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ひめごとは屋上で

「はは、そりゃ楽しみだ」


 からかわれた気恥ずかしさをごまかすように、彼女に笑みを返す。 

 朝の話の続きがもうすぐ出来る。


「ふふ、楽しんでもらえると良いのだけど、無理かもしれないわね」

「……」


 不吉な言葉。 

 笑顔から一変。伏し目がちな、憂いを帯びた彼女の顔に俺はどきりとしてしまう。

 本来なら不安や疑問が先に生ずるはずなのに、額縁の中に描かれた芸術品の如き美しさを彼女から感じた。

 認めたくはないが、俺はこの瞬間、山田冬緋に見惚れていた。


「心配しないでも取って食べたりはしないわよ」


 そう言った彼女の顔はもうさっきまでの作り笑顔に戻っていた。

 俺はわざとらしく肩をすくめて、彼女の冗談を聞き流す。ついでに見惚れてしまったという事実も忘却の川に流す。

 そうこうしていると自転車置き場に着いた。


「山田さんは自転車通学じゃないみたいだね」


 自転車置き場から自転車を持ち出したのは俺だけで、彼女は鞄を持って俺の後ろに立っているだけだった。


「想像にお任せするわ。そして運転もお任せするわ」


 当たり前のように俺の自転車の荷台に座る山田さん。

 想像する隙など一ミリもないのであった。


「いや、ここ学校のそばだし、先生に見つかると面倒だから二人乗りはやめた方が無難じゃない?」


 冷たい言い方かもしれないが、教師に見つかって二人共説教されるよりはましだろう。

 いわばお互いのための提案だ。


「なんと言おうがキミ勝手だけど、私は一度乗ったモノからはそう簡単には降りないわよ。キミも腹を括りなさい」


 理不尽な理由で却下されてしまったが。


「大丈夫、私こう見えて隠れるのが得意なのよ」

「自転車の荷台に乗ったままで、隠れようがないだろう」


 屁理屈にすらなってない。 

 相手を説き伏せる気が微塵も感じられない、斬新な説得。


「君、意外とずうずうしいね」


 嫌味を投げつけはしたが、気分が悪くなったわけではない。

 だから俺は彼女のお願いを素直に受け入れた。


「あはは。それは私がキミのことを仲間だって認めたからよ。だって仲間は頼るものでしょう?」


 認めてくれたのはありがたいことだが、


「いつの間に仲間にしてもらえたのかな?」


 心当たりがまったく無い。


「さあ、いつでしょうね」


 冬緋さんの思わせぶりな言葉は、いちいち気にしても意味がないのかもしれない。短い付き合いだが、彼女がどういう人なのか少しずつだが分かってきた。ようなきがする。


「じゃあ少し飛ばすからしっかりつかまって」

 

 ここで止まっていてもしかたないので、二人乗りの運転手として使命を果たすことにした。


「ありがとう」


 決まったのならば、なるべく早くこの場を去ったほうがいい。

 俺は軽やかにペダルを漕ぎ、すいすいと路を進んでいく。冬緋さんは華奢な見た目通りとても軽かった。

 冬緋さんの指示の通りに七分ほど進んでいくと、


「着いたわ」


 テニスコートも付属する大きな公園を通り過ぎ、築二十年くらいのマンモス団地に到着したところで自転車を降りることになった。 


「こっちよ」


 群れを成すマンションの中の一つに躊躇することなく突入する山田さん。


「冬緋さんの家に行くの?」


 彼女の後をついて歩きながら、行く先が気になった。


「ふふ。もしもそうだったらどうする?」


 今の俺からは位置的に冬緋さんの顔が見えないが、きっとにこにこしているのだろう。 


「うーん、嬉しさと怖さが半々かな」


 本音を言えば、彼女の家に上がるということへ対して期待が八割といったところだ。 

ただ、異分子である相手の領地に踏み込むということへの恐れを忘れてはいない。ということもアピールしておきたかった。


「ふふ、安心していいわよ。私、結婚するって決めた人以外は家に入れるつもりないから」

「ずいぶんと敷居が高いことで」


 山田さんに何を考えていたのか見透かされた気がした。

 言われるがままエレベーターに乗りこみ、彼女の指示によって一番大きな数字である十のボタンを押す。

 まもなくエレベーターが十階へと上昇を始める。


「で、俺たちはどこへ向かっているのかな?」


 二人きりの箱内に俺の疑問の声が響く。


「下原君。質問しておきながら実はもう答えが分かっているのではない?」

「さっきから見透かされてばかりだな、俺」


 指摘されて苦い顔になる。 

 彼女の言うとおり、どこへと向かおうとしているのか、察しがついていた。

 十階に到着、ドアが開くと同時に山田さんはエレベーターを降り、俺も彼女の後に続く。

 マンションの共用廊下を歩く俺と山田さん。

 山田さんの家ではない。マンションの最上階。人のこない場所。以上の三つを満たす場所といえば、向かう先はきっと、


「ここよ、開けてもらってもいいかしら?」


 彼女はマンションの部屋の扉ではなく、両開きの大きくいかつい扉の前でそう言った。


「はいよ。てか、鍵はかかってないのか」


 管理人の職務怠慢だろうが、よくこんな場所を見つけたものだ。

ギいいという重苦しい音を響かせながらゆっくりと開け放たれていく扉。同時にうっすらと光が差し込みひんやりとした空気が流れ込んでくる。

 なんの捻りもなく屋上に辿り着いた。


「ここなら誰もこないし、人目を気にせずゆっくり話が出来るでしょう?」 


 二十五メートルプール位の広さはあるだろうか? 緑のコンクリートに一面が覆われ、端を同系色のフェンスが囲んでいる。物が何もないせいか、やたらと広く感じる。


「確かにね」


 自分たち二人以外に誰もいないことを確認、ここで残り二割だった不安が解消される。

地上よりも勢力を増した寒気をものともせず、身震いした俺とは違って冬緋さんは涼しい顔をしていた。


「さてさて」


 手を後ろに組んで、滑らかな足取りで屋上を歩き始める冬緋さん。ちょうど真ん中の辺りまで進んだところで足を止めこちらに振り返った。


「それじゃあさっそくカミングアウトするわね」


 俺に向けて無邪気な笑顔を向ける冬緋さん。


「ん? いきなりだね」


 冬緋さんは、色々な種類の笑顔を持っている人だと感じながら、俺は彼女の話に耳を傾ける。


「実を言うと、私は一年前にも一度、キミと同じような体験をしたことがあるの」

「は?」


 突拍子の無い発言に、思わず声が漏れてしまった。


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