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1-3

 ロッドベルの中心街からやや北に進んだところに建てられたブランリヴァル学園は校舎こそ建て替えにより新しいが、四十年以上もの長い歴史を持つ。

 学園の理念は博愛と平等。どのような種族、身分でも平等に学問を受けられる機会を与えるという建立以来の崇高な理念である。

 学問に貴賤なしを掲げることは多種族によって構成されたロッドベルではことさら大きな意味合いを持つのだが、ぶっちゃけ学生たちがその理念の崇高さに気づくことは滅多にない。むしろ種の多様性とやらを逆手に取って「このアクセサリーが無いと魔力が暴走して周囲に呪いをふりまいちゃう!」みたいな妄言を理由に校則を破りまくっていた。

 小物や髪型、改造制服なんかはまだ可愛い方だが、そんな抜け穴を巧みに悪用して我が物顔で振舞う不届き者がいる。

 いわゆる、不良というやつだ。



「うぃー、新入生ちゃんよう? おイタはいけねえなあ」


 校門脇の自転車駐輪スペース。

 見るからに『不良』という出で立ちの二人組みの男が、一人の少女を左右から囲んで校舎の壁際へと追い込んでいた。


「兄貴ぃ~、学ランが汚れちまったよう~」

「おお、こりゃあクリーニング代を貰わないといけねえなあ~」


 襟や袖にシルバーを巻き付けたモヒカン頭の男が自分の学ランを掴んでみせると、どう見ても三十代半ばのオッサンにしか見えないヒゲの男がウンウンと頷いて見せた。オッサンと言ってもちゃんとブランリヴァルの学ラン着ている、袖や裾がビリビリに破けていて素足にゲタを履いているバンカラスタイルだが。

 古典的すぎてカビでも生えているんじゃないかと思うやり取りを間近で眺めさせられているのは金髪碧眼の少女。ブランリヴァル学園高等部の制服を着ているがとても高校生には見えない幼さい顔立ちで身長も小学生くらい小さい。

 絶賛カツアゲ中という状況なのだが、そんな中で少女は何故かキラキラと瞳を輝かせて不良たちを見上げていた。


「ほへぇ~、これがカツアゲってやつですね? 初めて見ました」


 そして少女はにっこりと無邪気に笑った。

 まるで太陽のような微笑みと愛くるしさに溢れたオーラにあてられ、二人の不良は思わずのけぞった。


「うおっ!?」

「ぐっ……!? な、なんという愛らしオーラだ!」

「愛らしオーラ?」


 少女が首を傾けるとその仕草に合わせて肩まである艶やかな金色の髪が流れるように揺れる。

 バンカラおっさんが慌てて腕を振って少女から離れた。


「な、なんでもない! 近づくな!」

「あ、兄貴ぃ? なんか罪悪感で胸がズキズキと痛んできたんスけど……」

「根っからの不良が罪悪感なんて覚えるんじゃない!」

「ぐはっ!」


 バンカラおっさんの鉄拳がモヒカンを吹っ飛ばした。


「だ、大丈夫ですか? すぐに保健医を連れてきますね!」

「おっと、待ちな。逃がしはしないぜ」


 吹っ飛んだモヒカンを見て駆けだそうとする少女の腕をバンカラおっさんが掴んだ。


「こっちは弟分の学ランを台無しにされてるんだぜ! 見てみろコイツの学ラン、妙な液体がべっとりと掛かって青緑色のマダラ模様が……ってマジでなんだこれ!?」

「それは『ぱぶりく』ですよ」

「ぱ、ぱぶりくだぁ?」 


 バンカラおっさんが眉をひそめて手を離すと、少女はモヒカンの学ランを、というかぶっ掛かっている青緑色の汁を指差して満開の笑顔を花開かせた。


「はい! 妖樹族の根を煮詰めて抗魔成分を抽出した液体に魔導緑鋼石の粉末を混ぜ合わせたわたし特製の撹乱膜です。防犯用のカラーボールを参考にして手投げ式にしたのがミソです。量産性を意識したので素材を安価に抑えこんでいましてそのコンセプト自体は達成できたのですが持続性に難がありまして……あっ持続性ってのは展開された対魔法攪乱膜の強度持続時間のことですね。使い方としてはこれをぶつけることでその部位は一時的ですが高強度の魔法コーティング効果を得られるんですよ? 今回はうっかり転んでしまってそちらのお兄さんにぶつけてしまいましたが」


 少女は水を得た魚のように早口で説明を終えると、話に付いて来れていない不良たちに自分のポッケから球体を取り出して見せた。球は野球ボールくらいの大きさで透明な膜の内側では不良の学ランに掛かった汁と同類らしき青緑色の汁がたぷんたぷんと揺れていた。


