存在しているからと説明されていた。
全て手に入れると、あらゆる不死系モンスターを使役できると言われている。
その形態は、羊皮紙とも粘土板とも、或いはパピルスとも言われているが、詳細は不明である。
<暗黒覇王丸>の幹部によると、既に二冊は所在を確認済みだが、まだ取得には至っておらず、No.4が三冊目らしい。