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短編

滅べ!ハーレム!!!~初恋の人は勇者の二番さん?~

作者: 月森 コウ




――彼女と出会ったのは、私がまだ、10歳にも満たない頃だった


 大陸を覆う大森林に爆音が響き、煙が上がる。

 大森林の広さを思えば小さな、だが、”僕”の住む集落を簡単に飲み込むほどの、巨大なクレーターがポッカリと出来上がった。

 そして上空にはクレーターを遥かに超える、黒い影。

 そのうごめく球体は、その本体の左右に巨大なコウモリのような羽を広げていた。


 その少し前、僕はその影に怯えながら、震える足で走り続けていた。

 集落の者たちはすでに逃げ去った後。

 逃げ遅れた心細さに泣きじゃくりながら、それこそ死ぬような想いで仲間を追いかけていた。

 だが、爆破の風に吹き飛ばされ、なぎ倒された木々の隙間に滑り落ちてしまう。死にたくないと、必死の想いで這い出したものの、小さな体は木々が根こそぎ消し飛んだクレータの中へと転がり落ちてしまった。

 地面に埋めた顔を上げ、僕は呆然とした。

 クレーターの端にいる自分の反対側。はるか遠くに見える木々を見て、必死で走ってきた距離が、自分の住んでいた集落が消え去ったことが分かったから。

 そして、上空を見て、あぁ、終わったんだ、と悟った。

 ヤツがまた、あの巨大な口を開いたから。

 縦に割れた口の両側で巨大な目がギョロギョロと動く。奇妙に白いギザギザの歯が覗く口の前に、見る間に魔力が集まってゆく。最初は点のようだったそれが、どんどん大きさを増し、紫を帯びた球体状に。

 あれがもう一度放たれれば僕の命はもちろん、今も逃げているであろう集落の者たちの命さえ危うい。彼らの行く末を案じたところで、死が確定した僕が知ることはないけれど。

 僕は死を受け入れ、項垂れて目を閉じた。一瞬で死ねることを祈って。


「諦めるのは早いわよ」


 背後から芯のある強い声が放たれる。次の瞬間、黒いショートブーツが小さく音を立てて荒れ地を踏みしめ、黒いローブがはためいた。

 驚きに目を見張った僕の前には小柄な少女の背中があり、一つに結われた黒い波打つ髪が風に揺れていた。不意に少女が肩越しに振り返り、僕を見下ろす。

 黒いローブに、黒い髪。そして褐色の肌。その中で、黒々とした長いまつ毛に囲まれた金色の瞳が、ひときわ明るく輝いて僕を見つめていた。

 死神の手の中で諦めていた僕は、魅入られたようにその瞳を見つめる。

 そして、少女は小さく微笑み、僕は目を瞬いた。


 次の瞬間、彼女の姿が掻き消える。

 幻覚だったのかと思ったのは一瞬。僕の尖った耳に、風がはるか上空から音を運んでくれる。僕は空を見上げた。だが、頭上を覆い尽くすのは黒々とした影ばかり。あの一瞬で、彼女はその更に上に到達していた。

 地上の凶事にも関わらず、どこまでも広がる澄み渡った青空。見渡すかぎり続く、地上を覆う大森林。その世界に現れた、巨大な紫を帯びた黒い影。

 その広大な景色の中で、少女は取るに足りない、小さな存在に見えたに違いない。


 僕には見えないはるか上空では、落下による強風で少女の黒いローブがひるがえり、その下の黒いシャツとショートパンツ、ほっそりとした筋肉質の手足が顕になっていた。そして、ややつり上がった眉の下、金色の瞳は冷静に化物の姿を見つめ――


「だぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 少女の雄叫びが上がった。

 地上にいた僕の目の前で、突然、影が赤い光に一閃された。

 二つに割れた影の間からは、先程の少女が身体を小さく丸め足から落ちてきた。右腕だけが振り抜かれたように広げられ、その金色の瞳と同様に赤い光を纏っている。


――魔族だ


 ここに来て、僕は初めて彼女の正体に気づいた。

 魔族は魔力を使う時、赤い光を纏うと聞いていた。彼らの殆どは別の大陸に住んでおり、僕らの種族は森から基本、離れない。だから、実際に見たことなどないのだが、書物などの情報ぐらいは持っていた。

