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 それからしばらく後のこと、場所は変わってここはブランリヴァルの体育館。

 入学式が始まってはや数十分、館内は歓声に沸いていた。


『知らない方は初めましてー! 知ってる方はお久しぶりー! フジ・スルガだよー♪』


 少女が壇上で自前の狐耳をぴこぴこ動かしながらマイク片手にきゃぴきゃぴと元気よく自己紹介をする。

 すると、壇下に整列して聞いていた男子生徒たちが自分らの座っていたパイプイスを蹴倒して一斉に立ち上がった。


「んふぉー!! スルガちゃーん!! 愛してるよーッ!!」

「まさか入学式でスルガちゃんに会えるなんてっ!!」


 男子たちが歓声を上げる。中には感涙にむせび泣いている者もいた。

 女子らはそんな男子たちに呆れた目を向けていたが、女子らも女子らで壇上の少女に憧れめいた熱のある視線を向けていた。

 感動と羨望の視線を一身に受ける彼女の名前はフジ・スルガ。

 このロッドベルで今一番イケイケな本物の『アイドル』だが、彼女の着ている服は紛れも無くブランリヴァルの指定制服である。

 そう、彼女フジ・スルガは今年度の新入生の一人なのだった。


『学園長さんに新入生代表の挨拶を頼まれたんですが急なことで何を話したらいいか分からなくて困っちゃって……そしたら学園長さんが言ってくれたんです、「いつも通りでいいよ」って♪

 ――ですから、いつも通りに行きますね!』


 舌を出してはにかんで見せたスルガが一転して凛々しく表情を引き締める。

 実力に裏打ちされた自信溢れるスルガの真っ直ぐな眼差しが生徒たちに向けられるのに合わせて背後に控えていたフルバンドが演奏を始めると、途端に体育館は堰を切ったように溢れ出す旋律の波に飲み込まれた。

 フジ・スルガのデビュー曲『わたしの彼はコンティニュータイプ』だ。


『初めて出会った倉庫のアナタ♪ すでに大地に立っていた♪』


 フジ・スルガの桃色の唇が柔らかに歌詞を紡ぎ始める。


『起動しないし紙装甲♪ 出待ちのザクに不意打ち昇天、バズーカは相手に取られる始末♪ 唯一の取り柄はバルカン無双♪』


 歌いながら片目を閉じてぱちりとウインク。


『無限軌道の頼れる相方も宇宙の果てだと棺桶代わり♪ それでもアゴい彗星とやりあって生きてるなんて、ホントにアナタはラッキーボーイだぜぃ☆」


 腰を左右にふりふり、もふもふの尻尾を揺らしながらにぱっと会心の笑みを花咲かせた。


『ラストは量産機にパワー負け♪ でもそんなアナタにメロメロなのーッ♪』


 同時に興奮を抑えきれなくなった男子たちの雄叫びが上がった。


「メロメローッ!」

「メロメロオォォーッ!!」


 平原での全軍突撃ラッパのような、あるいは邪神をたたえる狂信者たちのような魂のこもった雄叫びに体育館の外壁がぴりぴりと揺さぶられた。




 さて、ここは体育館の入り口。

 ドアの隙間から中の様子を窺っていたクノールたちは皆一様に何とも形容しがたい困惑の色を顔に浮かべていた。


「なんか、スゴイことになってる」


 滾る男子たちの熱気に圧倒されながらクノールが呟いた。エイギーにこってりと小言を聞かされたその顔には色濃い疲労が滲んでいる。

 あの後、海洋の歴史とか、巨人族誕生の秘話とか、うんちくと迷信の入り混じったよく分からないトリビアを聞かされ続けたクノールは頃合いを見計らってサラとレーナに会ったときの経緯を説明することに成功したのであった。

