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邂逅

『皆さん一人ひとりの成長が、当社の成長と発展の基盤となることを期待しております。頑張ってください。』


入社式。社会人生活のスタートとなるこの日。堅苦しい式が漸く終わり、懇親会と名目された食事の席で和真は自分と同じようにピッシリとスーツを着込んだ同僚となる人物達の会話を聞いていた。出身地や大学など当たり障りのない話から始まり、部活やサークルなどその人の個性が垣間見える話に移行する。ここで躓きたくないとでもいうように、全員が新たな関係作りに積極的に口を開いていた。

「安藤君はサークルとか入ってなかったの?」

あまり会話に参加しないことに気を使ったのか、1人の女が和真に話しかけていた。興味をもった人々の目が一斉にこちらを見る。その光景に居心地の悪さを感じた。

「俺は、特になにも。」

「あー、そっか。高校の時とかは?」

「中学と高校の途中までは写真部だった。」

「写真好きなの?」

「うん、まあ。」

「へぇ。……あ、さっきの話なんだけどね!」

会話がこれ以上広がらないと判断したのか、女は話を全体へと戻した。先ほどまで和真に向いていた視線もいつの間にか全くなくなっていた。

(…つまらないやつだと思われたかな。でも俺からすればあんたたちだって……)

いつの間にか企業の先輩も加わった楽しそうな輪の外で、和真はドリンクに入った氷をかみ砕いた。




「……疲れた。」

帰り道。日はすっかり傾き夕日が家を、道を、人を、赤く染めている。

早く終われ、と思えば思うほど時間はゆっくり過ぎていき、やっと終わったと思ったらまだ話したりないとばかりにその場で立てられる夕食の予定から、和真は逃げるように会場を後にした。

「よく、あんなに話すことがあるよな。ホントに。」

何をするにも億劫な気分だ。昨日まであんなに今日を楽しみにしていたのに、いざ現実を目の当たりにすると、周りと自分の温度差を突き付けられているようで、無性に悔しくなった。

「……いいんだよ別に。俺は友達作りに会社に行くんじゃない。働きに行くんだから。」

明日からはいよいよ本格的に仕事を覚えていく期間になる。和真は気持ちを切り替えようと大きく息を吸った。


腹は減っていたが何も作る気にはなれなかったので、最寄駅近くのスーパーで総菜を買うことにした。陳列している商品を眺めながら気になったものをカゴに放り込んでいく。総菜コーナーにつくと丁度割引シールが貼られた後の時間なのか、そこに残っている商品はわずかになっていた。数種類となった総菜を前に、自身の腹に今日の気分を尋ねる。

オムライス、カレー、コロッケ、から揚げ、寿司……。

「あ、お好み焼き。」

最後のひとつとなっていたお好み焼きが目に止まり、今日はこれにしようと和真がそれを手に取ろうとした瞬間、まったく同じタイミングで横から別の手が伸びてきた。

「え。」

「あ。」

最初に目に入ったのはふざけたハートデザインのサングラス。続いて特徴的な茶色掛かった垂れた瞳と目が合った。ハートを乗せたクセのあるふわりとした明るい色の短髪から除く耳にはピアスが2連。

ヤンキーだ、と和真は手を引こうとしたが、それよりも早く目の前の男は手が手をひっこめた。

「あ、悪い!いいよそれ、俺別のにすっから!」

「え、あ、ど、どうも。」

一番上までジッパーが締められたジャージで隠された口元が笑ったのが雰囲気で伝わった。

「どういたしまして!」

そういうと男は代わりにオムライスを手に取って、その場を後にした。和真は暫くあっけに取られたようにその場に立ち尽くしていたが、やがて我に返ると、

「……すげぇ恰好。」

とボソリとつぶやいた。一度見たら忘れられないであろう男の風貌を思い出しながら何となく、またどっかで見かけそうだなと思った。




「まぁ確かにそう思ったけどさ……。フラグ回収早すぎ。」

「え!?」

譲ってもらったお好み焼きを手に薄暗くなった家路につく途中、そういえばこの前食べたプリンおいしかったな、と急にその味が恋しくなった和真が立ち寄った近所のコンビニに、その男はいた。

「あれ、また会ったね!」

「俺もびっくりしてます。」

しかもその手には和真が目的としていたプリンがしっかりと握られている。

「プリン……。」

「あ、これ?コンビニ限定のプリン!めっちゃうまいよ?」

「知ってます。てか、俺もそれ買いに来た。」

「まじ!?すげ、さっきもおんなじもん取ろうとしてたのに!」

そう告げると男は驚いたように目を見開き、楽しそうに笑った。和真もそれにつられて思わず笑う。見た目はどう見てもヤンキーなのにまるで子供みたいだと思った。

「てかてか、このへん?」

「え?」

「家!俺こっから割とすぐ近くのアパートなんだけどさ!」

「あ、俺も近くのアパートです。」

「もしかしてサンシャイン?」

「!そ、そう!」

こんな事があるのかと思った。偶然同じ商品を取ろうとした男と、偶然同じコンビニで再び会って、偶然また同じものを買おうとしてて、さらに偶然同じアパートだなんて。ドラマでもないような展開に和真の気分は高揚していて、思わず自分から質問までしていた。

「俺、204号室なんですけど……!」

「!隣じゃん!!」

「まじ!?……え。隣?」

そして返ってきた答えに急激に熱が引いていくのがわかった。


隣。204号室の隣は二部屋。しかし203号室は空き部屋なので、目の前の男がいう隣というのは角部屋の205号室ということになる。そして、205号室は……。


「じゃ、あんたが……。」

「俺、美園行久。よろしくな!」


片手に下げた袋の中のお好み焼きは、傾いてソースが漏れ出していた。


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