 僕が彼女の種族に驚いていると、頭上で爆音が起こる。どういう攻撃だったのか、時間差であの化物は爆散したようだった。


「っしゃぁああああ! これで500匹!」


 彼女は前の開いたローブを気にするでもなく、細い手足をさらしたまま小躍りしている。

 一年で百匹強なら順調ね、と嬉しそうだ。

 あの服装は魔族の中では普通なのだろうかと、ドギマギする僕には気づきもしない。


「あ、あの……」


 エルフ特有の白い頬を赤く染め、僕は勇気を振り絞った。

 情けないことに、クセのある白銀の前髪の下で、淡い青の瞳は涙で潤んでいたと思う。


「僕は”風の歌”の里のルティス。命を助けていただき、ありがとうございます。失礼ですが、貴方のお名前をお伺いしても……?」


 幼い子供特有の高めの声で尋ねると、彼女は踊りをやめて僕を見た。彼女の平然とした態度を見る限り、あの踊りも恥ずかしいものではないらしい。


「ん? あぁ、私はエスペラ。あかの狂犬エスペラって呼ばれている。よろしくなっ!」


 少女がニカッと笑い、僕は真っ赤になった。

 あの化物が現れる前の僕だったなら、まず、少女のあの雄たけびに怯えたに違いない。はしたなくさらされた手足に眉をひそめ、小躍りする年上の姿に呆れのため息を付き。笑顔で告げられた二つ名に顔を強張らせ、乱雑な言葉遣いに顔を歪めただろう。

 幸運なことに・・・・・・、その時の僕はそれら全てに不満を持つことはなかった。

 出会い頭の彼女の一瞬の笑みは、僕の心を捉えるどころか、死神の手の中にあった僕の魂までもをさらっていったのだ。


――これが”私”の初恋、麗しきエスペラとの出会いの話だ。


 その後、エスペラ以上に心惹かれる出会いもなく、幾星霜がすぎた。

 そして、今現在、私は目の前の光景にいつにない憤りを感じて震えていた。

 ここは人気のない、夜の小さな宿屋の前の通り。街中でも僅かな酒場などを除き皆が寝静まり、虫の音がうるさく感じる時間。

 暗がりの中には、月明かりに照らされた二人の男女の姿がある。

 一人は背の低い細身の男。黒髪黒目の、鼻が低い人間の少年だ。

 もう一人は、世界がひれ伏すような美女。雪のように白い肌に、艶やかな漆黒の髪。ゆるく波打つ長髪は、右耳の下で髪飾りで一つにまとめられている。暗緑色のワンピースは、シンプルで肌をしっかり覆っているものの、全身にフィットしたそれと、唯一ふんわりとした袖がずり落ちて除く肌がなまめかしい雰囲気を放っている。そして、その瞳は金色に輝き、私の瞳を捕らえて離さない。