「いや、魔法コーティング効果って言っても勝手にぶつけられたら困るしよぅ……」


 モヒカンがしょぼくれた顔で呟くと、少女は「んー」と人差し指を唇に当てて少しばかり考える素振りを見せる。

 そしてふと何かを思いついたのか目を輝かせると、モヒカンに近づいてその顔を見上げながらこっそりと秘密を教えるように小さくささやいた。


「……お得ですよ? 魔法コーティングされた学ランとか誰も持っていませんよ?」

「誰も、持っていない学ラン……」

「オンリーワンです。あなただけのスペシャルな学ランが今日この日、爆誕したのです」

「オンリーワンの学ランが爆誕……」


 その一瞬、モヒカンのやさぐれた野良犬のような薄暗い瞳が遊園地のヒーローショーを眺める少年のようなピュアな輝きを取り戻した。

 だがすぐさまバンカラおっさんのゲンコツで現実に引き戻される。


「目を覚ませっ!」

「はぐあ! す、すまねえ兄貴、オレってオンリーワンな物に弱くて……」


 モヒカンがあたふたと言い訳するが、少女は追撃するように青緑色の液体が揺れている球を右手の上で小さく弾ませた。

 ぺっしゃぺっしゃと球の中で液体の跳ねる音が辺りに響く中、少女はイジワルそうに瞼を細めた。


「モヒカンさんのちょっといいとこ見てみたい、です。想像してみてください、悪い魔法使いと戦う学ランの勇者って男らしくて格好いいと思いません?」

「学ランの勇者だって!? あ、兄貴ぃ! このコーティングがあれば俺も勇者に!」

「言いくるめられるなバカ!」

「あぐぁっ!?」


 バンカラおっさんが甘言になびきかけたモヒカンに再三ゲンコツを食らわせた。バンカラおっさんはそのまま少女に向き直ると膝を曲げてずいと自分の顔面を少女の鼻先へと突き出した。

 おっさんの強面を息が掛かる距離に持って来られた少女は、しかしまったく動じず大きな蒼海色の瞳をぱちくりさせた。 


「どうかしましたか? あっ、何でしたらおじさまにもぱぶりくをぶつけて差し上げましょうか?」


 どんぐり眼で悪意無く答える少女に対し、バンカラおっさんはドスの利いた声で言った。


「なあ、お嬢ちゃん。ちょっとジャンプしてくれねえかな?」

「ジャンプですか? はい」


 言われるままに少女は制服のスカートの両端を持ち、白タイツを穿いた細い脚を軽く折り曲げて反動を付けると、小ウサギのように可愛らしくジャンプする。

 スカートがふわりと持ち上がり、腿が覗くか覗かないかといったところまで見えたところで着地。

 すると同時、じゃらんじゃらんと少女の衣服の内側から盛大に金属と金属のぶつかり合う音が鳴り響いた。


「おうおう、結構持ってんじゃねえか? ちょっと見せてみろや」

「持っている物をですか? はい、わかりました」


 不思議そうな顔を浮かべつつバンカラおっさんに従う少女。

 言われるままごそごそとスカートのポケットをまさぐりながら少女が取り出してみせたのは小さな金属筒だった。太さは鉛筆に近く、長さは小指くらいである。

 用途不明の珍奇な物体だが、少なくとも不良たちが求めている物じゃないことは確かだった。


「……は?」


 バンカラおっさんが固まる。

 その間にも少女はスカートの反対側のポケットや上着の内側や制服マント裏の隠しポケットといった所から次から次へと金属筒を取り出しては手のひらの上に集めていき、その小さな手のひらはあっという間に金属筒の小山で一杯になった。

 少女はこんもりと自分の両手の上に盛ったそれを兄貴分へと差し出しながら微笑んだ。


「こんな感じですね、まだいっぱいありますのでどうぞ!」

「い、いや、どうぞって言われても……何だ、それ?」


 困惑しながらバンカラおっさんが訊ねると、少女はその言葉を待ってましたとばかりに大きく自分の胸を叩いて自信満々に口を開いた。


「はい! 対魔法欺瞞装置『トライ・アーエズ』です! これも廉価品ながら魔法使いにターゲットロックされた場合に魔術追尾をこれに上書きできるんです! 囮ってやつですね。ですけど実はこれ、すべてわたしの手作りというわけではなく、主要な魔法回路は姉がやってくれたんです。いつかわたしも姉のように細かな魔法回路の調整ができるようになりたいと思っているんですよ! なれると思いますか?」

