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時刻は九時前。
早朝は人もまばらだった通りの左右には様々な種族が行き交い、中央車道には大型魔獣の引く獣車が間断なく往来を続けていた。
ここは交易都市ロッドベル。レーテム公国の東部に位置する世界有数の大都市だ。
グリーシス大陸西部に広がる人間族領域と他種族領域の境に位置するこの都市は古くから種族を超えた交易の窓口となってきた。数多くの他種族が様々な理由でロッドベルに訪れ、そして去り、またある者は土地に根差したりして、それら数多くの者たち――多種族の行動がロッドベルの都市基盤を確立させていったのである。
そして現在、物と多種族の活気に溢れた表通りの片隅で一組の商談が纏まりつつあった。片方は中年の人間男性だが、もう一方はただの少年にしか見えない。かけ離れた年齢差の二名だが言葉巧みに駆け引きを続ける両者に商人としての力量差はさほど無いように見受けられた。実際、年齢的には両者ともほとんど変わりが無かった。少年の方は妖精に類する種族で年齢に比べて外見の成長が遅いためそう見えるのである。
やがて両名とも納得のいく落とし所が決まったようで商談成立の握手を笑顔で交わそうとした。
だがその矢先、突如両者の間をやけに背の高い大男が凄まじい速度で走り抜けていったのであった。
「うおおおおー!! 入学初日から遅刻するーッ!!」
クノールは全速力で学園へと向かっていた。
姿は寝間着から学生服に着替え、上着とマントを突っ込んで膨らんだカバンを片手に大通りを疾駆している。前後の長さもまちまちなネクタイをバタバタ揺らして頭に寝癖が残っているその余裕のない姿は遅刻に慌てるダメ学生を絵に描いたようだった。
朝早くに目を覚ましておきながら時間に追われることになっている原因はもちろん朝の一件で、クノールは都市の市壁の外まで吹っ飛ばされたのだった。
身分証も持たない寝間着姿では門の役人を説得できる訳もなく、役人の目を盗んでこっそりと壁をよじ登れたのはいいものの、屋敷へと戻ってこれたのは八時過ぎ。
入学式が始まるのは九時ジャスト、あと十分あるかないかだ。
こうなるともう時間内にブランリヴァル学園の校門まで辿り着けるかすら危うい。
「そんなに急がずとも十分や二十分遅刻してもいいのではないのか?」
焦るクノールと対照的に涼やかな声を投げかけてくるのは今朝クノールを吹っ飛ばした張本人のエイギーだ。
服装はブラウスにブレザーとマント、スカートは尻尾を通す穴が空いた地竜族用のスカート、すべてエイギーの肌の色と同じ白地でブランリヴァルの女子制服一式である。白地と言っても決して白一色ではなく、青や赤や黄色などの色調的なアクセントに加え、意匠凝らした学園章や魔法陣をモチーフにした近代デザインが都会的なスマートさを引き立てている。
しかし格好は百歩譲ってよしとしてもそのエイギーの体勢には色々とツッコミ所があった。
エイギーはクノールの右腕によって脇に挟むように抱えられていた。足も地に着かず宙ぶらりんな体勢で尻尾をぶらぶらと暇そうに揺らしているのである。まんま積み荷を運搬されるかのような扱いだがこれにはちゃんとした理由がある。
走らないのだ。
この幼馴染は他の生徒たちが浮き足立つ入学式という学生にとっての一大イベントにおいてすら「どうせ授業単位とか取得出来ないし、ぶっちゃけフケて家で爆睡してて良くね?」という一部のグータラな生徒たちが心の片隅で思いつつもためらって実行できない行動を素で実行に移せる肝の強い御方なのだ。放っておくと入学式が終わって皆が下校し始めた頃、一人悠然とした王者の歩みで堂々と登校してきてプリントだけもらって帰っていく偉業を達成してしまう可能性すらある。
だからこうやってクノールが持ち上げて運ぶより仕方が無いのだ。
