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1-7

 その名前を聞いた瞬間、眼帯の女子が女の子がしたらいけない顔になって振り返った。

 眼帯女子の本名アガーイ・スウィーネ。二年生の闇霊族である。

 大声を出したせいでぜいぜいと息を荒げるアガーイ……スウィーネだったが、黒髪の女生徒は特に謝罪もなく言葉を続けた。


「バストライナーの件は置いておくとして……彼、おそらく『メグリアの魔女』の関係者です。たしか『メグリアの魔女』の一番弟子の幼馴染とか。名前はなんとかエイギル……これはあとで確認しておきましょう。情報屋から入手した新入生の資料にも顔写真付きで載っていたはずです」

「そ、そう。『メグリアの魔女』の関係者ということは結構な魔法ランクってことね。ならバストライナーをぶっ壊せたのも納得だわ」


 息を整えたスウィーネが平静を装いながら答えた。ただ完全に調子を取り戻してはいないようで喋り方が普通になっている。

 すると、黒髪の女生徒は首を軽く左右に振った。


「いえ、魔法ランク自体は確かFです」

「F? それ、何かの間違いじゃないの?」


 スウィーネは訝しんだ。

 魔法ランクFというのは本当に下の下の評価である。一応は魔法を扱えるランクなのだが試験などで特定の魔法を発現させるよう提示されても一切対応できないようなランクなのである。要するに、魔法に関しては赤点ぎりぎりの落ちこぼれ。到底、バストライナーを破壊するなど不可能のように思えた。

 だが黒髪の女生徒はスウィーネの疑問を否定する。


「間違いなくFです。ただ彼の場合は少し特殊のようでして、魔法を数個しか扱えない代わりに魔法の強度がぶっとんで高いみたいです。自分の体組織に魔法回路を組み込んだ自然動物の類に似ていますね」


 黒髪の女生徒は感心したように説明する。

 行動補助や自衛、もしくは狩猟のために魔法を扱う自然動物は多いがすべてが魔法の詠唱や魔法陣などの回路を生成する知能を併せ持っているわけではない。毒蛇の毒腺のように体内に組み込んだ器官として本能で魔法を行使するのだ。それらの魔法は空中に描かれる魔法陣などと違い『書き換え』が出来ず用途が一つに限られているが生体に直結しているためかマナの変換効率が高く、総じて魔法強度が高い傾向があった。


「彼はいわゆる特化型というやつでしょう。それも特定の魔法においては他の追随を許さないほど強力な」


 そう黒髪の女生徒は締めくくる。

 話を聞き終えたスウィーネは腕を組んで眉根を寄せた。


「どれくらい強力でも他の魔法が使えないんじゃ役に立つかどうか分からないわよ」


 気に食わない顔で唇を尖らせるスウィーネ。

 黒髪の女生徒はそのスウィーネの様子を見ると急にぶるっと身を震わせた。


「ああっ、スウィーネ……嫉妬しているのですね? 特化型とか貴女の好きそうな単語ですものね」

「べっ、べつに嫉妬とかそんなんじゃ……わふっ!?」


 黒髪の女生徒がスウィーネに後ろから被さるように抱きついた。それだけじゃなくそのしなやかな指先でスウィーネの頬をぷにぷにと撫で始める。


「ちょっ、ちょっとヴィーゼ!?」

「スウィーネ……その膨らんだ頬っぺたには何が入っているのでしょう? こうやってじっと見ていると、引ん剥いて一糸纏わぬ姿にしてからガラスケースに閉じ込めて暗く冷たい石牢の奥深くにひっそり飾ってずっと鑑賞していたくなりますわ。その状態でたまーに数日間くらい放置して私がいなくなると貴女は寂しさからすんすんと可愛らしく泣いて下さるのかしら? ――ちょっと、ちょっとだけ、試しに監禁していいでしょうか?」

「ダメに決まってるでしょ!? マジで怖いから止めて!」


 ぷるぷると自身の抱いた妄想に歓喜から打ち震える黒髪の女生徒。

 後ろから頭を抱かれたスウィーネもまた身を震わせた。しかしこっちは恐怖からである。


「と、とりあえず冗談は止めてこれからの事を考えるわよヴィーゼ!」


 スウィーネは腕を激しく動かして身体を引き剥がしながら言った。

 すると黒髪の女生徒――ヴィーゼは先程までスウィーネの頬っぺたを触っていた指を名残惜しそうに動かしながら小さな溜息を吐いた。


「私は冗談を言っている訳では無いのですが」

「知ってる! だから止めてって言ってるの!!」


 ぜいぜいと息を切らせてスウィーネが叩きつけるように言う。歯を剥いて心の底から嫌がるその姿にヴィーゼは再び歓喜に身体を震わせた。

 だがギリギリで理性は残っていたようで何とか持ち直して脱線しかけていた話を戻す。


「……ふう。そうですね、これからの事に関する懸念点となると先程の彼の扱いをどうするか、となります。引き入れるか、それとも干渉せず最初の予定のまま進めるか。あれだけの逸材を無視するのはもったいないと思いますが正直なところ手に余る可能性もありますね」

「そんなの決まってるわ!」


 突然スウィーネが大声を出し、そのまま握り拳を作って頭上高く掲げた。


「仲間に出来る者はすべて仲間にするの! そう、すべて! 我々の悲願成就のために使える物はすべて使うのよ! 『メグリアの魔女』もあの大男も! すべて、全部っ!!」


 そしてスウィーネは我がもの顔で高笑いを始めた。


「今日こそ! 今日こそ我々は一斉蜂起する! 雌伏は終わり今こそ雄飛の時! 我々こそグラン・ずぇ……あいったー!?」


 肝心の名乗り上げで舌を噛む。

 見事な空回りを見せるスウィーネに、ヴィーゼは瞼を伏せたまま微笑むとおもむろに懐から一冊の文庫本を取り出した。カバーには「サルでも分かる偉い人の言葉百選」とまったく有り難みを感じない題名が書かれている。

 ヴィーゼはペラペラと適当なページをめくると、コホンと一つ咳をした。


「この本いわく『指導者とは個々の生まれ持った人格ではなく大衆と世間という二つの荒波によって削りだされる物』らしいですよ? がんばりましょうアガーイさん」

「だから名前で呼ぶなあぁぁッ!?」

「ちなみに名前は『最初に与えられる幸福の一つ』らしいですよアガーイさん」

「優しく諭すなぁあッ!? それ以上わたしの名前を口にしたら闇霊族奥義の自縛霊モードでこの場に三角座りで延々と居座るわよ!」

「それは困りました。なら私も居座りましょう、いつまでも」

「ひぃっ!? だから怖いってば! わかったから! もうさっさと行こう!」

「そうですね、これから忙しくなりますから」


 逃げるようにしてスウィーネが距離を取ると、ヴィーゼもおちょくるのを止めて頷いた。

 そう、これから本当に忙しくなるのだ。

 二人はクノールらが向かった方向とは逆に踵を返して歩き始めるのだった。


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