万歳アタック!はつらいよ
自宅に戻るとオカンが仕事から帰宅していた。
スーツのまま憔悴した顔を覆い、ブランデーを飲んでいる。
「あら大河、起きてたの?」
ミスディレクションのつもりか時計を見上げながら雑誌を裏返すが、残念。就活系の背表紙が見えている。
というか、裏表紙もまるっと求人サイトの広告だよ……オカン。
雑誌に気づかぬフリをして俺は、壁かけへ無造作に突っ込まれた郵便物の束をつかむ。
あったあった……って同窓会の幹事アイツかよ面倒臭ぇ。
「あ、ごめん、ハガキ渡すのすっかり忘れてたわ」
某社女部長の息子が無職と知れたら地域でのメンツが潰れる……とかじゃないなら。
気遣われるとこっちも疲れるから、普通に、普段通りにしてくれればいいのに。
二階の自室に戻って一休みすると、ようやく全身の強張りが解けていく。
求人誌をペラペラとめくったが、地元付近の仕事しか載っていない。
そりゃそうだ。
あぁあ。
……もう誰も知らない街に行きたい。
寝つきが悪いので錠剤を飲み、二本目の飲み物に手を伸ばす。
このところロウソクが短くなる夢ばかり見るので、眠るのが怖い。
焦るな……
焦っちゃダメだ……
タオルケットを頭から被り、回復呪文を繰り返す。
ヘイヘイヘイboy、無職だけど明日から頑張りますょう……
*
誰かに布団をはがされたような気がした。
けれどもまだ、これっぽっちも瞼が開かない。
この感じはまだ朝じゃない。おそらく何時間も眠れてはいないのだろう。
夢……のような気もするが痺れて気持ちの悪い頭の感覚は、夢とは思えないほどリアルだ。
プラスチックの焼けるような強烈な悪臭に気づいた時、往復ビンタを食らって目を覚ます。
なんだなんだなんだ?
驚いて吸い込んだ息を、体が全力で拒否してむせ返った。
「ゲホッ……煙じゃねぇかよ!これ」
部屋が燃えていた。
スーツやらカーテンやらに火が這い上がり、めらめらと広がっていた。
その火柱の真ん中でオカンが、歪んだ般若のような形相で踊り狂っている。
ヤバイ。これ、完全にヤバイ。
「アンタがちゃんとしないから!」
荒ぶるオカンは舞いながら、火の粉をまき散らす。
頼むから、夢なら早く覚めてくれ。
…………。
とにもかくにも逃げなければとタオルケットを蹴り飛ばした途端、背中に激痛が走った。
「ギックリ腰! 痛い、痛っ痛い!」
「ふざけんじゃないわよ!」
ギロリと目を血走らせたオカンが、俺の胸倉に手を伸ばしてくる。
「やめて! オカン!頑張るから許して!」
煙で咳き込みながらオカンを払いのけ、涙と鼻汁を拭った。
こしっ……腰! 上半身だけで攻防する間にも炎が勢いを増していく。
素手ではかなわないとみたオカンが、アンプのシールドを引きちぎってエレキギターを振りかざした。
頭をかばってベッドに伏せると、砕け散った窓ガラスの破片が降ってくる。
「オカン! ……オカン!!」
「万歳! 万歳!」
オカンは興奮ぎみに叫びながら、バンザイ・アタックで窓ガラスを割り続ける。
「思い知ったか、大河、万歳!!」
やばい。もうダメだ。
煙を吸いすぎて頭がクラクラしてきた。
助けて。誰か助けて!
こんな終わり方、嫌だよ俺……。
* * *
流者はつらいよ【グラウンド・ゼロ】へ続く。