仕方が、無いのだ。
「……エイギー、少しは走ってみようとは思わないか?」
考えている虚しくなってきてクノールは無駄とは理解しつつエイギーに訊ねてみた。
すると、クノールの腕に抱えられたエイギーは言葉に反応するように首をわずかに持ち上げてその何を考えているのかよく分からない無表情をクノールに向けると、ゆっくり首を横に傾けて逆にクノールへと訊ね返してきた。
「私が『走ってみようと思う』なんて殊勝なことを言うと思うか?」
何ら悪びれもしない返答だった。
その堂々とした様子が呆れるくらいに清々しくてクノールは思わず笑ってしまう。
「うん、思わないな! ……ったくよ!」
「さすがクノ、付き合いが長いだけはある」
抱えられたままエイギーは満足そうに頷いた。それを見てクノールもやれやれと肩をすくめる。
この幼馴染はいつもこうなのだった。
たとえ何があろうと自分のペースを崩すことが無く何事にも山のように泰然と構えてまるで微動だにしない。たとえ相手が大人だろうと犯罪者だろうと、おそらくは偉人だろうと王様だろうとそのスタンスは変わらない。体格は太い尻尾がある以外は同年代の女子と変わらない華奢な肉体だというのに、どこにそんなぶっとい肝が備わっているのかとクノールも疑ってしまうくらいである。
「まあそういうところは嫌いじゃないんだが」
「何か言ったかクノ?」
「何も言ってない! まあ、急げるだけ急いでみるか、もしかしたら間に合うかもしれないし」
馬鹿なやりとりでクノールにも少しだけ余裕が出来た。急いでみるとは言いつつ遅刻ペースで足を緩めつつ交差点を左に抜ける。
そして次の三叉路を右に曲がったところだった。
左側の小道から誰かが飛び出してきた。それは金色の髪をツインテールにまとめた少女で、背中から大きなコウモリの翼を生やし、それを羽ばたかせてクノールと同じ目線の高さで低空飛行していた。
少女は身体をひねって方向転換するとクノールの隣に並ぶように併走する。
クノールが顔をそちらに向けるとばっちり少女と目が合った。
「あ、おっはー」
「おっはー」
抱えたエイギーが無表情で返すが、クノールは少女の顔を見て「げっ」と上擦った声を上げた。
「ルーシャー!? やべえ!」
ルーシャー・アクスム。
クノールがまだ中学生の頃、その名前を知らない者はいなかった。悪い意味で。
「何よ? 人の顔見て第一声が『やべえ!』って? 有ること無いこと脚色して学園の怪奇として言いふらすわよ?」
「そういうところだよ! 原因は!」
この女子、やけに口が軽い。おまけに真偽を確かめず面白いと思った噂を広める悪癖がある。その悪癖から付いたアダ名は『生まれながらのトラブルメイカー』や『シュレディンガーの赤猫』やら数知れず。そしてこのルーシャー、筋金入りの遅刻魔でもあり登校中に出会ってしまったら必然的に遭遇者も遅刻が確定するという学園の怪奇が形になったような存在だった。
「まあ、時間どおりに登校できるとは期待してなかったけどさ」
もしかしたら遅刻せず登校できるんじゃないかという淡い期待を吹き消されて軽く肩を落とすクノール。
すると、ルーシャーが目をぱちぱちと不思議そうに瞬かせた。
「ん? 何の話?」
「入学式の話だよ、遅刻魔さんには関係ない話だろうけど」
「ふーん? そう」
それだけ言うとルーシャーは翼を大きく打って加速する。
置き去りにされそうになったクノールは慌てて足を速めてルーシャーに並ぶ。
「お、おいおい? どうせ遅刻なんだから一緒に行かないか?」
「遅刻? 入学式でそんなヘマをするのはアンタだけよ」
しれっと言うルーシャーにクノールは驚いた。
「お前、まさか市内の飛行制限を無視するつもりじゃ……」
「アホ! そんなことしたら即行で停学食らうでしょうが!」
「じゃあどうするつもりなんだよ?