「ねぇ、タイチ。セイネを大事に思っているのはわかったわ。でも、あなたは勇者でしょ?」


 柔らかで、艶のある声が囁く。


「伝説の勇者たちは、皆、側室を持っていたし、探せばそれが合法な国もあるわ」


 彼女はその胸を押し付けるように青年の腕を抱きしめた。


「私なら、”二番さん”でもいいのよ?」


 艶やかな唇が弧を描き、タイチと呼ばれた少年の視線は釘付けだ。そして顔が次第に近づいていき……。突如、少年は剣を構え、女性はその黒いヒールの靴で軽く跳躍した。

 直後に、人間では考えられない量の魔力が波打ち、攻撃魔法が音もなく雨あられと降り注ぐ。

 黒髪の少年は焦りに目を細めたものの、全ての魔法を甲高い音を立てながら剣で薙ぎ払っていく。

 が、気がつけば懐に人影が入り込み、緑に輝く腕が振り上げられた。

 タイチはなんとか剣で防いだものの、そのまま、勢い良く吹っ飛んでいく。

 その光景に女性はあり得ないとばかりに美しい金色の目を見開いた。


「あなた、一体、何者なの?!」

「……」


 私は無言で彼女の方を向くと、そのまま家臣がするように片膝をつき、頭を下げた。

 もちろん、警戒している女性に近寄るなどという愚は犯さない。


「私は”風の歌”の里のルティス。覚えていないかもしれませんが、貴方に命を救われたものです」


 フード付きの黒いローブから、クセのある白銀の髪がわずかに覗く。フードの中の顔はよく見えないだろうが白い肌と、この淡いブルーの瞳が見えるはずだ。

 どうやら記憶にないようで、彼女は眉をひそめた。


「……何者にしろ、なんだって恩人に攻撃を放ったのかしら?」

「貴方に? まさ……」

「エシィ! そいつは危険だ! 離れろっ!!」


 私たちの会話に、薄汚い虫タイチが割り込んでくる。

 私は咄嗟に風にささやいた。

 タイチは地に足を着くか着かないかのうちに見えない壁に拒まれ、構えた剣ごと弾き飛ばされた。賢い彼女は察したのか、驚きに目を見開く。


「無礼ですね。私の返事を遮るなんて、しつけがなっていないようだ」


 私は不快感に目を細め、タイチを睨みつけた。


「あいにく、俺はお前にとって無礼だろうが、どうでもいいんだよ!」


 タイチはひと目で普通じゃないと分かる剣を振り上げ、襲い掛かってくる。だが、私は緑の光を纏った手で剣を捕まえた。

 私は彼の理解力の低さに心底うんざりし、口汚い態度に憤りを感じ、いっそ殺してやりたい衝動に駆られていた。そのため、鬱憤うっぷんをはらして自制を取り戻そうと、そのまま思ったことを口にした。


「貴方の理解力の低さにはうんざりです。レディの前での見苦しい姿勢や、口汚い言葉遣いにも憤りしか感じません。抹殺したくなるので、少し、黙っていただけますか?」


 そのまま剣ごと放り投げ、もう一度、距離を取る。その瞬間を見計らったように、彼女が叫んだ。


「タイチ! 一度、彼と話したいの。少し、時間をちょうだい!」


 彼は不満そうな顔をしていたが、彼女の「お願い」の一言で渋々だまった。最初から、そうしていればいいものを。


「貴方も、礼儀として顔を見せるべきじゃないかしら?」


「失礼しました。気がつかず、申し訳ありません」


 彼女にうやうやしく礼を取ると、私はフードに両手をかける。部屋の外でフードを下ろすのは久方ぶりだ。フードが落ちた瞬間、髪を撫でてゆく風が心地良い。

 彼女へ視線をやれば、わずかに目を見開いた。私の魔法を見て感づいてはいたようだったが、それでも驚かずにはいられないようだ。タイチがアホ面を晒して驚愕しているのも、視界の隅で確認済みだ。

 彼女たちが目にしたものはだいたい分かっている。私が毎朝、鏡で見ている姿と変わりはないだろう。

 エルフ特有の白い肌と尖った耳。淡い色素の髪は白銀で、少し癖があってふんわりとしている。肩にかかるくらいの長さなので、首の後ろで革紐でくくってあるから、前から見るともっと短いように見えるだろう。瞳は淡いブルーで、少し丸みがあって垂れ目がち。自分としては全体的に柔らかい雰囲気が気に食わない。本当はもっとガタイのいい、男っぽい雰囲気が理想なのだが、現実は厳しい。細マッチョ以上の筋肉はついたためしがない。どんなに鍛えてもこの体型なのは、種族的な体質のせいだろうか。


「……エルフ」

「エ、エルフ?!」


 二人が驚愕するのも無理はない。私の故郷の大陸はここからはるか彼方。私がこの人間や魔族たちの国があるこの大地にたどり着くまで、三百年ほどかかっている。

 実際には、一直線できたわけでなく、流れ者の生活をダラダラ続けながらやってきたので、魔法を使った最短距離ならもっと早いだろう。船などの技術も上がっているはずだ。ただ、エルフしかいなかった故郷の大陸に船があるかは疑わしい。

 問題は距離だけではない。

 エルフは森で精霊たちと戯れながら、ゆったりと暮らすのを好む。故郷から出ていく者はほとんどいない。伝説で、ドラゴンに頭を下げられて海を渡ったエルフや、魔法で一瞬で海を渡ったエルフがいるぐらいで、実際に海を渡った者などごくわずか。

 自分で言うのも何だが、私は大変な変わり者なのだ。

 あぁ、そんなことよりも自分が何者か、しっかりお伝えしなくてはいけないのだった。

 私は胸に手を当てるとひざまづき、彼女の美しい金の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「お久しぶりです、あかの狂犬エスペラ様。ぜひ、もう一度あなたにお会いし、御礼申し上げたいと思い続けて五百年。この巡り会えた奇跡に、感謝しております」


 顔が自然とほころび、憧憬の思いを隠すことなく視線を向ける。

 だが、彼女からの反応はない。タイチは聞き間違えただろうか、というように首を傾げて呟く。


「……あかのきょーけん? エスペラサマ? ごひゃく……?」


 瞬間、彼女の透き通った白い肌が真っ赤に染まる。以前の褐色の肌は日焼けによるものだったようだ。


「おい、人違い……」

「な、ななななっ、にゃんでその名前を?!」


 動揺して噛んでしまった彼女があまりに愛らしかったので、私は思わず微笑んだ。間抜けなタイチは驚いたように彼女の顔を見る。


「それは自己紹介していただいた際、お伺い……」

「いやーーーーーーっ! 待って! お願い!! その、あの、本当に待ってちょうだいっ!」

 

