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オイディプスの鬱屈  作者: みずっち
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第2話:海外編

「くっ…くそっ…」

砂漠の入り口で、一人の冒険者が膝を着いていた。HPゲージは赤色に染まり、MPも枯渇している。

日本人と思しき少年が目の前に立っているが、無表情で自分を見下ろす様はまるでゴミでも見る様だ。

巡回中、近くの<妖精の輪>から出て来たばかりのこの少年にチョッカイ(PK)を掛けたのが運の尽きだったと、今は後悔している。

それにしても、この少年の強さは何だ?

ステータスを確認し、レベル九〇(今の上限)を超えていたのを確認して念のために仲間を呼んだ。用心して当初の六人から十五人に増やした。

この少年のレベルは九二。自分達は八五~九〇で揃えた。

確かに未知のレベルだが、たかだか二レベルの差だ。勝てない相手では無い筈だった。

それなのに。

不可思議な事が起こった認識は有る。

相手のステータスは常に確認し共有していた。そこに不備も見間違いも無かった。

<守護戦士>である事も確認済みだから、<レジリアンス>等を持っている事も想定済みだった。

だが。

「な、何だ…一体…何なんだ、お前は…」

そのHP回復量や特技の回転率が異常だった。まるでMP残量を気にして無い様な手数でもあった。

何度も削ったのに、その度にHPを回復させ、体感だがその他ステータスも上昇している様に感じた。

MPも回復していたかも知れない。

男の問いに少年は全く答えず、ニヤリと笑って、持っていた剣を振り上げた。


六月――大災害から一年が過ぎた。

A児は今、ヤマトには居ない。望郷派を見限って<妖精の輪>に飛び込んだのだ。

今は現実世界でのサハラ砂漠の外縁部に居る。

その証拠に、地平線の近くにピラミッドとスフィンクスを象った建物、そして微かに街が見える。反対側の方にオアシスも見える。

PK集団を返り討ちにしたA児は、何事も無かった様に剣を納め、空を見上げた。

ヤマトであればそろそろ梅雨に入る頃だが、ここは雲一つ無い晴天。寧ろ太陽が熱い。

「…くっ…くっくっ…」

自然と笑いが込み上げて来る。中々良い気分だ。

以前見たアニメで、「正月に下着を替えた気分だ」みたいな言葉を聞いたが、正にそんな気分だった。

「くふっ、あはは、あははははははははは!」

砂漠にA児の笑い声が轟いた。

突っかかって来た連中をこうも良いようにあしらい、屠る事が出来たのだ、当然であろう。

それもこれも旅の途中で出会った相棒(・・)のお蔭である。

(主ヨ)

「ん~?」

(アレヲ回収シタイ)