 その後、当初の予定に合わせて入学式に混じりに来たのだが、到着した体育館は見ての有様であった。

 クノールらは体育館の扉の隙間に顔を縦一列に並べながらひそひそと小声で話す。


「まさかアイドルのシークレットライブなんてこの学園も無駄に金が余ってるわね。今年『フジ・スルガ』が入学するって聞いていたからそのついでってのが真相なんでしょうけど」

「俺はアイドルが入学するなんて話聞いていないけど?」

「全然ダメね。高校生になったんだからアンタもちゃんと新鮮な情報を仕入れとかないと、旬な話題についていけずに置いていかれるわよ? ただでさえ私服のセンスが壊滅的にダサいんだし」

「私服のセンスはいま関係ないよね?」


 クノールの顔の下でルーシャーがダメだしする。

 その下にあるサラは「ほへー」と圧倒されるように壇上のフジ・スルガを眺めていた。見つからないようにドアをわずかにしか開けないのでクノール、ルーシャー、サラの顔が縦に三つ連なった団子状態だ。エイギーは体育館の喧騒にも興味がないようで覗き見には加わらず、レーナはサラの背後を警戒している。


「あの狐耳さんはアイドルさんなんですね。わたしアイドルの方を初めて見ました」


 下段のサラが浮かれるような声で言った。


「そういやサラっちは公都ガン・ダウムから来たんだっけ? 向こうじゃアイドルどころか人間族以外を見ること事態が珍しいのかしら?」


 中段のルーシャーがサラにたずねる。出会って短い時間しか経っていないがもう愛称を付けていた。相変わらず交友関係を築くのが早いなとクノールは呆れるが、そこがルーシャーの良いところでもあった。

 サラはフジ・スルガの方に視線を固定したままルーシャーに答える。


「そうでもないですよ? 公都にも人間族以外の方はいますし、公都最大の『聖アンジェ大劇場』でも多種族混成の楽団による公演がたびたび行われています。ただ格式とか伝統とか色々なしがらみがありまして、公都で自由に歌って踊る『アイドル』となるとあまり聞かない印象ですね」

「ふーん、そういうもんなのねー」

「そういうもんですねー」


 サラの説明にルーシャーはひとまず納得したようだったが聞きたいのはそれだけではなかったようだった。


「でもね? わたしはそんなことより知りたいことがあるのだけれど」

「いいですよ、なんでも聞いてください。わたしの知っていることなら全部お教えしますよ?」


 得意そうにサラが答える。

 それを聞いたルーシャーは口元を三日月に吊り上げた。


「そう? なら私たちがいない間、クノっちとナニをしていたのか聞きたいのだけれど?」

「はい?」


 得意げな顔を作ったままサラの時間が止まった。


「だから、クノっちとナニをしていたのか聞いてるの」


 再度尋ねるルーシャー。

 サラは丸い瞳をぱちぱちと二度瞬かせ、しばらくして急にスイッチが入ったように顔を真っ赤にしてわたわたし始めた。


「なっ、ななななっ、ナニもされてませんしナニもしていませんよ!? ルーシャーもクノールが魔王さんに説明するところ聞いていましたよね!」


 サラがあわてて否定した。

 だが、そこにルーシャーが上から覆いかぶさって反論を封じる。


「ウソおっしゃい! どうせ助けたお礼とかでクノっちから何かいかがわしい事をさせられたんでしょうが! こんなぷにぷにな柔らかボディを見過ごす男子なんてこの世にいるわけないわ!」

