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ファンタジー

 冬緋さんは眉を下げ、苦い顔をしていた。


「信じ難い話だというのは承知しているわ。なにせ自分もそう思っていたから」


 俺を見つめる冬緋さん。淀みない言葉が紡がれていく。


「今から一年前。つまり一年生の終業式の日。私が学校に行くと教室の中に見知らぬ人がいた。キミがしたように、私もその得体のしれない人に話し掛けてみた。その結果、今のキミと同じようにこの場所に連れて来られ、同じ話を聞かされたというわけ」

「…… なるほど、信じ難い話だけど、納得はできる」


 それなら冬緋さんが動揺ばかりしていた俺と違い、余裕を持った態度であったことにも得心がいく。なにせ、彼女は異分子との出会いが今回で二回目だったのだから。


「つまり、キミが味わったことを前にも一度経験をしている私は、ある意味先輩ともいえるわね」


 彼女の言うとおりだ。冬緋さんと俺は、この摩訶不思議な現象においての先輩後輩の関係ともいえるだろう。

 となると、さらなる疑問が生ずる。


「俺の先輩が冬緋さんっていうことは理解できたけど、じゃあキミの先輩は今どこにいるの?」


 彼女の話を信じるならば、一年前に彼女が出会った人間がどこかに存在するはずである。


「…… いないわ」


 珍しく歯切れの悪い返事。


「どういうこと? 詳しく教えほしいのだけど」


 冬緋さんにとって答えづらい質問なのかもしれないが、重要なことなのでここは聞かなければならない。


「――――――教えたいのだけど、ごめんなさい。私もまだ整理しきれていない部分があって。今は説明できないの」


 冬緋さんが悲哀に満ちた泣きそうな顔をする。

 あまり思い出したくもない話なのだろう。


「そっか。ごめん、嫌なことを聞いて」


 聞きたい気持ちはあるが、今は我慢しておくべきだろう。


「いえ、いいのよ。気になって当然のことだもの」


 申し訳なさそうに微笑む彼女が儚く見えた。


「冬緋さんの告白はもうおしまいかな?」


 話の流れを軌道修正。

 今までの話は突き詰めると、俺は不思議な出来事により山田冬緋という見知らぬ女子と出会った、というだけになる。

 仮にこれだけで話がおわるのならば、世にも奇妙ではあるが、特別に害のある話ではないだろう。


「いえ、まだあるわ。ここから先の話は今までよりさらに現実離れしたものになることを先に伝えておくわね」


 わざわざ前置きしたからには、これからの話が今までよりもさらに容易には信じ難いモノなのだろう。


「わかった」


 俺は荒唐無稽に対する心の準備をしておく。


「私とキミの今いるこの世界は、今まで私たちが住んでいた世界とは似て非なるものである可能性がある」

 いらっしゃいませファンタジー。

「は?」


 覚悟はしていたが、斜め上の突拍子もない発言に驚き、思わず声が出てしまう。

 ある程度の非現実的要素は受け入れるつもりだったが、さすがにこれは素直にはいそうなのですねと納得する気にはならない。


「やっぱり驚いている。キミが落ち着いたら話を再開するわね」

 冬緋さんは俺の反応を見越していたのであろう。

 慌てた様子はなく、ゆったりと俺のペースに合わせてくれた。


「俺は平気だから、冬緋さんが唱える別世界説の根拠を教えて」


 これだけぶっ飛んだことを言うのだから、当然理由もあるはず。


「ふふ、立ち直りが早いのが下原君の長所のようね」


 御褒めにあずかり光栄であるが、別にそんなことはない。今朝から驚いてばかりで感覚が麻痺しているだけだ。


「キミは私という存在以外にも何か不思議なものを感じたりしなかった?」

「いや、とくには」


 不思議なものといえば、山田冬緋という神秘的に過ぎる女子しか印象に残っていない。


「ではキミの知っている家族やお友達に普段と違う様子はなかったかしら?」

「ん、それは多少ある」


 その言葉に思い当たる節があった。今朝の父親がやたらと暗かったこと。そして土屋を含めた二年二組のみんなもいつもの明るさがなかったこと。山田さんの言う通り、全員にどこか違和感があったような。

 ちなみに幼なじみの楓も今朝はやたらテンションが高かった気がする。が、そもそもあいつは普段からよく分からない奴なので考える対象からは外しておく。失礼。


「ならば、今日下原君が会った家族やお友達は、キミの知っている人間ではなく、似て非なる別人だとは考えられない?」

「……さすがに無理」


 彼女の言っていることを信じるならば、今いるこの世界の人間すべてが、俺の知っている奴等ではなく、精巧な偽物ということになる。 

 それはいくらなんでも考えられない。考えたくもない。

 父親や友達だって、今日たまたまおかしかったのかもしれないし。


「ふふ、まあ無理よね。もし今日キミがアレを視ていたら私の話も信じてもらえていたと思うのだけど。さて、どうしようかしら」


 何やら考えを巡らせている冬緋さん。

 彼女が言った『アレ』という単語が気にはなったが、彼女の思考の妨げになると悪いので黙っておくことにした。


「下原君、明日は時間ある? キミにお見せしたいものがあるのだけど、今すぐには無理なのよ」


 準備が必要ということだろうか。

 俺に見てもらいたいものか。それはきっと、


「例のアレとやら? いいよ」

「ふふ。では明日の朝九時半にここでいいかしら?」

「おっけい」


 思わぬことから、完全未定であった俺の春休みの予定が埋まってしまった。


「では、今日のところは解散しましょうか。下原君も一人になって今日の出来事を冷静に考えたいのではない?」


 言われた通り、家に帰ったらゆっくり考えてみるか。にしても、こんなこと他人には相談出来ないよな。笑われるか痛いやつだと思われるのが関の山だ。


「ああ、そうだね。それじゃあ俺はもう帰るけど、冬緋さんはどうする?」  


 彼女も帰るのならば、家まで送っていくのもやぶさかではない。


「私はもう少しここに残っていくわ」 


 こんな所で何をするのかは知らないが、冬緋さんにとってこの屋上はきっと特別な場所なのだろう。

 冬緋さんは、澄んだ瞳で灰色の空を見つめていた。


「風邪ひかないようにね」


 冬緋さんと一緒にもう少しここに居ても良い気はしたが、物思いに耽る様子から、実は彼女の方こそ一人になりたいのではないかと思い、やはりこの場を立ち去ることにした。


「ありがとう、それでは、また明日」

「じゃあね」


 挨拶をかわした俺はドアに向かって歩き始める。


「一つ言い忘れていたのだけど」


 ノブに手を掛けたところで、背後からの声によって呼び止められた。


「私はキミと出会えたことがとても嬉しいのよ」


 別れ際、山田冬緋の反則じみた言葉が俺の背中に突き刺さる。


 今の発言の真意を彼女に問い質したくなったが、それはとてもカッコ悪い気がしたのでちっぽけなプライドを盾にこらえた。


「それはそれは、どうもありがとう」


 代わりに、さも余裕であるように片手をあげて礼を返す。

 冷える身体とは反対に、胸の中に微かな温かみを感じた。俺の方もまんざらでもないのかもしれない。


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