「おぉ、良いぜ相棒」

頭に響く声にA児が答えると、目の前で消えかかっている冒険者の泡が一欠片、A児の影に吸い込まれて行った。



………

……………



四月に嫦蛾の大群が襲来した際、望郷派の連中の殆どが眠りを受け入れた。そしてそのまま泡になって消えてしまった。

何人かはその時街から出払っていて寝そびれたようで悔しがっていた。その間にシブヤのレイド(元凶の討伐)が終わっていたらしい。

A児はその様子を鼻で笑った。ざまあみろ、だ。

シブヤのレイドが終わった後、濡羽がアキバと協調路線を敷く事にした。

加えて、<壬生狼>のカズ彦が新たな武器を手に入れ、それで殺された者は元の世界に帰れるという噂がちらほら聞かれる様になった。

嘘か真か知らないが、望郷派の何人かは彼に接触しようと真剣に話し込んでいたのを目にした。

ドイツもコイツも余計な事を。戦乱になればまた死ぬ事が出来るのに。

第二席のインティクスは何やら画策しているらしいが、果たして自分にどんな影響が有るか不明だ。

やはり自分で行動しなければならないだろう。

そして望郷派も人数が少なくなって勢いが衰えて来た。

この集団はもうダメか。そろそろ身の振り方を考える時期かも知れない。

そう思ったA児は、五月になって早々、<妖精の輪>に飛び込んだ。


中東、オーストラリア、北米、死に場所を求めて様々な場所に飛んだが、中南米で洞窟に入った時、相棒に出会った。

見た目は<霊体(アストラル)>系のモンスターでシルエットそのものみたいに真っ黒だが、体中のあちこちにノイズが掛かっていて、そこの部分だけ半透明だった。

まるで存在自体が不安定である様に見えた。さながらバグの残ったプログラムである。

名前と種族は文字化けしていて読めなかったが、レベル九〇のハーフレイドランクである事は分かった。

「ワ、レ…ト…メ、イヤ…ク…」

「盟約…?」

一度戦闘態勢に入ったA児だったが、会話が出来ると分かり、少し興味が湧いたので話を聞く事にした。

ノイズ混じりで聞き取りにくかったが、盟約を結び、「エンパシオム」の欠片を提供すれば、それをエネルギー源にしてMP・HPの回復や一時的なステータス上昇を実施してくれると言う。

「”エンパシオム”って何だ?」

「エム、ピ…エイ、チピー…ノ、モト…オ、マエ…タチ、ノ…ジ…ンカ…ク…ヲ、コウ…セ、イス、ル…」

根気良く聞くと、どうやら記憶の一部らしい。利害が一致したので受け入れる事にした。

盟約を結ぶと、そいつが自分の影に入り込みステータスが変化した。A児のステータスが点滅し、二重になったのだ。

二つ目のステータスは、種族は<典災>、レベルが九〇、ランクはハーフレイドであった。



……………

………



「さてと」

PK集団のドロップ品を回収すると、A児は周囲を見回した。

数十メートルの所に自分が出て来た<輪>が有るが、それ以外に目立つ物はほとんど無い。三六〇度岩と砂だ。

(主ヨ、コレカラ、ドウスル?)

「そうだな…」

ピラミッドの近くに街が見えるが、正直行く気は起きない。

プレイヤータウンなら衛兵も居るだろうが、さっきの連中も居るかも知れない。

別に死ぬのは構わないが面倒臭い。何が面倒かと言えば、情報が漏れる事だ。

<放蕩者の記録>(クソババア達)は想像以上に地獄耳である。変な噂が広まれば、あそこの情報網にも引っ掛かるだろう。

もっとも人の口に戸は立てられないと言うから、さっきの連中から広まるかも知れないが。

「取り敢えず、どっかのダンジョンを探すか…」

不死系がメインの場合は食糧調達に不安が残るが、他の種族、とりわけ獣系なら何とかなるかも知れない。実際、今まで何とかなって来た。

前の街で結構補給はしたし、さっきのPK連中からせしめた物が少し有るので暫くは大丈夫だろう。

オアシスに行けば街に入らずに済むかも知れないし。

「あぁ、でも…」

それでも一応街には立ち寄った方が良いか。

可能な限りプレイヤータウンには立ち寄らないと決めているが、死に戻りした時に、今の状態では前のサーバーに戻ってしまう。

別に前の街に戻っても悪くは無いが、一ヶ所に長く留まるとやはり目立ってしまうのだ。情報網に引っ掛かる恐れが有る。

アフリカサーバーは大陸全土が一つのサーバーだ。この大陸のフィールドに居るだけで念話が通じてしまう。

正直クソババア共には会いたくない。

だから、最低限の処理を済ませたら、さっさとダンジョンを探して篭もりたい。

この近くには無さそうだが、どこかのオアシスを経由しても良いし、大陸は広い。探せば幾らでも見つかるだろう。

とにかく、今は知り合いには会いたくない。

「行くか」

(分カッタ)