「はわっ!?」


 ルーシャーはサラに覆いかぶさったままサラの身体を揉みしだき始めた。お腹や二の腕や頬など容赦なしにサラの全身のぷにぷにポイントを揉みまくる。

 これにはたまらずサラが声を上げた。


「ど、どこを触ってるんですか!? やめてくださいっ!」

「いいじゃないのよ減るもんじゃあるまいし、つーか本当にぷにぷにねー、いい生活してる感じが出てるわー」

「や、やめっ……はうっ!?」


 サラをぷにるルーシャの指先はさらにエスカレートしていく。

 みみたぶ、首筋、腋、そして太もも。思いつきでルーシャーが耳にフッと息を吹きかければサラは面白いくらいに肩を縮めて震え上がった。

 サラも拘束を破ろうと抵抗するが腕力差はいかんともしがたく、されるがままにぷにられ続けている。

 そんな中、クノールは二人から離れるようにゆっくりと身体を起こした。


「おいおい、サラが嫌がってるからやめとけ」


 クノールは頭を掻きながらサラに助け舟を出した。

 だがルーシャーは聞く耳を持たない。


「これはスキンシップよ、スキンシップ」

「これのどこがスキンシップですか!?」

「いいのよ? 自分に正直になっても」

「わけがわかりません!! も、もう怒りましたよ!」


 ルーシャーの態度にさすがのサラもおかんむりになったようで、体育館の扉から首を離して振り返ると警護にいそしむレーナに向けて声を上げた。


「レーナ! レーナッ!!」

「はっ! すぐに!」


 サラの呼びかけに一秒と間を置かずレーナが駆けつける。

 そのままレーナはルーシャーの身体を後ろから抱えるとそのまま腕力に任せてひょいと持ち上げてあっさりとルーシャーをサラから引き離した。


「ああん! もっとぷにらせなさいよ」

「ダメだ。姫様の柔肌はそんなに安くはない」

「ぶーぶー」

「ぶーたれてもダメなものはダメだ」


 不満げにぶーたれるルーシャーをレーナはぴしゃりと跳ね除ける。まさに護衛という感じで頼もしい。隣でサラもほっと一安心している。

 しかしその直後。


「た、助かりまし……ひゃわっ!?」


 何の予兆も無くレーナがサラを抱きしめた。身長差があるのでレーナが背を曲げてもたれかかる形である。


「レーナ!?」


 混乱した様子のサラが顔を上げるとレーナは淡々と答えた。


「失礼ながら検査をさせていただきます」

「け、検査ですか?」


 サラが聞き返すと、レーナは軽く首を上下させた。


「はい、夜天族は魔法の扱いに長ける種族と聞きます。ゆえに姫様の身体に何らかの悪意ある魔法が仕掛けられていないかの検査です」

「それは……、ちょっと心配しすぎでは?」

「いいえ、正しい判断です」


 ぷにぷにぷにぷに。

 レーナの指先がサラの身体をぷにっていく。ついでに身体の密着度合いも高まり、レーナの胸がサラの背中にべったりとくっついていく。


「姫様、ああ……姫様のぷにぷに肌……」

「ちょっと、レーナ! 圧が! 強靭な腕力から繰り出される圧力が! わたしをさいなむプレッシャーが徐々に強まってます! クマさんに全力で抱きつかれたらウサギさんは死ぬんです! 少し前にも言いましたよね!? というよりも絶対に分かってやってますよね!? 魔法が仕掛けれられていないかとか言いがかりを付けてわたしをぷにりたいだけですよね!?」

「はい」

「せめて最後までウソを貫き通してください!」


 あっさりとゲロったレーナに、サラが絶叫した。

 

「あんまり大声出すといるのがバレるぞー」


 そんな二人を見ながらクノールは他人事のように注意した。

 しかし、これだけ目の前でぷにられていると、なんだかサラのぷにぷに加減がやけに気になってくるクノールである。

 いや、それだけではない。

 サラのそのちょっといじめたくなるような困り顔。スカートの下から伸びる白タイツまぶしい両脚。おまけにレーナが乗っかる形だからお尻を突き出す姿勢になっている。、そして身をよじる動作にあわせてスカートが揺れるもんだから、その下のサラのお尻の形がそこはかとなく想像出来てしまうのだった。