「そんなの、こうする……のっ!」
急にルーシャーが身をひねって方向転換、人通りの少ない路地裏へとその身を滑り込ませる。
クノールはたたらを踏んで立ち止まるがすぐさまルーシャーの後を追って路地裏に飛び込んだ。
「アイツ、何考えてるんだよ」
「知らん」
「いいからお前は自分の足で走れ!」
エイギーに言いながらクノールは路地裏を駆けていく。
路地裏と言っても街の中心部に近い道はちゃんと石畳で舗装されている。道幅こそ大型馬車が行き来できるほど広くは無いが道の左右にはいかにも知る人ぞ知るという風の小ぢんまりとした骨董店や美容店が開かれておりアウトロー的な荒廃した様子は無かった。その中央を進み飛ぶルーシャーを前方に見つけると、クノールは駆け足で追いついて横に並んだ。
「おい! どういうことだよ!?」
「ん? 何が?」
「しらばっくれるなよ、何か方法があるんだろ? 遅刻せずに済む方法が」
クノールが尋ねるが、ルーシャーはそっぽを向いた。
「さあ知ーらない。遅刻魔さんには関係ない話だろうしー」
「さっきの話を根に持つなってば、ここは協力し合おうじゃないか」
「協力? こっちが一方的に助ける側なのに協力? まあアンタが地べたに頭を擦り付けて『お願いします』って言うならば考えてあげなくもないけど」
「ぐ、ぐぬぬ……」
ねちっこく言ってくるルーシャーにクノールは歯噛みした。素直に地べたに頭を擦り付けて謝るなんてプライドが許さない。しかしルーシャーは上手く丸め込める相手じゃない。
助けを求めるように抱えたエイギーの方を見る。
エイギーは任せろとばかりに頷いた。
「クノ、パンチだ」
「そうか! その手があったか!」
「何を妙案が思いついた顔をしてるの!? 暴力ですべてを解決しようとするんじゃないわよ!? ああもう! わかった! ちゃんと言うから指をグっとして拳を作るのを止めなさい!」
「ちぇっ」
「舌打ちしない! まったくアンタらはいつも……」
ルーシャーがやれやれと肩をすくめる。
そしてすぐにコウモリの翼をひるがえし、飛行する方向と速度を維持したまま器用に身体ごとクノールの方へと振り返った。そのままルーシャーは人差し指を立ててクノールに説明を始めた。
「いい? まず最初に、アンタが言う入学式の時間ってのはいつ?」
「そりゃ九時だろ」
クノールの返事に、しかしルーシャーはちっちっと指を振った。
「それはあくまで予定表上の教室への集合時間。実際はそれから体育館へと移動して、整列して、色々と入学式の最終準備を行ってから『これから入学式を始めます』ってなるのよ」
「どういうこっちゃ?」
クノールは首をひねる。
だが、エイギーの方は理解したらしく「おお」と感心したように声を漏らした。
「つまり、教室への集合時間には間に合わないが、入学式そのものには間に合うということだな」
「そうよ。さっすが魔王さん、クノール君とは頭の出来が違うわね」
「頭の出来が良くなくて悪かったな」
クノールはむすっとした顔で答えた。ちなみに魔王さんとはエイギーのアダ名である。女の子のアダ名としては何だかおどろおどろしい感じだがことエイギーの場合は妙にしっくり来るのだった。
「入学式の開始までにある若干の余裕――その穴を突いて、体育館へと向かう生徒列に紛れ込むなり、体育館で着席して入学式の開始を待つ生徒たちの間に『トイレに行ってました』とか言って割り込むなりすれば万事オッケー問題なしという寸法よ!」
「遅刻の事実は変わっていないから後で怒られるだろうがな」
冷ややかな目で突っ込むクノールだが内心では少しだけ安心していた。さすがに入学式で遅刻というのはバツが悪すぎる。
すると、急に周囲が明るくなった。精神的な重圧が取り除かれたからではなく、周囲の建物が低い居住区画へと来て視界が開けたのだ。
遥か向こうまで続く澄みきった青空の下、石造りの街並みの中にポツンと浮き出るようにその建物はあった。ブランリヴァル学園である。位置的に今いる場所が高所らしく全景を見下ろせた。