A児と典災は街に向かって歩き出した。



 ◇ ◆ ◇



その噂は直ぐには広がらなかった。

一人の<守護戦士>を相手に、十五人のPK集団が返り討ちにされたのだ。

幾ら上限を超えたレベル九二とは言え、ゲームシステムに支配されるレベルのシステムで、たったの二はそれほど差の出る強さでは無い。

そもそも話した処で信じる方がバカだと言われるし、プライドの問題も有った。こういうアウトローな集団は、舐められたら終わりなのだ。

しかし人の口に戸は立てられない。その噂は都市伝説の様に徐々に広がって行った。

「所長」

「うん」

魔術師の男が呼びかけると、傍らの女剣士が短く頷いた。

ヤマトから来た二人は、酒場でその噂を聞いて確信した。

「…所長、副所長、本当なんでしょうか…」

少し前に合流した<盗剣士>の男が、浮かない表情で女剣士に問いを投げかける。

「勿論証拠は無い。けど、アタシはそう思ってる」

夜櫻の勘が告げている。それはA児だ、と。

噂には尾ひれが付くから、多少なりとも大げさになるものだ。だが、核心部分は変わらない筈である。


・一人で十五人を返り討ちにした。

・レベル九二の<守護戦士>、名前にAの文字が入っていた。

・時々誰かと会話していた様子である。


噂には色んな話が盛られ、新特技やら幻想級の更に上のランクの装備やらが付いて回ったが、夜櫻の野生の勘の様な物が三点の情報を抽出したのだ。

「一応、出所の集団は突き止めましたが…」

「じゃあ話聞きに行こうか」

夜櫻は、土方歳三の報告に頷くと、先頭に立って表通りを歩き出した。

フェイディットはすかさず後ろを付いて行ったが、土方歳三は少し遅れて歩き出した。

「トシ、心配なのは分かるし、疑問なのも分かる。けど、多分、あの子だよ」

「っ…はい…」

夜櫻がいつに無く真面目な顔で告げた。

恐らく責任の一端を感じているのだろう。

十年前の事件で担当した弁護士は大谷和博だったが、それを指示したのは所長の早川咲良だった。

丁度同じ頃、海外に出張する彼女に代わり、彼が務める事になったのだ。

サポートに副所長の保坂秋人が入り、次善の策としては最良だと思っていた。

実際和博は良くやったと、二人は思っている。


夜櫻の見立てでは、A児に典災が取りついていて、力を貸している。

レベルは分からないが、もしレイドランクなら、事によっては災害が起きる可能性すら有る。

レイドランクのモンスターが冒険者の知能を手に入れたら。

共生、或いは共依存の関係に有るなら、無理矢理にでも引き剥がすしか手が無い。

無論これは最悪のパターンの話だが、十中八九その通りだろうと、フェイディットと土方歳三は考えている。彼女の勘は信頼に足る精度である事を、今までの経験で知っている。

だからこそだ。

土方歳三はこの推理を聞いた時に衝撃を受けた。

時々気に掛けていた少年が、こっちの世界(セルデシア)で行方不明になり、所在が判明したと思ったらそんな状態になっていた。

「…A児…待ってろ…」

そう呟く土方歳三の顔を見て、夜櫻とフェイディットは少し安堵した。

十年前のあの采配は間違って無いと思っていたし、さっきも若干精神面が心配だったが今は前を向いている。目に篭った力は沈んではいない。

元々くよくよ立ち止まる性分でない事は分かっていた。

「トシ、案内宜しく」

「はい」

今度は土方歳三が先頭に立った。



 ◇ ◆ ◇



目の前にダンジョンの入口が見える。

切り立った崖の側面を削った様な門で、両脇に巨人の像が四体座っていた。

昔、教科書やTVで見た物に似ている。

ラムセス二世の神殿だったか。位置的にも大体合うだろう。

<暗黒覇王丸>のメンバーが十人程度、先遣隊として岩陰に隠れて様子を伺っていた。

「大佐、先客が居る様です」

入口付近に一人の冒険者を見つけた小隊長が、第三部隊の総隊長に念話を飛ばした。

「一人です、他には見当たりません」

装備を見るに、<守護戦士>のようだ。流石にこの距離ではステータスは見られないが。

しかし何故こんな所に一人で居るのか分からない。周囲には他に人が居る気配は無い。ソロのようだ。

その冒険者は周囲を伺う様子も無く、中に入って行った。

「大佐から許可が降りた。強行偵察を開始する」

それはつまり、障害の排除もしくは可能ならスカウトを意味する。

全員が頷き、装備を整えてダンジョンの入り口に向かった。


(主ヨ)

「ん~?」

(後ロカラ人ノ気配ガスル)

「あぁ…俺も分かる…」

複数の人間の気配。


ここは高レベルのダンジョンだ。

こんな場所に集団で来るのは冒険者以外有り得ない。

また戦闘が出来る。


A児は、ニタリ、と昏く笑った。

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