 何と言うか、扇情的というか、けしからんというか。


 ――ぎゅるん。


 なんて事をクノールが思っていると不意に背後からエイギーの尻尾が巻きついてきた。首に。


「…………」


 手で掴んでみる。

 そのまま簡単に解けないかと指に力を加えてみるがそれに反発するかのように尻尾はぎちぎちと強い力を返してきた。


「エイギーさん、何かの間違いかもしれませんがアナタの尻尾が俺の首に巻きついていますよ?」

「意図してやっている」


 食い気味な即答であった。


「そっか、意図してやったのかぁ」

「クノの背中からエロいオーラが発散されていたからな」


 幼馴染はいつも正直である。

 真面目な口調で綴られるエイギーの回答がクノールの背中にぐっさりと突き刺さった。


 ――分かるんだ、気をつけよう。


 自室に隠しているエロ本が帰宅したら机の上に置かれてあったくらいの衝撃だった。


「ぷぷっ、しっかりスケベ心がバレてやんの。だっさ」

「うっせ! そもそも先にサラにちょっかいかけたのはオメーだろーが、こっちは完全にヤブヘビだっての」


 ニヤニヤと笑いかけてくるルーシャーにクノールは舌打ちを返した。そのままバツの悪さをごまかすように自分の髪を手で乱暴に掻き乱してサラの方に目を向ける。


「姫様のぷにぷに肌……素晴らしい……」

「やーめーてー!」


 サラたちはまだやっていた。

 壇上ではまだフジ・スルガが歌っており、そのおかげでサラたちの声も体育館内まで届いていないようなので問題ないようだが、しかしこの状況がクノールたちを悩ませていた。悩みの種は体育館の至る所に配置されたスタッフたちである。こうしている間も侵入者がいないかあちこちに目を光らせているはずだ。

 入学式だがアイドルライブはアイドルライブなのでフジ・スルガに万が一の無いように警備員を用意したのだろうがこれではこっそりと侵入することもできない。入学式に混じろうとすれば入り口を越えた瞬間に見つかって教師列まで連行されるのがオチだ。そこでクラス列に入れてくれればいいが、下手すると入学式のプログラムが終わるまで教師に左右を挟まれた状態のまま借りてきたネコのように身を縮こまらせて入学式を過ごすことになるだろう。

 それでも入学式に参加できてはいるのだが、そんなさらし上げのような状態になってまで入学式に出るのもなあ、というのがクノールの正直な感想だった。

 他の皆がどう思っているのかはクノールには分からないが無理に体育館に侵入する者もいないので、たぶんクノールと同じ考えなのだろう。

 ここまで来ておきながら完全に手詰まりである。


「さて、どうしたものかね」


 クノールは気持ち背筋を伸ばすと体育館から目を離し、校舎に繋がる渡り廊下に視線を向ける。

 排水溝が細く切られたコンクリートの道に、くたびれた木製の三角屋根。立派な校舎や重厚な造りの体育館とは比べようもない、雨をふせぐだけの最低限の作りで風除けも無い簡素な渡り廊下だ。

 そのおかげかクノールは廊下に佇む人影にすぐ気付いた。

 動く物も視界を遮る物も他に無いので目を向けるとすぐに人影は像を結び鮮明な姿となる。

 それは制服を着た女子だった。

 しかし姿形は人間女子と変わらないが、制服の下から覗く暗紺色の肌を見れば彼女が人間族でないのは一目瞭然である。

 スカートの後ろに垂れる尻尾は漆黒に染まり先端が弓矢の鏃のような独特の形状となっており、また背中から広げた蝙蝠の羽を身体の前方へと回り込ませていてパッと見ると何かを肩から羽織っているようにも見えた。

 こめかみから頭の上方にはヤギのようなグルグルと巻かれた角。眼球の大半は白目に代わって黒目で覆われていて、瞳孔の色は闇夜に浮かぶ満月のような金色を放っていた。

 すべて月奏族とよばれる種族の特徴である。

 しかしその女子の顔そのものに、クノールは見覚えがあった。


「ヴィル先輩?」


 校庭の方に目を向けるその物憂げな横顔を目にした瞬間、クノールは思わずその名前を声に出していたのだった。


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