「な、なれるんじゃないッスかね?」


 どこか困ったような嬉しそうな顔で内心を吐露する少女にモヒカンは少し引きつつも頷くしかない。

 しかし、バンカラおっさんは違った。何故か笑顔で少女に聞き返したのだ。


「そうかいそうかい、目標を持つのは良い事だ。ところでお前新入生だろ? 鞄はどうした?」

「鞄は友人が一緒にわたしの分も持ってくれています。男の人も簡単に投げ飛ばせるくらい腕っ節が強いんですよ? ……はぐれて今はどっかに行っちゃってますけど」


 少女は「どこに行っちゃったんでしょうね」とふてくされたように頬を膨らませた。

 バンカラおっさんはそれを聞いて肩をすくめる。


「そうか、なら仕方ない」


 そう言うや否やバンカラおっさんは腰を落としてから腕を伸ばし、少女の両足首を白タイツの上からひっ掴んだ。


「ふえっ?」


 少女が間抜けな声を上げるのと同時、その小さな身体が逆さまに空中へと浮き上がった。

 バンカラおっさんが少女の両脚を掴んだまま立ち上がり頭上高く持ち上げたのである。

 

「ちょっ、ちょっと!? 何をしているんですかーっ!? 離してくださいー!」


 長い金髪を地面に垂らした少女は逆さまのままバンカラおっさんに降ろすよう訴える。脚を内股にして両手でスカートを健気に押さえこむ少女だが、白タイツに包まれた細い脚が足首からふとももまでばっちり見えていた。

 ローファーを履いた足をバタバタさせて抗議する少女だが、バンカラおっさんはそのまま茹で上がった麺を湯切りするかのように少女の体を上下に揺さぶったのである。

 すると、どこに隠し持っていたのか、おもちゃ箱をひっくり返したように少女の衣服の裏側からぼろぼろと様々な物品が転がり落ちてきた。

 筆記用具、キーホルダー、何だかよく分からない動物のぬいぐるみ、妙な金属片、何かの歯車、食べかけのクッキー、鉱石。

 

「……本当にどこにこんなに隠していたんだ」


 やがて、ちゃりーんと硬貨が地面に落ちる。

 バンカラおっさんはにやりと口元を綻ばせた。


「なんだ、ちゃんと持ってんじゃねえか」

「でもほとんどガラクタっすよ兄貴」

「いいんだよ、金を持ってることは分かったんだ。ほらほら、さっさと持っている物を全部吐き出しな」


 バンカラおっさんは掴んだ両足をさらに激しく上下させて少女の身体を思い切り揺さぶる。

 これには少女も堪らず目を回しながら降参した。


「はわわ、やめてください! わかりました! 持ってる物は全部出しますから下ろしてくださいー」


 しかし返される言葉は無慈悲。


「ダメだ」

「そんなー!? はわわわわーっ!?」


 再びゆっさゆっさと揺さぶられる少女。

 振動に合わせてぽろぽろとアイテムをドロップする様は、まるでクワガタ取りのために少年らから全力で蹴りを入れられるクヌギの木を想起させた。


「きゃー! 誰か! 誰か助けてくださいーッ!」


 あられもない姿のまま二重の意味で揺すられ続ける少女はとうとう助けを求めて叫び声を上げ始めた。

 だが不良二人は鼻で笑った。


「ひゃっはー! こんな場所に誰が来るもんかよ! なあ兄貴?」

「そうだぜ! 塀の向こうは通りだから人はいるかも知れんがいちいち学内には入って来ないだろうしな! それに入学式で生徒は一年坊のみ! 飛行魔法に失敗した魔法使いか、ヘマをして天馬から落馬したか、もしくは入学式の日に遅刻する特大ホームラン級のバカじゃない限りは来やしないぜ! がははははッ!! ……ん? 何か聞こえないか?」

「いや? 俺には何も聞こえねえッス?」


 モヒカンが否定するが、バンカラおっさんは眉間にシワをつくった。


「いや、確かに何か聞こえる! 何かが空から近づいてくるような……」 

「空ッスか?」


 不良の二人は揃って空を見上げる。

 それは斜め上四十五度の絶妙な突入角度だった。


『おおおおおぉぉぉぉーッ!?』


 デカい男がこっちに向かって飛んで来ていた。

 もちろんエイギーの魔法で吹っ飛ばされたクノール・エイギルであるが、不良たちが知ってるわけない。たとえ知っていても何も出来なかっただろう。視認から一秒と掛からずクノールは不良たちの数メートル手前に着弾。そのまま地面を粉砕しながら転がり続ける。

 進路上にいた不良たちは事態の把握もできないままクノールに弾き飛ばされホコリのように空を舞ったのだった。

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