 耳まで真っ赤になった彼女が、大慌てで懇願した。と思うと、私の目前に現れ、腕を鷲掴みにし、タイチと反対方向へと引っ張ってゆく。


「おいっ! エシィッ!」


 タイチが咎めるように声をかけたが、「いいからっ!絶対にこっちへ来ないでちょうだいっ!」とものすごい剣幕で怒鳴られ、不貞腐ふてくされたように黙り込んだ。

 私は冷ややかに彼を見つめた。彼女を信頼して任せるでもなく、彼女を護るために最後まで危険がないか確認するでもない。この意気地なしの間抜けが勇者だなんて、片腹痛い。なんだって、こんなどうしようもない男を彼女は側におくのだろう。

 私は彼のことをもっとよく見ようと、目を凝らし……。

 突然、彼女に肩を掴まれて身体を揺さぶられた。


「ちょっと、あなた誰なの?! 私の過去の汚点を暴露しに来るなんて……。あの野蛮な黒小猿時代、私ったら、何をしでかしたの?!」 


 私はキョトンとしてしまった。彼女の言う意味がよくわからなかったのだ。

 それにしても、ちょっと涙目になってあわあわしている彼女は可愛らしすぎるのではないだろうか。女神のような洗練された美しさと、小動物のような動きのギャップが本当に愛らしく、すごい破壊力だ。

 顔が熱い。私は直視できなくなり、目をそらした。ところが突然、胸ぐらを掴まれ、身体をガクガクと巨大なモンスター数匹が吹っ飛ぶような勢いで揺すぶられた。


「ちょっと! 聞いてるのぉっ?!」


 私だったからいいようなものの、一般的な人類だったらきっと受け身も取れず、身体を地面に何度も叩きつけられるであろう力加減だ。

 ここまでエスカレートしてしまうまで、私は彼女の言葉を聞き流していたようだ。何たる失態。

 彼女の両手首をそっと掴み、彼女の手を傷つけないよう注意しながらローブから引き剥がす。


「ゲホッ。……申し訳ありません。つい、見とれてしまいまして」


 美しい彼女のことだから慣れているだろうが、少し恥ずかしく、照れ隠しに笑って誤魔化した。さらっと流してほしい、と願いながら説明を続ける。


「五百年ほど前、エスペラ様は子供の私を助けてくださいました。集落を含む広範囲が消滅し、死を覚悟した私の前に颯爽さっそうと現れ、怪物を倒してくださったのです」


 その際に、二つ名とともに名を教えて頂いたのだ。そう、懐かしく思い出しながら告げる。

 だが、彼女はそれでも思い出せないようだ。エルフたちの住む大陸へ渡ったことは覚えているようなのだが……。


「まぁ、いいわ。でも、それがなんで、出会い頭で攻撃を放つことになったのかしら?」


 その一言で、記憶を刺激されて一気に不愉快な感情が蘇る。自然と声が冷え、低い声が出る。


「貴方が避けることは分かっていましたが、だからといって、私がしたことが許されるわけではありませんね。申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げ、謝罪をする。


「ですが、彼は軽々しくレディに手を出そうとしていました。しかも、話の流れ的に恋人を裏切ろうとしていたようだ。緊急事態だと思ったのと、彼の身のこなしから、あのくらいがちょうどいいかと思いまして。暴力に訴えたのは、私の不徳の致すところです。申し訳ありません」


 エスペラはぐっと言葉に詰まった。


「……あのことで責められる者がいるとしたら、私だわ。私の方から、彼にいいよったのよ」


 やましい想いがあるのか、私と目を合わせることなく、彼女はぼそぼそとタイチを庇う。そんな彼女を見つめ、私は言った。


「確かに。私としては、浮気や略奪愛は許容できません。誰かの心より、自分の欲求を優先する行為だと思っています」


 彼女は私の目を見ていられなくなったのか、目を伏せた。だが、しばらくすると目に強い光をこめ、やや苛立ったように告げる。


「それは、貴方の価値観だわ! 第一、私は略奪するわけじゃない。セイネが一番だなんてわかってる。でしゃばるつもりはないわ! ……ただ、側にいていいと、そう、言って欲しいだけ」