グラウンドとプールに体育館、そして重厚な造りの六階建て校舎。敷地も十分に巨大だが小中高と併設されているので全部合わせるとちょっとした小島くらいの広さになる。その広大な土地が他の建造物を押しのけて街の中に存在しているのは圧巻だった。
しかし何よりクノールの胸に込み上げてきたのは、今から自分がそこに通うことになるという事実に対しての踊るような心地であった。
ブランリヴァル学園は走っているうちにすぐまた周囲の建物に視界を遮られてしまい見えなくなるが、クノールの目にはブランリヴァルの校舎の白い壁面がしっかりと焼き付いていた。
「ふふふ、私の作戦に感謝しなさい」
不意にニヤつくルーシャーと目が合った。というかルーシャーはいまだにクノールの方を向いて背面への飛行を続けているので多分、全部見られていた。
クノールは今更ながら慌てて取り繕う。
「ま、まあ助かったよ。ありがとう」
その言葉にルーシャーは会心の一撃でも決まったような得意な顔でにんまりと口角を吊り上げた。
「ふふっ、あがめてもいいのよ?」
ルーシャーは満足げに右手を頭の後ろ、左手を腰に当てて「しな」を作り、おまけに胸を張りながら見下すようにアゴを上げた。随分と調子に乗っている。
しかし、そのポーズのせいで普段は気にしていない部位にスポットライトが当たりすぎてしまっていた。
主に空力制御に特化したスマートなボディ――真っ平らな胸とか特に。
「相変わらずお前って胸が……」
「あ? 胸が何? それ以上言ったらぶち転がすわよ?」
殺意に満ちた視線を向けてくるルーシャー。フリではない、マジ怒りだった。
すると、クノールの右腕に抱えられたエイギーがフォローに入った。
「安心しろルーシャー、女の価値は胸ではない。例えるなら女の胸とは社交界における『マナー』のようなものだ。かつて偉人は言った『マナー、それ単体では価値も無く機能もしないが、無ければ他のすべてを失うことになるだろう』と、……む? ということは胸が無いルーシャーはすべてを失――」
「おーけー、わたしに対する敵対宣言と受け取ったわ魔王さん」
真顔で毒を吐くエイギーにルーシャーがこめかみをぴくぴく引くつかせる。いや、エイギー本人には毒を吐いている自覚も悪意も無く善意のフォローをしたつもりなのだろう。付随する結果は最悪だが。
地底のマグマのように静かな怒りを蓄え始めたルーシャーに、クノールは男子の直感的に「やべえ」と逃げ道を探し始め――
「おっ?」
流れ続ける路地裏の景色の向こうに『ある物』が見えた。掛け看板である。
それは普段なら気にもしないだろう酒場の掛け看板で、これでもかとばかりに道にはみ出てきていた。問題はその看板の高さがルーシャーの飛行高度と同じでちょうど狙い澄ましたかのようにルーシャーの進路上に待ち構えていることであった。
後ろ向きのまま飛行しているルーシャーはこちらに注意が向いていて看板に気付く様子が無い。
クノールは咄嗟に声を上げた。
「おいルーシャー! 後ろ後ろ!」
「後ろ? そんな古風な手に引っかかるわけないじゃないの」
ほくそ笑むルーシャー。
直後、がこーんと盛大な快音が裏道に響き渡った。
「はぶらぁッ!?」
掛け看板に後頭部をしたたかに打ちつけたルーシャーは年頃の女の子とは思えない叫び声を発して失速し、ホウキで叩き落とされたハエのようにその場で落下し始める。
「ルーシャーっ!? 言わんこっちゃねえ!」
クノールは瞬時に地面を踏み込んで加速した。左手に掴んでいたカバンも放り出して空いた左腕を前に突き出すがギリギリでルーシャーまで届きそうにない。
クノールの判断は早かった。
間髪いれず右腕のエイギーを胸前に抱えなおして跳躍、そのまま石畳の路上を滑り込む。ベースを狙う球児の如き鋭いスライディングだ。
咄嗟の判断が功を奏しクノールの身体はルーシャーが地面にぶつかるより先にその真下へと潜り込んだ。
ささやかな落下の衝撃を胸に受け止めたのを確認するとクノールは仰向けでため息を吐いた。
