吾輩も猫になりたい
猫に、なりたいのだ。
頼むから変な顔をしないでほしい。僕は至って真面目だ。
君達の周りに猫はいるだろうか。
もしいるなら、じっくり観察しながら以下の文章を読んでほしい。もしいないなら、Google画像検索で「猫 写真」と調べて出てきた画像をプリントアウトしてから読んでほしい。
猫はどこまでも恵まれている。神に愛されている。
まずその造形。どこまでも完成されているのだ。
耳は種によって違うがツンと立っていても垂れていても愛らしい。
瞳は美しい宝石のように輝き鼻は気高く上を向く。
口を開けば可愛らしい鳴き声。
毛はつやつやしていて尻尾の先まで触り心地が良い。
極めつけは肉球だ。なんだあの絶妙な柔らかさは。一生触っていられそうだ。
見た目だけではない。中身だって神ギフトだ。
猫は、どこまでも自由だ。媚を売らない。本能のまま行動する。
そして何より重要なのは、それでいて愛されるということだ。滅多に見られないからこそ猫の笑顔が見たい。
「ニャーン」と鳴いたのを無視できる人間なんてこの世にいないだろう。
羨ましい。そんな風に生きていきたい。吾輩も猫になりたい。
「吾輩も猫になりたい…」
巡らせていた思考が、ふと口に出てしまった。
カーペットに寝転がったままひとつ伸びをしたところで、猫がひょいとこっちを向いた。
「なかなか苦労も多いけどねえ」
流暢な日本語だった。すごい。やっぱり吾輩も猫になりたい。
「どんな苦労があるんだい?」
猫は右口角だけをくいっと上げる大人な対応の後に話し始めた。
「吾輩は猫である。名前はにゃん太。この時点で既に苦労が多い。」
てけてけと軽やかなステップを踏みにゃん太はキャットタワーの頂上に登った。なんだかショーでも見せられている気分だ。
「猫の言葉は人間にはニャンとしか聴こえないらしい。吾輩が何を言っても、奴らはでれでれしながらこう言うのだ。」
にゃん太の目がすっと細くなる。
『にゃんたん良く自己紹介できまちたね〜』
「吾輩は食事を欲しているだけだというのに!
或いは猫砂を少々取り替えてはいただけないだろうかとか、一瞬考えれば判るような要求が何故伝わらない!!」
和美の声が僕達の頭をよぎる。
『にゃんたんどしたの〜 あ、なに、ニャーンか、そうだよなあ〜にゃんたんはにゃん太だもんねえ〜 ニャン!ニャン!!』
「シャー」
当人がいないところで威嚇はしないでほしい。
逆毛が戻りきらないままのにゃん太は話を続けた。
「猫というのは大変だぞ。
猫は気高き生き物だ。人間なんかと違って孤独でも生きていける。他者に依存せず自由に生きるのだ。
それなのに何だ、あの過干渉な人間達は。
あっち行ったらにゃんた、そっち行ったらにゃんた、きゃっきゃしながら抱え上げたり写真を撮ったり。
今度吾輩の尻尾の先に触れてみろ、二度ともふもふなんかさせてやらん。」
最後に超低音で一言付け足された。
「たとえ吾輩にとって気持ちの良いもふもふだとしてもだ…」
うん。わかる。にゃん太の考えはわかった。けれど。
僕はキャットタワーの頂上に向かって叫んだ。
「けれど!それでも!吾輩も猫になりたい!!」
僕の言葉は止まらない。
「吾輩も猫になりたい!!ずるいんだよにゃん太は!
もふもふで!可愛くて!自由に生きてる!しかももふもふ!」
カーペットから起き上がって伸ばした手を、にゃん太はひょいとかわした。めげずに至近距離でにゃん太の視界に入る。
「しかも家族の人気者でさ!
にゃん太にはわからないだろうな、冷たい視線か放置かの二択の苦しみが!
見た目か、見た目なのか!?毛の量なのか!?!?
あーーー僕だって何にも縛られたくないよう働きたくないよう というかせめて家族に声をかけられたい 存在を認識してまともな素敵な扱いをしてほしい!!!
あとにゃん太、たまには僕にももふもふさせて」
「あ、和美の足音だ。」
僕を無視してにゃん太は言った。
がちゃり。
にゃん太に縋る僕に向けられた娘の視線は、いつもに増して冷ややかだった。