 勢い良く話しだしたものの、最後は自信なさげに、呟くように言う。


「……許せませんね」


 自分でも驚くほど鋭く、冷たい声が出た――エスペラが思わず、身を震わせるほど。それを見て、彼女が自分が批難されたのだと思っていることに気づく。だから、私は彼女の前に跪き、その手をゆっくりと片手で掴んだ。

 そして、俯いた彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。この思いが、しっかりと伝わるように。


「貴方は、素晴らしい方だ。美しく、強く、優しい。私は、この五百年の間、貴方以上に心惹かれる女性に出会ったことがない」

「ふあっ?!」


 彼女が真っ赤になり、ぎょっとしたように私の顔を見た。


「私は、貴方の価値を貶めるような行為が許せない」


 私の言葉に、彼女は息を呑んだ。


「貴方は二番なんかで満足するべきではない。貴方ほどの人であれば、求愛する者の中から好きな者を選べばいい。誰よりも、何よりも大切にされ、愛されるべき人だ」

「な、なに、を……」


――誰よりも、何よりも大切にされ、愛されたい


 腹立たしいが、タイチにそうされたい、という想いが、やはりあったのだろう。

 彼女の美しい金色の瞳が、涙に滲んだ。


「で、でも、他の人じゃ意味がないの。わ、私は、タイチが好きで、タイチじゃなきゃ……」


 顔をそらす彼女の視線が欲しくて、私は握る手に力を入れた。狙い通りに彼女の視線を捕らえ、思いを告げる。


「あの時、貴方は『もう、大丈夫』とは言いませんでした」


 私の突然の言葉に彼女はキョトンとした。


「『諦めるのは早い』、というのは、抗え、最後まで顔を上げて戦え、ということです」


 颯爽と現れた彼女を思い出し、懐かしさに口元が綻んだ。


「そのくせ、私を守るように怪物との間に立ちはだかり、安心させるように微笑んだ」


 この事を思い出すと、それだけで胸が温かくなって笑みが浮かぶ。

 これまでも、旅の途中に出会った人たちに何度かこの話をしたことがあるが、感動のためか顔を赤くする者が何人もいた。特に女性は、ほとんどの方が真っ赤になっていたものだ。

 それも当然だ。エスペラ様はこの世の何よりも尊く、敬愛すべき、素晴らしい存在なのだから!

 なぜか、目の前の彼女と、視界の隅にいるタイチの顔も赤い気がするが気のせいだろう。私は構わずに続けた。


「たった、それだけ、と思われるかもしれない。でも、”それだけ”のことが五百年もの間、忘れられないのです」


 この真摯な気持ちが伝わるように、と彼女を見つめて続けた。


「どうか、残りの人生を私とともに歩んでもらえませんか?」


 彼女は絶句し、耳まで、いや、首元や私が握っている手までが赤くなっているようだ。突然のことに口をハクハクとさせ、狼狽えている。

 いい返事がもらえないのは分かっていた。本当は告白、ましてやプロポーズを玉砕覚悟でなんて、したくはなかった。分かりきっている結果であろうが、覚悟があろうが、断られる体験など、したいものではない。

 だが、彼女が自分を粗末に扱うのが許せなかった。少しでも、自分の価値に気づいて欲しかった。

 私は彼女の唇が、断りの言葉を紡ぐ瞬間を待ち続け……気がつけば空を飛んでいた。どうやら、彼女に全力でぶん投げられたようだ。

 突然のことに頭が真っ白になった私は、受け身も取れないまま地面に叩きつけられた。無意識のうちに精霊に助けを求めたおかげで大怪我はしなかったものの、衝撃は大きく、本当に生きているのか恐る恐る確認し、私は大きくため息を付いた。

 町を囲う塀の外、地面に仰向けになった私は空にきらめく星々を眺めながら呟いた。


「どうやら、長期戦になりそうです……」


 結局、私は勇者パーティーに押しかけ、彼女の心を得るために共に旅をすることになるのだが……。

 この時の私はまだ、知らない。

 一途な愛をささやき続ける私の存在が、タイチのハーレムに影響を与えることを。

 少女たちの心に湧き起こる羨望、嫉妬、妄想、欲求、渇望。

 それらは、魔王が裸足で逃げ出すような事態を巻き起こす。

 その後、タイチがどうなったかは……ご想像におまかせしようと思う。

 ある日、憤った彼が頭のなかに生まれ、静かにさせるために書き綴った文章。

 長くなりそうなので放置していましたが、なんとか短編で話をまとめてみました。

 他に書きたいものが2,3あるので、そちらを書いた後、まだ、書く気があれば続くかもしれません。

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