「ったく、大丈夫か二人とも?」
仰向けになったクノールの視界には四方を建物で切り取られた青空が広がっていた。
太陽の眩しさに目を細めつつクノールは首を曲げて自分の腹の上にいるだろう二人に顔を向けた、エイギーとルーシャーがいるのは胸と腰あたりに重みを感じているので間違いない。実際、クノールの胸と腰の上にエイギーとルーシャーは馬乗りの形で乗っかっていた。
だが、クノールは二人を下から見上げる格好のまま固まっていた。
エイギーは横から浅くクノールに腰掛ける格好でどこか余裕すら感じる。問題はルーシャーの方だった。
ルーシャーは両脚をちょうどM字に開けっ広げていた。おまけにルーシャーの向きはクノールと面向かう形。
ようするに、下から見上げる形のクノールからはがっつりと見えていた。絡み合う蔓草のような模様に編まれたレースの黒ショーツが。
「い、いたたた――って、な、ななななッ!?」
我に返ったルーシャーと目が合う。ルーシャーは次第に状況を理解したのかその頬が徐々に真っ赤に染まっていく。
クノールも混乱していたが今はルーシャーの身を案じるのが第一であった。
「大丈夫かルーシャー!? 傷は無いか?」
「がっつり下着を見ながら言うんじゃないわよッ!!」
「ごふっ!?」
クノールは顔面にルーシャーから前蹴りを食らってのけぞった。男の子だからそっちに視線が向かってしまうのは仕方がない事だった。
その間にルーシャーはスカートを整えて立ち上がるとクノールの上からさっさと退いた。離れ際にちゃっかりクノールの脇腹に爪先で蹴りを入れていくのを忘れない。
だがクノールの頑丈な肉体に痛みは無く、逆に蹴りを入れたルーシャーの方が「あだっ!?」と足を引っ込めた。
「この脳筋……」
「お前が華奢すぎるんだよ、飛んでないで地面を走れ。足あるんだし」
「うっさいわね、もう」
足首をさすりながら恨みがましい視線を向けてくるルーシャーにクノールは仰向けのまま肩をすくめた。ともかくルーシャーに怪我は無いし、蹴られたけどいい思いもしたし、トータルでチャラだろう。
ルーシャーはしばらくウジウジと何か呟いていたが、しばらくしてから自分の頬を叩いて気合を入れなおした。
「今度からヨソ見飛行は無し! それとアンタに貸し一つ! 話はこれでおしまい!」
「ん、分かった」
ルーシャーはびしっと人差し指を立てて言ってきた。どっちがどっちに貸し一つなのかとクノールは疑問だったが口にすると藪蛇っぽいので口答えせずに身体を起こす。
しかし、クノールは失念していた。まだクノールの腰の上にはエイギーがいたのだった。
「お?」
「あっ、すまん」
エイギーの驚く声でクノールも思い出すが時既に遅し。
運悪くエイギーもちょうど立ち上がろうとしていたところだったらしく、クノールの動きに合わせてエイギーの体勢が崩れたと思ったら、その細い身体が背中からコテンと後方へとひっくり返る。完全に立ち上がっていなかったのが幸いしその挙動は小さく、勢いよく倒れるというよりはソファーに寝転がるような軽い動きで、見るからにダメージも無さそうだった。
しかし、これまた見事にひっくり返った。
エイギーはすっかり仰向けで内股気味に左右に開かれた脚の下ではお尻から伸びる尻尾が大蛇のようにうねっている。
それは奇しくもさっきのルーシャーと似た姿勢で、もちろん持ち上がったスカートの内側には純白まぶしいパンティが――、
「魔王びーむ」
瞬間、詠唱不要な最高位魔法がクノールに命中した。
爆風がクノールを遥か上空まで吹き飛ばす。
本日二度目の飛翔。打ち上げられたクノールもすっかり慣れ、高速で風を切りながらも諦観の体であった。
「学園の方に向かっているといいんだけどなぁ」
そんな言葉を口にする余裕をかましつつクノールは指で頬を掻いた。
その願いが天に届いたのやら、はたまた偶然か。
クノールの視界にはブランリヴァル学園の敷地と校舎が徐々に近づきつつあるのだった。