怪盗参上⁉
無人の我が家に着いた俺は、部屋に戻るやいなやベッドへダイブ。
仰向けになって今日あったことについて考えてみた。のだが、
携帯電話の無機質な電子音がそれを遮った。
確認すると、電話ではなくメールが一件。内容は、
『今昼、あなたのハートをいただきに参ります。 怪盗、カナダの国旗より』
というよくわからない文章。
差出人は、カナダの国旗の中央に配されているサトウカエデこと、佐藤楓という俺の幼なじみ。
ほどなくして、下の階からピンポンという玄関のチャイム音。
例の怪盗が玄関から堂々とやってきたらしい。
「こんにちはん! 弦ちゃん一人でしょ? ご飯たべようぜ~」
そういえばちょうど昼時か。
「じゃじん」
なぞの効果音とともに四角い包みが登場。
「丹精込めて用意してきた私の愛情弁当を、どうぞ召し上がって下さいな! というわけでお邪魔しまーす!」
あれよあれよという間に、自称怪盗の楓が下原家に潜入。ではなく突入したのだった。
「賑やかな奴だな、お前は」
「まあねん」
楓はとっとことリビングに向かって歩き出した。
「素材にこだわってみましたの。さささ、早く開けて!」
テーブルの上に荷物を置き、包みを解いていく。すると、黒い重箱二つが現れた。
続いておまけの水筒がちょこんと主張。
よく分からないが、中身は昼ごはんだろうか?
「ああ」
急かされるままに蓋を開けると、箱の中にはびっしりと日本そばが敷き詰められていた。
「すごい。弁当というよりはむしろ出前だな、これは」
和食ではあったが、まさかもりそばとは。
「ふふふ、早起きして真心こめて打ちましたのよん」
「しかも手打ちなのか」
やっていることがずれているが、いざという時のこいつの行動力は賞賛に値する。
となると水筒の中身はまさか……
「はい、せっかくだからおつゆは二人で一つのものを使いましょうかのぐへへ」
楓が水筒の蓋をくるくる回し外し、逆さまにしてテーブルにおく。そこにめんつゆらしき黒い液体が注ぎ込まれていく。
「なんていうか、すごいな」
発想の奇天烈さとバイタリティに驚愕。
「ふぉふぉ、ありがとう! ささささ。はよ召し上がれ」
「お、おう」
促されるままに、そばに箸をつける。
「美味しいかい?」
味の良し悪しはともかく、なぜかうどんのような食感だった。
「ん、斬新な食べごたえだな」
「ほう、料理の革命を感じる程に美味しいですかい。我ながら末おっそろしい才能ですな」
楓はえらく前向きに勘違いをしているようだが、昼ごはんをごちそうになったのは事実だったので、
「まあ、革新的ではある」
彼女の顔を立てておくことにした。
「むふふ。それにしても、こうして二人して一つの器でそばをつけて食べていると、私たち恋人みたいだね」
「いや、それはないだろう」
楓には俺たちのこの状態が、一つのグラスに注がれた飲料を二本のストローを使って飲む恋人たちのように見えるのだろうか?
だとしたら、こいつと付き合う奴は色々と大変だろうな。
「ごちそうさま、ありがとうな」
うどんの如き不思議なそばを平らげた俺は、お礼を言う。
「むふふ、さらに腕を磨いておくから、また楽しみに待っていてねん。ということでお腹も満ちたし、弦ちゃんの部屋に行こうぜ!」
「おい、ちょいまて」
楓は一方的に告げると、俺の制する声も受け流しダダダっと階段を駆け上っていった。
「うひょ~」
俺の部屋についた楓は、赤いジャケットを着たどこかの三世のようにベッドへダイブ!
「うわ」
慎ましさの欠片も感じさせない幼なじみの行動に改めてドン引き。
「ほれほれ、弦ちゃんも飛んできなされ」
くるりと仰向けになった楓がベッドをバンバンと叩いて誘ってくる。
俺は楓の言葉を無視してちょこんとベッドに腰掛ける。
「やれやれ」
こんなに騒がしい奴がいたのでは、考え事など出来そうに無い。
その代わり、といってはなんだが愉快で陽気な楓にだからこそ気兼ねなく聞けることもあるだろうと思い付く。
「なあ楓? 俺の誕生日、知っているか?」
まずは軽くジャブから。
楓は俺の誕生日を知っているはずなので、それを確認。もし知らなければ、こいつは俺の知っている楓ではないという説がほんの少し真実味を帯びる。気がする。
「覚えているに決まっているではないか。 弦ちゃんの誕生日は八月八日、はちはちインフィニティの日という楓にとっての祝日でしょ」
「おう、ありがとな。ちなみに八月八日は、祝日じゃなくても、もとから夏休みだけどな」
ついでに8だからといって別に無限なわけでもない。
よし、次はストレートにいってみよう。
「楓は山田冬緋っていう、うちのクラスの女子を知っているか?」
クラスメイトに聞いても良い思いはしなかったが、楓になら聞いても平気だろう。
なにせこんなだし。
「ん? そんな女は知らないなあ。ところで弦ちゃんは、もしやあんな感じの女がタイプだったわけかい?」
楓はぴくりと身体を震わせ、矛盾ということの手本を示すかのような発言をしてくれた。
「知っているんだな?」
「ち、ばれたか」
ぐぬぬと悔しさを滲ませる楓。
おちゃらけているのか本気なのかいまいち分からない奴。
まあ、佐藤楓は根がふざけた人間であるということでいいか。
話を戻す。他クラスである冬緋さんのことを楓も知っていたという事実が判明。
ということは、やはり山田冬緋という人間が俺以外の誰からも既に認知されていたということになる。
それはいつから?
「ちなみに山田さんと俺たちは高校に入ってからの顔見知りだったっけ?」
「そだよ」
やはり俺以外の人間も、入学時から山田冬緋はごく自然に存在していると認識しているようだ。